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11.

 澄みきった空の下で、力及ばず倒れた兵士たちが白日にさらされ、土埃つちぼこりにまみれながら朽ちていく。その殺伐とした光景に空しいものを感じる余裕もなく、ロッツは馬を駆りながら槍をふるった。


 群がる敵を突き倒しながら、ロッツは城門を目指した。数日前までは遠くにあった白亜の城は、いまや目前にある。あと少しだった。

 セレスティアルはどんなに追いつめられても、マスカード側の降伏には応じなかった。

女王の奇跡をひたすら信じ、自分たちには神がついているから負けるわけがないといって譲らなかった。


 だが、偽りの奇跡を信じる人々の言葉はむなしく、セレスティアルの兵は徐々にマスカード伯爵の軍におされて、後退していった。遂には前線の隊がセレスティアルの兵を城際まで追いこんだが、城門の中へ逃げられ、門はあっという間に堅く閉ざされてしまった。


「門を破らないといけなくなったな……」

 エドロットが難しい顔をした。固い石の門を破っている間、こっちは城壁の上から弓矢やら落石やらを雨あられのように浴びなければならない。


「あの石の門扉を破るのは簡単じゃないな。――伯爵、ここは一発」

「一発、なんだ?」

「魔法でドカンと」


 エセルはあからさまに嫌そうな顔をした。

「なんでもかんでも魔法に頼るな」

「……へーい」

「――と、いいたいところだが、今回はそうしたほうがいいだろう。まあ、何はともあれ城門を破る準備をするぞ」


 エセルが兵たちに城門を破るよう命じたが、兵たちは何か策を練った方がいいと唯々諾々《いいだくだく》には従わなかった。しかし、エセルは無理をいって準備をさせた。渋々兵士たちは何抱えもありそうな太い丸太を運んで破る準備をし、城壁には高い梯子をかけた。


「伯爵、一体どうする気なの?」

 ロッツがふりむくと、城門へ軽く掲げられた左手があった。その薬指には、青い薔薇の指輪がはめられていた。

「まさか……」

「数十年ぶりの主のお帰りなんだ。門を閉ざすなんて無礼なまねが許されると思うなよ」


 一突き。

 二突き。

 三突き。

 城門に彫られたゆるやかな模様が、白昼の中で淡く光った。


「うわああああっ?」

 丸太を担いでいた人々が間の抜けた声をあげて、前につんのめった。

「ひ、開いた……?」

 城門の向こうにいたセレスティアルの兵も、あっけに取られる。


「今だ! ぼんやりするな! 攻め込め!!」

 主人にげきを飛ばされ、呆けていた兵士たちは慌てて武器をふりあげ、無防備な城の中へなだれこんだ。


「この城は君のテリトリーってわけか」

「そういうことだ」

 エセルはロッツの描いた城の図面を開いた。

「親愛なる常識的な兵には気の毒だが、戦を有利にするためだ。夢とでも思ってもらおう」


 エセルは図面の城壁の線をなぞった。ロッツが城壁を仰ぐと、はじめはわからなかったが、梯子がどんなことをしても倒れなくなったことに気がついた。セレスティアルの兵が顔を真っ赤にして梯子を押すのだが、梯子は城壁と一体化したかのようにびくともしない。

 それだけではなかった。セレスティアルが落とす巨石はことごとく狙いをそれ、放った矢は偶然起こった突風により威力を殺された。


「……………」

 ロッツは唖然とするしかない。


「次は城の中だな」

 エセルは城の扉という扉の線をなぞった。

「か、勝手に扉がっ!」

 城の正面入り口の扉がひとりでに開き、兵が腰を抜かした。次に、城内の扉の鍵が小気味よい音を立てて一斉に外れ、扉がリズミカルに開いていく。


「今度は廊下だ」

 長い指が図面の廊下を走る。

「ど、どこまで続くんだっ!」

「おかしいぞ! こんなに長くないっ!!」

 と叫ぶ声もあれば、

「おい、行き止まりだ!」

「そんな馬鹿な! ここは向こうにつながって――」

「こんなところに曲がり角なんてあったか!?」

 という声もあがる。もはや悲鳴に近かった。伯爵兵側は普段の城の構造を知らないため何を混乱しているのかと訝るばかりだが、セレスティアル側は見知った城の異変に混乱し、戦どころではない。


