2.
王城はいとも簡単に陥落した。もともとマスカード伯爵の方が優勢で、戦略もしっかりしていた。九割方、決していたも同然だったのだ。あとの一割はロッツが城の内部構造を事細かに教えたせいだろう。
「ラヴァグルート側はほとんど降伏、か」
捕虜になった兵たちを見て、ロッツは安堵した。敵に回ったロッツとて、自国の兵が傷つくのを見たいわけではない。
「後の二国を攻め入るのに必要な兵力だからな。そうそう無駄にするわけにはいかない」
エセルはてきぱきと指示を飛ばしながら、城の奥に進んだ。まだラヴァグルートの王族が数人残っていた。
「ロッツ、あと何人くらいいるんだ?」
黒髪短髪の青年、ヤナルが抜き身の剣を構え、あたりをうかがう。
「あと八人。正妃と側室三人に、子供が五人。子供といっても成人男子が二人いるから要注意」
「そりゃきついな。一人倒すのにも随分苦労したってのに」
オレンジ髪の青年、キートがうんざりした表情になった。出陣してきたラヴァグルート王族は、確かに技はなかったが、破壊力がすさまじかった。兵を文字通りなぎ払い、蹴散らし、巻きあげる。さながら小さな竜巻のようだった。
「大丈夫。戦にでてきたのよりは弱いよ」
「でも一般人よりは手強いわけか」
女性受けしそうな甘い顔立ちをした男、エドロットがため息をついた。キートとヤナル同様、常時エセルの護衛についている兵だ。
エセルと護衛、その他の兵は長い階段と長い回廊を渡り、後宮を目指した。
途中、城内に残っていたラヴァグルート兵に遭遇したが、降伏を呼びかけたり交戦したりしながら進んだ。
「そういえば、おまえは誰の子供なんだ?」
「王の子」
ロッツはキートの問いにわざと的外れな返答をしたが、キートはあきらめなかった。
「母親は誰なんだ?」
「二番目の側室。王の私室にでかでかと飾ってあった肖像画がそうだよ」
キートだけでなく、ヤナルやエドロットたちも驚いたようだった。ロッツは内心ため息をついたが、慣れているので怒らなかった。
ロッツの母親は陽光を紡いだがごときまばゆい金の髪を持った美女だ。形のよいふっくらとした唇やアクアマリンのような神秘的な目、やや尖り気味の鼻が小さな顔にバランスよく収まり、一つの完璧な世界を形作っている。
一方、ロッツは生まれた時から綺麗とはいいがたい顔だったが、辛酸をなめつくすような人生を歩んできたせいで人相がさらに悪くなっている。鮮やかな緑の目は眼光炯々《けいけい》とし、痩せた頬には消えかけてはいるが古傷が走っている。赤みがかった金色の髪はいい加減に短く切られ、筋張った細い手足はまるで飢えた猫のよう。貧相な容貌だ。
「なんか王とも似てねえな、お前」
「エド!」
エドロットの率直な感想を、ヤナルが咎めた。
「別に気にしてないから、素直にいってくれていいよ。それに僕は、本当は王の子じゃない」
これには伯爵も軽く目を見張った。
「母親が王の従妹だから一応王家の血は引いてるけど、父親はどこの馬の骨とも知れない奴。体裁が悪いから隠されてはいるけどもう公然の秘密みたいもので、王宮にいる人間なら誰でも知ってる。
もっとも、知らなくとも王と母親をみれば、誰もが僕の目の色に首を傾げて気づくだろうね」
ラヴァグルート王も母親と同じような水色の目をしており、王族も青い目ばかりだから、ロッツの新緑色の目は明らかに不義の証だ。
「僕は王へのあてつけのためだけに生まれたんだよ。母親は恋人の下に嫁ぐことが決まっていたけれど、その美貌が王の目に留まり、無理やりってわけ。
恋人は無実の罪を着せられて王に殺されたから、母親はせめてもの反抗として、好きでもない男との子供を生んだんだ。こっちはいい迷惑だ」
当然、復讐の道具でしかなかったロッツは母親に愛されなかったし、王にも疎まれた。
それだけではない。不貞を働いても、王はロッツの母を寵愛した。だから、王妃からも正妃以上に愛された側室の子として恨まれた。母方の親戚からはなんの利用価値もないただの汚点とされ、異母兄弟たちからは下賤の子と嘲笑を浴び、廷臣たちからは陰口の対象だ。
「ラヴァグルートが僕の存在を抹消したいなら、それはそれでいいよ」
ロッツは後宮の門を蹴破った。その先に少しの兵と、こわごわと武器を構えた二人の王子がいる。
「僕もラヴァグルートの存在を抹消するだけだ」
槍を片手に室内へと駆ける。兵が邪魔してきたが、全て槍で吹き飛ばした。キートが驚嘆して口笛を吹く。
「絶対不可侵領域って感じ?」
「俺たちもがんばらないとな」
キートとヤナルが剣を構えると、エドロットもそれに倣った。ロッツと比べるとどうしても見劣りするが、三人は一般人として強い部類に入る。
吹き抜けのホールに激しい金属音が響き、幾つもの絶叫が木霊する。床にひかれた緋色の絨毯は新たに赤く染めなおされ、活けられた花の匂いがかき乱される。
