3.羨ましいけど、羨ましくない
アップを読み直したら、ごっそり最後が削れて消えてましたorz
電源がボツボツ落ちているせいでしょうか……。
(とりあえず、1月6日に最後の数行を追加しました。)
「何かまた手伝えなくてごめんね」
「気にするな。あれは父親が悪い」
お義母さんの家からの帰り道。隣で運転中の夫にそう謝ると彼らしい言葉が返ってきた。
運転中だから真っ直ぐ前を見ているけれど、その表情はちょっと不貞腐れている。
昔は彼の格好良いところに憧れたけど、最近はこう言う不貞腐れるとかちょっと可愛いところの方が好きかも。
でも毎回お義父さんを悪者にするのはどうかなぁ、と思う。
ものすっごいマザコンなのは結婚する前から分かってたけどね……偶にちょっとソレはどうかな、と思うこともあったり。
でも何かあった時、一番に守ってくれるのは私のことだろうから許しますけどね!
「でも本当に仲が良いよね、お義父さんとお義母さん」
「そう見えるか?」
「見えるよー! だって今年もお姫様だっこで登場してたし、去年の旅行から更にこう、何か甘い感じが増したっていうか、理想の夫婦! っていう……あー、何か羨ましいなー」
「ああ言うのが良いなら、俺も抱き上げてやろうか」
「え? ……いや、それはちょっと。それにほら、重いよ私?」
それに、傍で見ているなら良いけど、実際にされたらすごい恥ずかしいと思う。
すっごく小柄なお義母さんが抱っこされてるのはちょっと微笑ましいけど。
「別に重くないだろう」
「そんなことないって。それに、お正月に食べすぎちゃったし……絶対また体重増えてるもん。顔もむくんだ気がするし」
「そんなことはない」
「軽く言わないでよ」
「今の顔も十分きれいだ」
「きれ……っ?! と、とにかく! そうゆうのはしにゃくて良いの!」
「そんなに噛む程に嫌なら止めておこう」
「もー……意地悪」
ニヤッと笑う顔がまた格好良いんだよなぁ。何か悔しい。
お義父さんも彼そっくり、ってゆうか彼がお義父さんに似てるんだけど、物凄いイケメンなのよね。若い頃はきっとあちこちからキャーキャー言われたんだろうなぁ、って思うくらい格好良い。今でも渋格好良いおじ様なんだけどね。
それでも、夫の方が良く見えるのはやっぱり惚れた贔屓目なのかなぁ。
思わずじーっとその運転する横顔を見ていたら、ちらっと夫の目がこっちを見た。
「な、何?」
「いや、さっきからすごく見られているから」
「そんなこと無いよ」
「そんなことあるだろう?」
「無いもん」
「じゃあ、無いってことにしておこうか」
……なんだか負けた気がするんですけど。
さっきまで不貞腐れてたくせに、今度は大人の余裕みたいな感じでちょっと腹立つ。
でも格好良い。
そう思わせられちゃう辺りがやっぱりちょっと腹立たしいなぁ。何でこんなに格好良いんだろう。
可笑しいなぁ……私の方が年上のはずなんだけど。
さっきみたいに見てたのがばれると恥ずかしいから、外の景色を見る振りをしながらこっそり窓に反射して映った彼の顔を眺めてみる。
もういつもの澄ました顔だ。
窓に映ってる私の顔の方はまだちょっと赤い気がする。私ばっかりドギマギしているのかな……。
「あぁ、そうだ……あの話は聞いたか?」
ハンドルを右に切りながら言われた言葉に、私は慌てて前を向く。
今、窓ガラス越しに目が合わなかった? 気のせい?
「あの話って何のこと?」
「父親が退職しようって騒いでいるって話」
「え? そんな話あったの?」
「あったらしい」
苦々しげな夫の表情は、どう見ても歓迎していない。
でも、お義父さんったら急にどうしたんだろう?
