9.
城内を行く女王一行に秘密めいたものを感じたロッツは、女王たちには話しかけず、その後をつけた。下手につつくと、自分まで『摘蕾の杖』に命を吸い取られかねない。ロッツは母親の安否さえわかればよかった。
女王たちが向かった先は、王の間だった。番兵が、女王に報告する。
「ロビュスタ・ラヴァグルート様がお待ちです」
ロッツはその一言で、予測が正しかったことを知った。
女王たちは番兵に誰も入れないよう厳命し、重い扉の向こうに消えた。困った。これでは中の様子が見られない。
「仕方ないな。窓から見るか」
窓の外に目を走らせる。暗い。これなら壁伝いに王の間の窓へ行っても、外にいる人に気づかれる可能性は低いだろう。 人に見つからないように気をつけて窓枠を乗りこえ、壁伝いに移動した。王の間は北に細長く飛びでて、壁には高窓がたくさんある。真ん中あたりの窓まで移動し、ロッツは中をのぞいた。
「いた」
杖をかまえた女王の姿と、薬を盛られでもしたのかぐったりとしている母親の姿、それともう一人知らない少女の姿が見えた。王座の背後にあるステンドグラスから月光が降りそそいでいるおかげで、おおまかな様子がわかる程度には明るい。
女王が杖をまず少女に向けた。杖の玉が胎動するようにぶきみに点滅し、緑色に光る。さらに近づけると点滅は早くなり、輝きも増した。やはり、『摘蕾の杖』は人の生気を吸うのだ。しばらくして点滅が弱くなると、女王はロビュスタの方にも玉を向けた。
「待て! 女王!!」
唐突に、王の間の窓が開け放たれる。
「――あの騎士! どうしてこんなところに!」
ロッツは舌打ちして、窓の上枠に手をかけた。助けなければうまく事が運ぶという考えは、そのとき浮かばなかった。理性より感情が先行した。窓ガラスを蹴破って、王の間に躍りでる。
「な、なんだお前たちは!!」
女王の側近らしき男が誰何してきたが、ロッツが答えるわけがない。動揺している男の喉に手刀を叩きこみ、気絶させる。
「どうして君がこんなところにいるんだ!」
スカートの下から取りだした短剣を、女王を取り巻く男たちに向けながら詰問すると、騎士も剣を抜きながら答えた。
「王女こそ、どうして窓からでてきたのだ?」
「――………それは」
ロッツは言葉に詰まった。弁明の余地はない。
敵が襲いかかってくる。二人はひとまず問答を先送りにして、敵に集中した。異変をかぎつけて増援が来る前に、早く片付けなければならない。
短剣一本とはいえ、ロッツは敵にも騎士にも引けを取らなかった。途中、倒した敵から剣を奪い、それを使うようになると圧倒的だった。
「女王、あなたで最後だ!」
騎士が守る者のいなくなった女王に切っ先を向けた。
「不用意に近づいちゃ駄目だ!」
ロッツの警告は遅かった。女王は杖の玉のついていない方を騎士に向けた。
すると、たちまち杖が木のように大きくなり、根のように緑色の触手を生やした。
「――なんだ!?」
騎士は伸びてきた触手を剣で叩き切った。ロッツも自分に伸びてくる触手を切りながら騎士の方へ寄っていって、杖の前から退かせた。
「生気だけじゃなく、肉体も吸収するんだ……」
触手は敵味方関係なく忍び寄り、体を絡めとり、生気と肉体を同時に吸収した。杖先の玉は喜びに打ち震えるかのように光をまたたかせて生贄を喰らったが、大半は吐きだされるようにして触手から解放された。美食家らしい。
「ロビュスタ様!!」
騎士が無数の触手から守ろうと、ロビュスタに駆け寄る。だが、数が多すぎる。騎士も腕を絡めとられ、身動きが取れなくなり、生気を吸い取られた。
「くっそ!!」
ロッツはすぐさま騎士に絡みついた触手を切り払ったが、騎士はぐったりとして動かなくなってしまった。
「起きて!」
自身に絡みついてくる触手を力任せに引きちぎりながら、騎士を揺さぶる。反応はないが、息はあるようだ。ロッツは騎士を背負って、出口を目指した。
「………ロゼット……」
かすかな呟きにロッツはふりかえった。無数の触手に絡まれた母親が、かすかに目を開けてロッツを見ていた。
「さようなら、お母様」
ロッツは毅然としていい放った。
「――ええ、さようなら、ロゼット。私のわがままにつきあってくれて、ありがとう」
ほほえむ母親にロッツは軽く目を見張って、それから何もいわずに背を向けた。
扉を開ける手を、いっそう強くなった緑色の光が照らした。
慌しい足音をやり過ごすと、ロッツは肩の力を抜いた。
「とりあえず、このデカブツが起きるまでは動くに動けないな……」
横たわる騎士を見下ろす。いくら常人より体力があっても、自分より大きい相手を運ぶのは難儀だ。ロッツは城外へは逃げず、城の中にとどまった。隠れているのは王の間のすぐ近くの物置だ。そんなに遠くへ逃げられないとは向こうも考えるだろうが、まさかこんな近くにとどまっているとも、すぐには思い至らないだろう。