「う、うわああああああっ!」
追い詰められた王子が重たそうな金棒を片手に突進してきた。恐怖で錯乱し、武器をめちゃくちゃにふり回している。おかげでラヴァグルート兵の方がダメージを受けている。
「味方まで倒すなんて、なんて王子だ」
ロッツはためらうことなく槍を突きだした。断末魔をあげてあっさりと王子が倒れる。
「次は君?」
死体から槍を引き抜いて、残る王子に、わざと残忍に笑ってやった。
「ひ……ひいいいいい!」
腰が抜けた王子は武器を取り落とし、絨毯の端まで後ずさり、飴色の床を這った。
「この腰抜け」
先に戦死した異母兄弟たちと一緒になって、何度も面白半分に自分を殺してくれたことを思いだしながら、ロッツはその背に冷静に槍をつきたてた。
「――よ、よくもお兄様を!」
ふり向くと、同じ年頃の王女が震えながら短剣を構えていた。
「ふうん、さっさとかかってきたら? 震えてないで」
冷めた目で挑発したが、王女は白い顔を青白くしたまま固まって動かない。
「綺麗な手だね。そんな無粋なものを持ったら大事な手が荒れるよ?」
つかつかと歩み寄って、たおやかな手から短剣を叩き落とす。
「う――………」
王女の目がいっぱいに見開かれ、冷めた顔の死神を映した。
「女子供を殺すのは、ホントは嫌なんだけどな」
これは本心だったが、やるべきことはやらなければ。槍で王女の細い体をつらぬいた。
「伯爵、ここはだいたい片づいたよ」
「ご苦労。上に行くか」
伯爵もまた、細身の剣を打ち下ろして敵兵を片づけたところだった。
「後は女子供ばっかりだと思うと、気が重いな」
「それは俺一人で全て片付ける。お前だけでなく、他の兵士も気が進まないようだからな」
伯爵は味方の兵たちにここで待っているようにいい、一人階段を登りはじめた。
「一人で行く気? まだ敵がいるかもしれないし、取りこぼしがあると困るから僕もついてくよ」
「ふん、一族の最期をじっくり見届けたいのか?」
エセルは揶揄するようにいった。
「まさか。いくら憎いからといって、僕は抵抗できない人たちの最期を見て喜ぶほど残虐非道でも悪趣味でもないよ」
「理性的な復讐者だな」
伯爵はポケットをまさぐった。取りだしたのは、例の青い薔薇の指輪だ。
「それ、魔法を使うのに必要なの?」
「ああ。魔法使いでいう、杖みたいなものだな。これがないと、いくら魔力があったところで魔法は使えない」
「兵士たちは知ってるの? 君が魔法を使えるって」
「まさか。護衛の三人は知っているが、他の兵士は知らない。いまだに魔法の存在が信じられているこの島と違って、大陸で魔法はもはや夢物語だ。魔法など使って見せたら異端者扱いだな」
ロッツはうかつに話さないように気をつけよう、と心に誓った。頭のおかしい子供とは思われたくない。
「しかし、兵士たちはこれからその認識を嫌でも改めさせられるだろうな」
「そうだね、この島にいる限り。発狂しなきゃいいけど」
人外の力を持つ王族と二回も戦うのだ。異能者二人はちょっと気の毒に思った。
大理石の階段を登りきると、樫の扉がいくつも並んでいた。二階は静まり返っているが、誰かがどこかで息を詰めている雰囲気が漂っていた。秘密の地下通路などはすでに手を回してあるから、いるとしたらここしかない。
「どこだろ?」
ロッツが声を潜めて様子をうかがった。
が、エセルの方は迷わず廊下を直進し、一番奥の扉の前で立ちどまった。
「ここだな」
開けると、ラヴァグルートの一族がわずかな兵と部屋で身を寄せ合っていた。
「あ…ああ……」
王妃は震える手で自分の王女たちを抱きしめた。
「これで全員か?」
ロッツは部屋の人物たちを確認し、肩をすくめた。
「駄目だ。一人足りない」
「誰が?」
「僕の母親。まだ地下通路があったのかもね」
「そうか。あとで探すとして、まずはここだな」
エセルは指輪をはめた左手を王族たちに掲げた。
「な、なにを……――ロ、ロゼット! 何をしているの! 助けなさい! 私たちを助けなさい! 貴方も王族でしょう!!」
「人違いだよ、王妃様。僕はロゼットじゃない。ロッツっていうんだ」
髪をふり乱して命じる王妃に、ロッツは完全に他人事の顔をして憐れみの視線を向けた。
「この……裏切り者っ!! お前なんか死んでしまえばいいのよ!! どこまでもどこまでも目障りな子ね!!」
優美な顔をゆがめて王妃が絶叫したが、ロッツは応じなかった。無表情でその場にたたずみ、事態の進行をただ見守る。
「『結実の指輪』よ。風のごとく速やかに、罪人を処罰せよ。肉は大地に返し、血は神に捧げ、不浄なる魂は地獄の業火にて焼き尽くせ」
小川のせせらぎのごとく静かで心地よい声音が命じると、指輪は忠実にその命令を実行した。




