8.
エセル・マスカードが宣戦布告してきたのは、ロッツがセレスティアルに来て十日ほど過ぎたときのことで、初夏の終わりだった。
「どうなるんでしょうねえ」
「酷いことにならなければいいのだけれど………」
侍女もロビュスタも不安そうだった。
その横で本を読みながら、ロッツはそろそろ潮時だと考えた。セレスティアルの情報は充分に仕入れたし、茶番にもいいかげん飽き飽きしてきた。
一つ問題があるとすれば、あの優秀な番犬だ。騎士はほとんどロビュスタの傍を離れもしなければ、ロッツの傍も離れはしない。
厄介な障害だった。なぜなら、ロッツはできればあの騎士を殺したくなかったからだ。
「そうそう、ロビュスタ様。今日は宝飾細工の商人を呼びましたのよ。今呼んで来ますわ」
侍女は努めて明るくふるまい、高価な衣装に身を包んだ商人を連れてきた。王室御用達だけあって、商人は丁寧だった。絹の張られた箱に収められた品々をうやうやしく差しだし、一つ一つ説明していく。
「ロゼット、あなたもいらっしゃいな。とても綺麗よ」
ロッツは仕方なく本を閉じると、ロビュスタの横に座った。机の上には素人目にも名品とわかるものばかりが並べられ、華美を競っていた。
「やっぱり貴女は緑色がよく似合うわよね。これなんてどうかしら? もうすぐ誕生日なのだから、何かお選びなさいな」
翡翠のついた金の耳飾りを勧められたが、ロッツはやんわりと断った。どうせ使うこともないのだ。しばらく同席して侍女や商人の関心をロビュスタに移すと、ロッツは席を立った。
「でかけるのか?」
戸口で直立していた騎士が尋ねた。ロッツはさりげなく、騎士の目の色を確認した。やや灰色がかった青だ。
「? でかけるわけではないのか?」
「ううん、行くよ。君も一緒に行く?」
そんなところで立っていてもつまらないだろうし、とつづけそうになってロッツは口をつぐんだ。驚いた。好意で自分が誰かを誘うなんて、考えられなかったことだ。
だが、騎士の方はそんなロッツの内心を知る由もない。ロッツの言葉に他意を感じとることなく、義務としてついてきた。
「無理してついてこなくてもいいけど」
先ほどの台詞と矛盾しているのはわかっていたが、どうしてもいいたかった。
「いや、ロビュスタ様の命を受けている以上、そんなことはできない。王女がいかに嫌がろうとも、私は任務を遂行する」
いい切る騎士に、ロッツは自分が喜びを押さえ切れないでいるのを感じた。義務でもいい。騎士が傍にいてくれるのなら、それでよかった。
「しつこいのは嫌われるよ?」
隠し切れない喜びを憎まれ口でごまかして、ロッツは騎士の先を歩いた。鈍い騎士のことだから気づかないとは思うが、自分が上機嫌でいることを悟られたくなかった。
特に行く当てはなかったが、ロッツは用のあるフリをしてあちこち歩き回った。騎士は不満をいわずついてくる。どこまでもどこまでも、ついてくるのだ。ロッツはそれが楽しくてしょうがない。
「王女は疲れ知らずだな」
「君はもう疲れたの?」
ロッツが平気な顔をしてふりむくと、途端に騎士は表情を引きしめた。
「そんなことはない。まだまだ平気だ」
「じゃ、行こうか」
騎士から顔を背けてくすくす笑う。この騎士といるのは本当に楽しい。
「――っと、どうかした?」
立ちどまった騎士に気がついて、ロッツは道を戻った。騎士が立ちどまったのは、装飾品の売っている店だった。ロビュスタたちが見ていた細工よりは劣るが、いい品のそろった店だ。
「そういえば、奥さんたちラヴァグルートに置いてきちゃったんだっけ? 買って、手紙と一緒に送ったら?」
「うむ。もうすぐ娘の誕生日だから、そうしようと思っているのだが………」
