01
真っ青の空、眩しい位のお日様が昇った雲もあまりないお天気。
私、トキイロ。十六歳にして恋に落ちました。
それは遡る事数日前。同じような良い天気。おばあちゃんのお使いで林檎を買いに行った時の道のりで、私はいじめっ子達と出会ってしまったの。男のくせして女の私をいじめるなんて本当に根性無し。
理由は私が使える魔法にあった。皆はそれぞれ魔法を持って生まれてくる。その魔法は様々。
同じ物もあるかも知れないけれど、種類は無限にある。私の魔法は花を降らせる事。本当に何処にも役に立たない魔法。
「お前の魔法は役立たずー」
「役立たずはどっか行けー」
自分達が火だの水だのを操るものだからって、良い気になっているだけ。
「私の魔法は絶対に役立つ時が来るって、おばあちゃん言っていたもん!」
「そんな時一生来る訳ねえよ! 役立たずのトキイロ」
「そうだそうだ」
そう言ってあいつらは私に目掛けて自分達の力を見せつけるかのように、火や水を私に繰り出してくるの。本当に最低な奴らだ。
ちゃんとかわそうと動き出した時だった。私の目の前に誰かが立っていたの。綺麗な灰色の髪が目に焼き付いている。もし私を守ろうと言うのならば、余計なお世話。私だってこれくらいかわせるんだから! なーんて思っていたら……その人、まともに食らった筈なのに無傷なの。
「お、お前……!」
「ちっ! トキイロ、覚えていろよ!」
いじめっ子達はその人を見て、逃げて行っちゃった。誰かな?と思って覗きこもうとしたら、私の方に振り向いてくれた。その顔はとても綺麗で女の子のよう。
「怪我は……ないみたいだな」
軽く笑ってそう言うのは、やや低めのトーンの声。髪の色と同じ灰色の瞳の男の子。きっと私より年上。えーっと……誰だっけ? 何処かで見た記憶があるんだけどなあ。
“ないよ”って言ってお礼を言おうとしたら、そのまま何処かにいなくなっちゃって。去り際に見せたのは少し悲しそうな顔。何だったんだろうなあ……気になる。
それにしても、それにしても。私、今凄くドキドキしているの。あの瞳に吸い込まれそうになっちゃった。
だって助けてもらうのだって何度もあるけれど、何時もは仲の良い友達だったり四つ上のお兄ちゃんだったりするから。
見ず知らずの男の子に助けてもらうなんて、まるで彼が王子様で私がお姫様のよう。これってもしかして恋と言う奴なのかな、なんて思ったの。
思い立ったら即実行。ちゃんとお礼も兼ねて告白しよう。でもその男の子が誰なのか、何処に住んでいるかなんて分からなかった。
いじめっ子のあいつ等は何かを知っているみたいだけど、聞く気になんてなれる訳もない。だから私独自に調べないと。
前途多難だなあ…………なんて思ったよ。 でも偶然は重なると言うもので。その翌日、とある大きなお屋敷からあの彼が出てくる姿を目撃したの。あのお屋敷は確か……あ、この町では一番の大富豪さんのお屋敷だ。
って、事は……。彼は本当に王子様だったって事? そんな凄い人に私は助けてもらったの? 私はあまり人の事を知ろうとしないから、必要最低限な情報以外、例えば誰がどんな家柄の人間かなんて知る気にもならなかった。
ああ、だからいじめっ子達は彼を見て逃げ出したんだ。自分の家を権力によって潰されたくはないから。でもそれを知った所で一番知りたい情報を掴んだ訳ではない。今一番知りたいのは彼の名前。それ以外の情報は私にはまだ早すぎたのだ。
告白は出来なくても良いからせめてお礼だけでも……っ! 遠くにいる彼の元へ走って、だんだんその姿が大きくなった頃に、嫌な予感がして後ろを振り向いた。
そしたら野球のボールくらいの大きさの石が、勢いを付けて飛んで来ている。明らかに魔法の力を使ったその石を、私はかわす事が出来なかった。かわすには時間が遅すぎて。本当に意地悪もエスカレートしている。
もう駄目だって思ったその時だった。石の気配がなくなったのは。私の周りを見てもそんな石が落ちた形跡は何処にもない。じゃあ、あの石は一体どこに消えたんだろう?