「……悪夢だね」

 悠々と城内に歩を進めるロッツは、半泣きになっているセレスティアルの兵が哀れに思えてきた。

 城はことごとくエセル・エヴァンジェリンに味方した。城の構造は伯爵側に有利なよう刻々と変化し、扉の位置は常に都合のいいようつけ代わり、セレスティアルの兵が武器を家具や壁にかませてしまうと二度と抜けず、庭にでればセレスティアルの兵ばかりが蔓や木の根に足を取られる。


「おい……なんか妙じゃねえか?」

 さすがに、自軍の兵たちも奇妙に感じはじめた。いくら戦闘中で城の構造になど気を払っていられないとはいえ、さっき通った廊下がどこかや、目にした絵画がなんだったか、入った扉はどこだったかぐらいは覚えている。

「この城、これじゃあ構造がめちゃくちゃだぜ」

「いくらなんでも、偶然がつづきすぎだよな………」

 奇怪な現象に、不安を覚えはじめた。


 だが、一部の兵は違った反応を示した。帝国の兵ではなく、元ラヴァグルートの兵だ。彼らはこの城が元はふしぎな力を持つ一族の城だったということを知っており、いまだに魔法の存在を信じている。適応が早かった。


「行くぞおー!! 城が味方している! 俺らは無敵だー!!」

「おー!!」

 彼らはさらに勢いづいた。


「……君の連れてきた兵が発狂しないといいね」

「俺もそう思う」

 ロッツとエセルは頭を抱えている帝国兵に心から同情し、

「願わくば彼らがたくましく育たんことを」

 と、無責任に祈った。


「ところで伯爵、女王は?」

「王の間にいるだろうから、閉じ込めておいた。行くぞ、ロゼット・ラヴァグルート」

「二人で?」

「当たり前だろう。他の奴らを連れて行って、役に立つと思うのか」

「その発言、護衛としてなんか悲しいものがあるんだけど、伯爵」

 キートは抗議したが、控えめだった。人外の力が絡む戦いでは役に立たないことは認めざるを得ないからだ。護衛たちに城の制圧に加わるよう命じ、ロッツとエセルは王の間に向かった。