「失礼だけど、お義父さんってまだ退職するような年齢じゃないよね?」
「あそこは原則障りが無い限りは終身雇用。退職するほうが変だ」
「変、ってほどじゃないと思うけど……でも急にどうして? 去年はそんな話出て無かったよね?」
「旅行の件で浮かれてたから、その関係じゃないか?」
旅行って、さっき言った去年のあの旅行のことかな。
写真とか見せて貰った感じだと、凄い良い旅行だったみたいだけれど、それでまさか退職しようなんて普通は考えないよね。きっと話を聞いたお義母さんもビックリしただろうな。
「……それで、本当にお義父さん退職しちゃうの? やっぱりお義母さんのため?」
「もっと二人の時間を取りたいとか父親は抜かしていた。母親はそんなことされてもベタベタしてうっとうしいから嫌だと言っていた」
「お義母さんらしいね」
でも、今でも充分ベタベタしているように見えるけど。
今日だってお義父さんにみかんの皮剥いて貰って、2人で分け合って食べてたし。お皿も一緒に洗って拭いていたし……おしどり夫婦ってあんな感じなのかなぁ。
夫は「母親と父親で見飽きた」とか言って、全然ああ言う甘い感じのことはしてくれない。
付き合っている時はそういうクールなところも好きだったけど、結婚するとちょっと物足りない……。 それはお義母さんとお義父さんの話であって、私とあなたのことじゃないでしょ! っていつか怒鳴っちゃわないか、私の忍耐力がちょっと不安だ。
別にお義母さん達みたいにいつも手をつなごうとしたり、膝に座らせてくれって言ってるんじゃない。大体私乗せたら絶対重いから乗せて欲しいとは思って無い。
でも、偶には買い物の時に手をつないだり、頭撫でて貰ったり、そんなご褒美があっても良いんじゃないかって思う。
これって贅沢? それともわがまま? やっぱり良い年して変?
お義母さんは「や、実際やられるとムカウザですよ?」なんて仰ってるけど、やっぱりお義父さんとお義母さんの仲の良さが羨ましい。
「――、――ってさ」
そんなことを考えてたから、つい夫の言葉を聞き逃していた。
「え? ごめん、もう一回言ってくれる?」
「……父親に対抗する為に、母親が家出するって」
「……え?」
「俺と相方は追い出せば良いって言ったけど、母親出る気満々だったから。もしかしたらこっちの家にも逃げて来るかもしれない」
「えぇっ?!」
「『嫁ちゃんが嫌ならカキコミデラは止めておく』と言っていた。どうする」
「そのカキ……っていうのが分からないけど、お義母さんが家を家出先にしたいってこと?」
「『長居はしません。1つの潜伏先に1日以上留まるのは危険だから、態勢を整えたら直ぐ出てゆきますので』と言っていた」
お義母さん……何か本格的な逃亡生活のように聞こえるんですけれど。
「ねぇ、家出の話を進めるより、先に思いとどまってちゃんと話合いするように伝えた方が良いんじゃない?」
「……多分無駄」
「無駄って、そんな言い方良くないよ。それに、退職って一生に関わることなんだから、やっぱり夫婦でちゃんと話しあって納得して決めるべきだよ」
「話し合いは決裂済みらしい」
「どうして?」
「父親が退職したら基本的に傍を離れたくないからと、母親の職場の入退出許可をとるために事務所に連絡していたのが母親にばれた」
「……えっと」
「顧客との面談にもついていくって言いだして、母親がきれた。それで、色々あって、家出」
「色々……」
「犯罪ぎりぎり。母親が警察に訴えて無いだけ」
……。
お義父さん、良い人なんだけど……お義母さんのことだけにはちょっとアレなんだよね。
それだけお義母さんのことを大事にして、すごく愛してらっしゃるんだろうなぁ、って思う。思うけど、話を聞いてるとちょっと、かなり、愛が重すぎる気が時々するんだよね……。
格好良いし、愛妻家だし、素敵な人なんだけど……けど……。
うーん……。
あのあまーい生活の反動が逃走劇だとすると、羨ましいような、羨ましくないような……。
「やっぱり私には今の旦那様が一番かなぁ……」
「……は?」
「ううん。何でもない」
お困りでしたら是非我が家に泊って言って下さいってお義母さんに伝えておいて、と夫に言付け、私はきちんと両ひざの上に手を置く。
お義母さんがいらっしゃったら、一日中買い物に付き合って貰おう。
勿論、夫は抜きで。
新年早々の話題が妻じゃなくてお義母さんから始めたマザコンさんには丁度良い罰だよね?
「……何だか機嫌が良いな。どうした」
「ナイショ」
バックミラーの中で、私の顔は楽しそうに笑っていた。