ふと後ろを振り向けば右手を翳して、険しい顔をした彼がいた。
何処からともなく“ヤバイ、逃げろ”って声が聞こえて来る。それは聞き慣れた声。また別のいじめっ子の仕業だってもう分かり切っていたけれど、改めてそれが分かると余計にイライラするのは何故だろう。
「あ、あの……」
「またお前か……お前ってそんなに恨み買われているのか?」
呆れたような彼の声。そうだよね。だってまた私の事に巻き込まれたんだもの。恨みは買われていないけれど、魔法をバカにされていると答えれば、
「バカにするのは優位な位置にいたいだけだ。恐らく、自分達より下等な魔法を使う人間の存在が嬉しいんじゃないのか?」
と。その言葉に納得している私がいた。
「えっと、助けてくれて有難うございました。まさか二度もなんて」
でも妙に引っ掛かる。彼が魔法を使ったのは確実だけど、一体どんな魔法を使ったんだろう? 聞こうと思っても聞いちゃいけないような気がする。だから聞かないでおいた。今はそれを知るべきじゃないし。
今私が一番知りたいのは魔法の事よりも、彼の家柄の事よりも……。
「何て呼べばいいですか? 名前も知らない人にお礼を言うのは気分が悪いので」
「…………まずはそっちが名乗ろうか? 先に聞くならばそれくらいはしないと」
私は彼にちゃんと名前を知ってもらいたかったから、文句を言う理由なんて何もなかった。素直に答える事が出来る。
「私は、トキイロ。歳は十六です」
“歳まで聞いていなかったんだけどな”と苦笑しながらも、今度は彼が約束だからと言わんばかりに名乗ってくれる。
「レーノ。って、言うか。お前俺の名前知らなかったのか?」
こくりと頷くとレーノは驚いたような表情をする。何でそんな事をするのかはすぐに分かった。だって、この町で一番の富豪だから。有名人となれば知らない人の方が珍しい。私はそんな珍しい存在。
「お前凄いな。バカにされて命狙われるし、無知だし」
楽しそうに笑いながらレーノはそう言った。命を狙われている訳でも完璧に無知な訳でもないけれど、これはポジティブに考えられると褒められたって事なのかな……?
「そういえば、お前の魔法ってそんなに役立たずなのか?」
私はどうせバカにされる事を覚悟で、魔法の事を話した。花を降らす事が出来るだけなんて何の役にも立たないよね。レーノだってきっとバカにするよ。いじめる事はなくてもあいつらみたいに、きっと。
「役には立たなさそうだけど、良いんじゃないか?」
さっきみたいな笑い方はそこにはなくて、何処か遠くを見るような寂しげな笑みを浮かべながらレーノは言っていた。
「少なくとも、俺よりは」
ぼそりとそんな事を呟いたようにも聞こえたけれど、その言葉に深い意味はないと思うから私は聞こえないふりをする。
出会ってまだ二回しか会っていない。これは私の一目ぼれ。別に一目惚れしてすぐに想いをぶつけるなんて、可笑しくもなんともない話だと思う。深呼吸をしてからその場を去ろうとするレーノを引き止める。
「まだ何か用か?」
予想通りの反応を見せるレーノに、私は勢いよく一気に言葉を吐き出した。
「私、貴方の事が好きです! お付き合いして下さい」
やっぱりレーノはぽかんとした表情。でも私は思いを告げられたと言うだけでもう満足。付き合えたら本当に良いんだけどね。