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15.

 エヴァンジェリンは家紋に薔薇を採用しているだけあって、薔薇好きだ。郊外にあるエヴァンジェリンの建てた神殿も、元エヴァンジェリンの城であるセレスティアルの城も、薔薇がこれでもかというほど植えられている。


 城の庭では夏の陽射しを浴びて、木立ち性の四季咲きの薔薇が花開いていた。赤、白、黄色、ピンクなどなど、さまざまだ。アーチにはアーチの地が見えなくなるくらいに蔓薔薇が絡まっていたが、季節のせいで花は咲いていない。花形の小さい姫薔薇もあり、こちらは咲いている。


「アヌシュカの力の源は」


 エセルは卓上の花瓶から薔薇を一輪取った。アヌシュカについての講義の時間だ。天気がいいので木陰にテーブルをだしてお茶をしながらだが、当然護衛三人は立って聞いている。座っているのは主人であるエセルただ一人。主従関係にしてはなれなれしい態度をとる三人だが、分をわきまえるところはわきまえていた。


「『花片かへんの首飾り』、という。その名の通り元は一つだった首飾りがばらばらになっている」


 花びらを一枚一枚むしる。白いテーブルクロスに紅の花びらが映えた。


「アヌシュカの場合は王族全員ではなく、王族のなかでも首飾りを持つものだけが力を使うことができる。能力は、幻を見せることだ」

 風が吹いて、羽根のように軽い花びらを数枚さらった。空中を右へ左へとさ迷いながら落ちていくその姿は頼りなく、はかなげだった。


「王族の誰が持っているんだ?」

 キートは足元に舞い落ちてきた花びらを拾った。

「能力の保持条件が、首飾りを一つでもなくさないことだとしたらどうする?」

「……一ヶ所に集めて保管、かな」

 卓上の花びらの山に、落ちた花びらを戻してやる。


「その通りだ。アヌシュカでは王が首飾りを一まとめにして保管していた。だから、能力が使えるのは王一人だ」

「では、王一人に気をつけていればいいわけですね」

「アホヤナル。そんなことでいいわけないだろ。戦がはじまったら、王以外にも持たせるに決まってる。一まとめになっている間に盗むなりなんなりしないと厄介なことになるな」

 エドロットが口を挟む。


「だが、もう遅い。現在はばらばらになっている。王位継承争いのせいでな」

「ああ、そういえばそんなことも起こってたっけ」

 三人は事を思い起こすかのように軽く上方を見あげ、静止した。


「……何やってんだ、ロッツ?」

「昼寝」

 眠たげな声で答えるロッツは、木の枝の上で絶妙なバランスを取りながら寝そべっていた。


「伯爵が、王権争いが終わるまで何もしなくていいっていうから、こうしてのんべんだらりと過ごしているんだよ」

「何もしなくていい?」

 三人が尋ねるような調子でいうと、エセルはうなずいた。


「どうやら放っておいたほうがよさそうだ。王権争いの発端は王が保管していた首飾りが一つ、盗まれたことだった。盗まれた翌日、王は突然何もないところを指差して『化け物!』と叫び、窓から転落死。

 その後、首飾りが次々と流失して、王位継承者の間で変死や精神に異常をきたす者が続出し、王権争いに加わった優秀な人材たちも同様の末路。ここ一ヶ月、アヌシュカは確実に自滅の道をたどっている」


「でも、そのごたごたで首飾りがなくなったら困るんじゃねえの?」

 エドロットが案じたが、エセルは首をふった。

「今のところその心配はない。先刻また変死の報告が入ってきたからな。それに首飾りは多く持っていれば持っているほど力が強まる、とでたらめな説を流しておいた。自動的に一つの場所――最終的に王となる人物の元に集まるだろう」


