第6話
僕はバールまで戻ってきた。扉は開かれていて、セルジオが迎えに出てくれた。
「シルバは?」
「アパートにいたよ」
「かれは何て?」
「そのときが来るのを待つ、って」
「そうか」
と答えた後、セルジオは
「座ってなさい」
と、カウンターの席に僕を座らせた。
配達員のシドロも、警官たちも、すでに出ていったようだった。カウンターの内側に戻ると、セルジオは湯を沸かし始め、コーヒーを淹れる準備をする。
カウンターに頬杖を突きながら、僕は外を眺めていた。風を受けて、路上には砂ぼこりが舞っている。砂ぼこりに紛れ、午後の陽射しはまだらになり、往来する人影をちらつかせた。遠くから、飛行機のうなる音がわずかに聞こえてくるばかりの、しずかな午後だった。
僕はずっと、シルバのことを考えていた。アパートを出るときに見た、シルバの丸まった背中が、まぶたの裏に焼き付いていた。
「セルジオ」
わざわざカウンターを出て、コーヒーを渡そうとしてくれたかれに、僕は声を掛けた。
「どうした?」
「この街を出ていこうと思う」
カップを置くと、セルジオは、僕の隣に座る。
「どうしてそう思う?」
「堪えられないんだ。殺されると分かっていて、死を待つばかりの人が、この街にいる、ということが」
「そうか」
カウンター越しに、セルジオはカップをもうひとつ取る。自分の分のコーヒーを淹れると、セルジオは一口飲んでから、ため息をついた。
「実は、そう言われるだろうと思ったんだ。好きにするといい、ハリド。どのように生きようが、その人の自由ってもんだ。街を出るといい。シルバが死を待つのを選ぶように」
「ありがとう」
「本当はだな、ハリド」
二口、三口とコーヒーに口をつけた後、セルジオは言った。実際にセルジオが口を開くまでには、かなりの時間が空いていた。
「お前さんが学校を卒業するか、辞めるかした後に、この店を手伝ってくれるんなら、ゆくゆくはこの店を譲ろうと思ってたんだ」
僕は何と返事をしたのか――今となっては、もう思い出すことができない。ただ、そのときになって、僕はセルジオの相貌をまじまじと見つめ、白髪や、皮膚のしみや、目元のしわなどが、想像よりも多くて愕然としたことを覚えている。
それから僕は、本当に街を抜けた。この歳になった今も、結局一度も戻っていない。シルバがどうなったのか、東洋からの暗殺者は目的を果たしたのか、セルジオはどうしているのか、今の僕には、何ひとつ分からない。
ただ、時間の問題だったのだろうと、今の僕は思う。シルバだけではない。セルジオにも、僕にも、あの女にだって、死はいつか必ずやって来る。シルバの場合、それは暗殺者という実体を帯び、予期せぬタイミングで、かれの下を訪れたに過ぎない。目を閉じ、眠りに就こうとする。そのときに、もしかしたらこのまま、永遠に目覚めないかもしれない――そんな予感を味わうときが、誰にだって必ず訪れるのだという、ただそれだけの話に過ぎないのだ。
『ノスタルジア』は、本話で完結です。お読みいただきありがとうございました。