騎士は商品の数々に眉根を寄せた。首飾りに指輪に、耳飾りや髪飾り。金や銀や、小さな貴石や半貴石。繊細な細工や、簡素な細工や、異国風の細工や、古風な細工。いろいろある。
「王女なら、どれを選ぶ?」
「知らないよ。君の娘さんの趣味も知らないのに、選べない」
「困ったな………」
騎士は頭を悩ませる。
「君がいると知っていたら、さっきあの中から選んで君にあげたのにな。とりあえず、高価なものばっかりだったし」
「王女、それはよくない。私は絶対に受け取らない」
「はいはい、わかってるよ。堅苦しいなあ」
扱いにくい相手だ。
「王女、手伝って欲しい。年が近いからなんとかなると思うのだが」
「年が近ければなんとかなる問題じゃないと思うけどね。まあ、協力してあげるよ。このままじゃ日が暮れる」
二人はさんざん頭を悩ませて、商品を選んだ。その悩みっぷりに店主が苦笑をもらしたほどだ。
だが、こうして悩むのも悪くなかった。誰かのために何かを買うことをしたことがなかったので、ロッツにとって新鮮な体験だった。
悩んだ末に二人が選んだのは、紅珊瑚でできた小さな薔薇のついた髪留めだった。店主も無難な選択だと保証してくれたので安心だ。
「なんだか今までで一番頭を使った気がするよ」
「私もだ」
センスがあるとはいえない二人組は、重大な仕事を終えたような表情で店を後にした。
「早く戻らないと、ロビュスタ様が心配なさるな」
「そうだね。戻ろうか」
もう日が傾きかけている。
しかし、二人が城に帰ると、ロビュスタの姿が見当たらなかった。侍女もいない。他の召使をあたってみても、これといった情報は得られなかった。待ってみたが、夕食の時間になってもロビュスタは戻ってこなかった。
「おかしいな。手分けして探そう。僕は一階から三階を回ってみる」
「わかった。私は四階から上を回ってみる。鐘が八回鳴ったら、一度この部屋に集まろう」
「了解。気をつけて」
ロッツは騎士と別れると一階まで降り、適当なところに座った。さぼるわけではない。この広大な城を考えもなく歩き回るのは、体力の無駄づかいだと思ったからだ。
これは好機だ。今ロビュスタを見つけることができれば、騎士に邪魔されることなくロビュスタを始末できる。
ロッツはまず、どうしてセレスティアルはロビュスタを助けたのかを考えた。
だいたい予測はついている。助けた要因は、セレスティアルの力の源にある。
『摘蕾の杖』。それがセレスティアルの力の源だ。ただ、ロッツはそれがどういうものかはよく知らなかった。蕾を摘む――ということは、人を癒すかわりに人の命を奪うのではないかと推測しているぐらいだ。どういう形をして、どういうふうに存在しているのかは全くわからない。
大事な杖だ。自分ならどこに隠すだろう。
自分の目の届くところだ。だが、それでは範囲が広すぎる。女王の私室ならいいが、隠し部屋になるとロッツの手に負えない。思考が行きづまる。
そこで、ふと思いついた。そもそも隠す必要があるのか。『摘蕾の杖』の杖がセレスティアルの力の源と知っているのはロッツやエセルなど、呪いに関わるごく少数の人間だけで、大半の人間は能力を保持するために条件があるとは知らないはずだ。
だとしたら、堂々と持っていても構わないということになる。むしろ、下手に隠して興味をもたれるよりも、堂々と持っていたほうがいい。また、『摘蕾の杖』が自分のように刻印として誰かに刻まれているのなら、誰も盗みようがないから隠す必要はない。
しかし、この可能性はすぐさまロッツの中で打ち消された。女王の細密画に杖を持っている姿が描かれていたではないか。
ロッツは立ちあがって行動を開始したが、すぐに立ちどまった。
「なんておあつらえ向きなんだろう」
一点の穢れもない白い服をまとった女王がやってくる。
蕾のような丸い玉のついた杖をたずさえて。