「僕らは熟れた果実を収穫するだけだ。楽なものだよ」

 ロッツはあくび交じりにいったかと思うと、テーブルの方へ槍を突きだした。皿に盛られた大麦のビスケットを刃の上にのせ、木の上へさらっていく。


「行儀が悪いからやめろ」

「おいしいね、コレ」

 もぐもぐと頬張る。エセルのいうことなど聞いちゃいない。


 伯爵様は深いため息をついた。

「下りてこい。席に着け」

 ロッツのビスケットを持つ手が一瞬止まり、それからおもしろがるような声が発せられた。


「どういう親切心が働いたんだよ?」

「このままそういう行儀の悪いことをつづけられると俺は無性に腹が立ってきて、お前にこのティーポットを投げつけるが、たぶん避けられて、俺の忠実かつ誠実な護衛たちに茶と陶器の破片が降りそそぐからだ」

 お前じゃなくて、護衛のためだといいたいらしい。


 ロッツが猫のような身のこなしで降りると、執事がやってきた。

「エセル様、お客様がお見えです。なんでも神殿の神官長だそうですが」

「神官長? 何の用だ?」

「挨拶とお願いがあってきたとおっしゃっておりましたが……」


 エセルは怪訝けげんそうにしながらも、執事に招き入れるよう指示した。応接間に向かうエセルの後を、ロッツもビスケットを食べながら追う。たんなる好奇心からで、やじ馬だ。護衛三人もそれにつづいた。


 応接間には神官数人と、まるで武闘家のように体格の良い神官長がいた。白い神官服がはちきれそうで、神官服に縫いつけられた薔薇の意匠の紋章がまったくもって似合っていない。『闘魂』とでも書いたほうが似合いそうだな、とやじ馬たちは失礼なことを思った。


「初めまして、エセル・マスカード伯爵。突然の訪問をお許しください」

 髪をぴったりと後ろになでつけた神官長が、朗々とした声音で挨拶する。


「ようこそいらっしゃいました。神官長殿がわざわざ出向いて下さるとは、一体どのような御用向きでしょうか?」

「初対面からこんなことを頼むのはぶしつけだとは重々承知しておりますが、どうしても頼みたいことがございまして。もうすぐ、収穫祭が行われるのはご存知ですか?」

「ええ、一応は」

「近年、この島は災害つづきで困っております。疫病が流行ったり、大雨で貯水池が壊れて畑が台無しになってしまったり、津波に襲われたりと被害つづきなのです」

「先日も地震がありましたね」

「はい。ついこの間、例年よりも多くの供物を神に捧げたにもかかわらず地震に見舞われたものですから、島民たちの不安は増大しはじめました。それで、今度新たに供物を捧げようかと思うのですが………」


「何か問題でも?」

「生贄を捧げようと思うのです。それも、できればアヌシュカの王族を」

「つまりアヌシュカの王族を生け捕りにすればよいのですか?」

「話が早くて助かります。できれば、二人生贄が欲しいのですが」

「二人ですか? それは少し難しいですね」

 アヌシュカに攻め入る時、残っている王族は王一人だろう。


「そちらで何とかなりませんか?」

「そうですね……一人ぐらい名乗りでてくれるでしょう。島のために犠牲になるのなら、本望でしょうから」

 神官長はさりげなくロッツに視線を移した。


「ところで、そこにいらっしゃるのはロゼット・ラヴァグルートですか?」

「違います」

 ロッツはにべもなく否定した。


「……額を見せていただけますか?」

「見ず知らずの人にどうしておでこを見せなくちゃならないんですか?」


 成り行きを案じたエセルがフォローに入った。

「神官長、これは俺の部下です。あなたの探している人とはたぶん違いますよ」

 神官長は何かいいたげだったが、それ以上話しかけられるような雰囲気ではなかったので、何もいわなかった。


「頼みごとを聞いていただいたお礼に、収穫祭にお招きしましょう。それと、もし何かあったときはすぐ駆けつけます。神殿は神殿で兵団を作っていますので」

「そうなんですか?」

「はい。昔はエヴァンジェリンの所有だったのですが、エヴァンジェリンが滅びた時に神殿はどこの国にも属さず、独立した機関となったのですよ。自衛のために武装しています」

「それは頼もしいですね」

 よく見れば、つきそいの神官たちもなかなか体格がいい。


「それではまたお会いしましょう。凱旋されることを願っております」

 神官たちは丁寧に会釈し、帰っていった。


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