「う……」
騎士がうめいて、目を開けた。
「ここは……?」
「まだ城の中だよ。どう? 動けそう?」
騎士はロッツの姿を視認すると、起きあがってあたりを見回した。
「ロビュスタ様は!?」
「静かにして」
ロッツは慌てて騎士の口をふさいだ。
「王女、ロビュスタ様は?」
気まずそうに顔をそらした。
「……なぜ、私の方を助けたのだ」
静かな声音だったが、奥底に怒りが感じられた。ロッツは答えない。どういいつくろったところで、主に忠実なこの騎士は怒るだろう。
「王女、それほどまでに………ロビュスタ様が憎かったか」
責めるようにいわれて、ロッツは気づいた。
「やけにいいタイミングであの場に現れたのは、僕の後をつけていたからなんだね」
騎士は沈黙を持って肯定した。
「最初から、僕を疑ってたわけだ。いつ僕が君の大事な主を殺すかが心配だったから、いつもいつも離れなかったんだ」
「ああ……そのとおりだ。今回の場合はさすがにどうすべきか迷ったが、王女の方がセレスティアルの情報をいろいろとつかんでいる」
「他人の成果を横取りするなんて賢いやり方だよ」
ロッツは皮肉を吐いたが、むなしかった。
「どうして……許せなかったのだ?」
「逆に聞くけど、どうして許さなくちゃいけないの? 今までさんざん邪魔者扱いして、助けもせず、死ねばいいとばかりに放っておかれたのに。
あの女が僕に何をしてくれた? 僕が切り刻まれているときも、真っ暗な地下室に閉じ込められているときも、山の中を何日もさ迷っているときも、何もしてくれなかった。
のんきにお茶を飲んだり、ドレスを選んだり、化粧を楽しんだり、宝石で身を飾り立てて喜んでいるだけだ。気づいても、ただ遠巻きに見ているだけ。時々悲劇のヒロインぶってわが身を嘆くだけで、僕のことなんか少しも見ていなかった。
僕を疎む人がいなくなったからやり直そうなんて、虫が良すぎると思わない?」
「……王女」
「どこまでもあの女の味方をすることを除いては、君のことはそれなりに好きだ。だから助けたんだ。君は不満みたいだけど」
「大いに不満だ。自分だけおめおめと生き残るのは恥以外の何物でもない」
「だろうね。まったく、どうして騎士っていうのはこうも扱いにくいんだろう」
ロッツは片手を頭にやって、ため息をついた。
「とにかく、生き残ったんだから故郷に帰って家族のために働くんだね。ここで死んだら、奥さんたちは路頭に迷うよ?」
騎士は静かに頭をふった。
「家族を見捨てる気?」
「ここで帰っては一家の恥だ。もともと裕福だから、家族も生活には困るまい。家族も、私の意志を汲み取ってくれるだろう」
「独りよがりで押しつけがましい考えだよ。君が死んで家族が困ったら、君は責任が取れるの? 無理だよね。死んだら、何もできない」
「そうだな。しかし、私は自分の意思を貫きたい。どうしてもこれだけは譲れない」
「石頭だな。迷うって単語を知らないのか」
なんとしてでも騎士を思いとどまらせなければ。ロッツは苦し紛れに反論した。
「……王女、それは違う。私は迷って取り返しのつかない過ちを犯したから、もう迷うことができないのだ」
堅苦しい騎士の表情が、薄暗い物置の中で翳ったような気がした。
「王女、あなたの望みはなんだ?」
「ロゼットではなく、自由なロッツになること」
「ロゼット王女はまだ死んでいない」
「いいや、死んだよ。僕がロッツになった時、ロゼットは死んだんだ。僕が惨めで哀れな王女に、最初で最後の慈悲を与えてやったんだよ」
あんな役立たずはいらない。
「復讐と自由のために、僕はラヴァグルートを滅ぼしたんだ」
せいせいしたという態度の少女を、騎士は哀れむように見た。
「王女、それで満足なのか?」
「何が?」
「別人になって、それでよかったのか?」
「……誰からも必要とされないなら、存在する価値なんてない」
「ロゼット王女……」
「その名で呼ぶな。僕はロッツだ」
「しかし、これがあなたの名だ」
「そう。だったら、僕も彼女も君の仇だね。……それだけのことだよ。憎みたければ憎めばいい。僕だって、それは覚悟してる」
自由になるために他者を排除すると決めたときから、自分は完全に孤立したのだ。
沈黙が落ちた。物置の外では、雑然とした騒ぎ声がしている。
「僕は機を見て逃げる。君も好きにしたらいい。何をいっても無駄みたいだしね」
「ああ……そうする」
周囲をうかがって逃げる機会を図っている間、二人は一言もしゃべらなかった。
「……では、私は先に行く」
開いた扉から、一条の光が差した。
「さようなら……ロッツ」
「……さようなら、騎士さん」
騎士が去ると光は消え失せ、物置は完全に暗闇に包まれた。




