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第1話

 その日、僕は眠れなかった。どうして眠れないのか、自分自身でもよく分からなかった。寝返りを打ったり、天井のシミが、どこかの国の形や、動物の形を連想させないか考えてみたりといった、普段の僕を眠りに誘うはずの行いも、その日に限っては虚しかった。


 いつしか僕は、眠るのを諦めて、天井をぼんやりと眺めるようになった。そうしているうちに、自分以外の周囲の人間は、意思を持ったように振る舞うだけの機械に過ぎず、世に生きる者は、実は僕だけなのではないか、あるいは、自分の身の回りの人間は、確かに生きてはいるけれど、自分に対して何かしらの共謀をはたらいており、知らないのは自分ばかりなのではないか――というようなことを、考えるようになっていた。大人になった今となっては、それらの考えはばかげているし、万が一真実だったとしても、きっと自分は生き続けるだろう(少なくとも生き続けなければならない)と思えるようになっている。それに、そもそもそのような考えは、思春期には誰しもが通過する類の問いであるとも分かっている。ただ、そのときの自分は、十四歳になったばかりの僕は、そうは考えなかった。


 眠れない時間が長く続くと、その間に通過したイメージは、まどろみの合間で見た夢まぼろしなのか、または現実に置換されてしまった妄想なのか分からなくなるようなことが、しばしば起きる。僕の場合、それは夏の光景として現れた。空に雲はなく、太陽は南中していて、アスファルトには影ひとつない。陽射しは刺すように強かったが、南から吹く風が冷たいせいで、暑くはなかった。そんなときの陽射しの強さは抽象的で、むき出しになった紫外線を直接浴びているような気分だった。


 新聞では、あと三日もしないうちに、ハリケーンがこの島を襲うと書かれていた。しかし、少なくとも今、空は冴えわたっている。僕は電器屋の前に立っていたが、その電器屋のシャッターは閉められている。ショーウィンドーにはカラーテレビが掲げられていて、映像が流れている。そこには、桑の葉が映し出されている。葉の中腹には蚕がいて、一心不乱に葉を貪っている。蝶は好きだったが、それ以外の虫を、僕は好かなかった。しかし、このときばかりは、蚕の様子に、僕は釘付けになった。


 やがて僕は、テレビのスピーカーから音が漏れてくることに気付いた。ショーウィンドーにへばりつくようにして、僕は耳を澄ませる。聞き入るうちに、音は大きくなっていく。一定のリズムを刻んでいる、湿った音。蚕が、桑の葉を齧る音だった。


 音が最も大きくなった瞬間、蚕は口吻を動かすのをやめ、鎌首をもたげると、僕の方を見た。蚕に目など無いはずなのに、僕は蚕と視線が交わったような気がした。


 言い知れぬ不安を感じ、僕は蚕から視線をそらす。それでも蚕は、なおも自分の方を見続けているだろうと、僕は予感した。そこまで考えてから、僕はカーテンの隙間から陽射しが漏れ、自分の自室で、朝を迎えていることに気付くのだった。

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