「伯爵、あの杖、何とかならないの? 敵より何より、あの杖が厄介なんだけど」

 エセルはロッツの肩を叩き、にっこり笑った。

「頑張れ。期待しているぞ」

「……杖に殺されたらどうしてくれるんだ」

「骨ぐらいは拾ってやる」

「涙がでるくらいうれしいよ。代わりといっちゃなんだけど、僕も君が死んだら骨を拾ってあげる」


 二人はすかさず小馬鹿にした笑みを浮かべ、図らずとも同じことを口にした。

「犬の餌に」

 ふんっ、と二人は顔をそらし合った。ありありと同属嫌悪の表れた顔で。


 エセルは扉に左手を当てた。錠の外れる音と共に、天井まである頑強な扉が内側にむかって開く。

 待ち構えていた兵士たちが、一斉に襲いかかってきた。ロッツは空間の開けた王の間で存分に槍をふるい、それらを倒した。

 ところが、女王が両の手を組み合わせて祈りのポーズをとると、たちまち兵士たちの傷は癒え、ふたたび襲いかかってきた。

「うわっ! 先に女王を倒さないと駄目ってこと!?」


 しかし、女王の所へ行こうにも兵士が邪魔でなかなか近づけない。おまけに何度何度倒しても兵士たちは起きあがってくる。二対十はきつい。

「やっぱりヤナルたちを連れてくればよかった! 伯爵、なんとかならないの!?」

「もう少し粘れ! あっちもじきに回復できなくなる!」


 確かにだんだん回復の度合いが下がってきている。女王の顔も疲労の色が濃くなってきていた。ロッツも伯爵もやけくそ気味になって、敵をひたすら地に伏させた。


「これで……終わりだっ!」

 ロッツが最後の兵の脇腹に穂先をつきたてた。

 エセルは倒した兵士たちが立ちあがってこないのを確認すると、一息ついてから王座に目をやった。


「さあ、最後はお前だ、女王」

「ひっ、ひいいいっ」

 女王は『摘蕾の杖』を抱いて王座の上で身を縮こまらせた。


「その杖を渡せ。もうお前が持っていても意味がないだろう。杖がお前の力を回復してくれるわけでもないんだからな」

「う……うわあああっ!!」

 女王は両手で杖をつかんで、エセルに玉のついていない方をむけた。たちまち杖は変化し、緑色の触手を生やしはじめた。


「無駄だ!」

 エセルが指輪を示すと、触手は身を引いた。

「な、な……そ、その指輪は」

「貴様らの滅ぼしたエヴァンジェリンの紋章だ。よく覚えているだろう」

「そ、そんな……助けて! 私は関係ない!!」

 女王が口から泡を飛ばす。


「伯爵! 早くその杖なんとかしてよ!」

 自分を捕らえようとする触手を持ちかえた剣で切り払いながら、ロッツがせかす。

「君に向かわない分、全部僕に向かってくるじゃないか!」

 不平を叫びながらロッツは触手を切り払いつづけたが、本数が多い。足に一本絡みついて、それを引きちぎっていると、右腕が、左足が、胴が。


「はーくーしゃーくっ! とっととなんとかしないと君の不名誉な噂をでっちあげる!」

「貴様は少し生気吸い取られてしおらしくなれ!」

「これじゃしおらしくなる前にしおれるってばっ!」

 底なしのロッツの生命力を吸い取って、杖先の玉は緑色に強く光り輝いた。


「くっそー、わかってたけど、その杖すごい失礼だよっ。僕の生命力しか吸い取らないっ!」

「ふん、貴様の肉なんぞ喰ったら腹を壊すからな」

 エセルは女王に剣をふりおろし、杖を奪い取った。エセルの手に渡っても、杖は貪欲にロッツの生命力をむさぼりつづけた。


「おとなしくしろっ、杖っ!」

「ちょっと、伯爵! ちゃんとペットにしつけしなよ!」

 減らず口を叩くロッツの声は、だんだん弱っていった。最低限の生命力は残るから死にはしないが、弱ることは弱るのだ。

「いうことを聞け!」

 エセルは怒鳴りつけたが、杖はロッツの生命力を吸い取りづつけた。


「ロゼット、熱くても不満をいうなよ」

「嫌だっ! いうっ!」

 ロッツのことは無視して、エセルは指輪に命じて手に炎をまとわせた。炎はエセルの手は焼かず、触手だけを焼いた。


「熱いっ! 熱いってば!!」

 ロッツは暴れたが、すぐにおとなしくなった。生気を吸われすぎて、暴れる元気もなくなったのだ。

 焼かれて触手もやっと懲り、ロッツを解放した。


「やっとおとなしくなったな。生きているか?」

「なんとか……」

 といったものの、ロッツは足腰に力が入らなかった。うつぶせのまま、寝返りを打つ元気もない。


「伯爵は先に戻りなよ。僕は後から行く」

「敵に襲われたらどうするつもりだ。もう少し安全な場所まで行くぞ」

 エセルがロッツを助け起こそうとしていると、ちょうど自軍の鎧を装備した兵士がやってきた。


「よろしければ、私が面倒を見ましょう」

 兵士の声にロッツは反応した。

「そうか? 助かる」

 エセルの足音が遠ざかるとロッツは仰向けになり、ステンドグラスが差し込む光に目を細めながら、兵士の顔を見あげた。


「……やっぱり生きてたんだ」

「お久しぶりです、ロゼット王女。――いいや、今はロッツだったか」

 錠の落ちる音が、王の間に響く。

「仇をとらせてもらうぞ、ロッツ」


 騎士の引き抜いた剣が、冷たく光った。


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