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10.

 槍も荷物も取りにいけないまま、身一つでロッツはラヴァグルート城に帰った。騎士がどうなったかは不明だ。


「やあ、伯爵。いい天気だね。ご機嫌いかが?」

 血まみれの薄汚れたドレス姿で、ロッツは平常どおりの挨拶をした。

「ふん、無事に戻ってきたか、女王襲撃凶悪犯。相棒の騎士はどうした」

「あれ、もう伝わってるんだ。相棒とは途中で別れたよ。生死不明だけど」


「それで、どうしてセレスティアルへ行った? まさか女王暗殺なんて無謀なことのためではないだろう?」

「あたりまえだよ。逃げた母親を始末しに行ったの。母親と一緒に逃げだした騎士が、葬儀の日呼びにきてね。居場所を口頭で教えてくれないものだから、仕方なくついてったんだよ。そしたらセレスティアルだったわけ」


「女王襲撃は成り行きか」

「うん。あやうく女王の持ってた『摘蕾の杖』に、母親もろとも喰われそうになったよ」

「心配せずとも、お前なんてまずいとすぐに吐きだされるさ」

「それは認める。女王は母親の美貌につられて僕まで呼び寄せるのを許可したけど、期待はずれだっただろうな」

 いい気味だ。


「セレスティアルの奇跡は、人の命で賄われている。定期的に杖に生贄を捧げないといけないからな。なんとも罪深い奇跡だ。セレスティアルの民は真実を知ったら、どういう顔をすることか」

 やれやれ、といったふうにエセルは宙をあおいだ。


「ところで伯爵、セレスティアルの情報いる?」

「町の情報ならいらない。部下を使って仕入れてあるからな」

「じゃあ、城の情報かな――でも伯爵、君は透視が使えるんでしょ? それを使えばすぐなんじゃないの」

「あまり魔法に頼りすぎると、足元をすくわれる。それに、セレスティアルの城は魔法で見ることができない。元はエヴァンジェリンの城だ。魔法関係の防御がしっかりしている」

「そうなんだ」

 城門の妙な模様や、城のあちこちにあった紋様はそれだったのだろう。


「じゃあ、城の情報だね。でもその前に」

 ロッツはにっこり笑って片手を差しだした。エセルは片眉をあげる。

「……なんのまねだ」

「形なき価値あるものに代償を。端的にいえば、金寄こせ」

「ほお? 十日以上も無断欠勤した身でよくもそんな要求ができるな」

「君の目的遂行に協力したんだ。文句をいわないで欲しい。というか、金とか武器とか全部セレスティアルにおいてきたから、着替えもほとんどないんだよ」

「だったら貸してやろう」

「服を? うわあ、伯爵ってばいやらしいなあ。妙な誤解を招くよ?」


 ロッツがちゃかすと、伯爵様は額に青筋を浮かべた。

「貴様、わざとやっているだろう」

「わざと以外でやるわけないじゃないか」

 二人は至近距離でにらみ合った。それはもう、火花が散りそうなくらい熱烈に。


「本当にかわいげの欠片もない奴だな」

「伯爵こそ冗談が通じなくてつまらない奴だね」

「お前、そのかわいげのない顔を今すぐ豚とでも取りかえろ」

「君こそ、その陰険かつ陰湿極まりない性根を日干ししなよ」

「その前に貴様のそのねじまがった性格を矯正してやる」

「君ごときが僕のこのすばらしい性格を矯正できると思ってるの?」


 白熱する空気。途中から、エドロットが伯爵に用のある兵士数人を連れて入ってきていたが、全員険悪な雰囲気に気おされて用件を切りだせなかった。仕方なく、エドロットが恐る恐る口を挟む。


「あー、ちょっとそこのお二方?」

「何」

 二人が射るような目つきでふり返った。

「……上品な罵倒大会をおやめになって、こちらの話を聞いてくださいませ」

 腰の低くなったエドロットに、二人は仕方なく『今日はこのくらいにしてやらあ』といった感じの視線を交し合って、罵倒大会をやめた。


「伯爵、後で城の構造を描いてあげるよ」

「少しでも間違えたら前線部隊送りにしてやる」

「はっ、僕を誰だと思ってんの?」

「ふん、その過信が後で命取りにならないことを祈っててやるよ」

 部屋中に満ち満ちる悪意に、エドロットとその他一同は身を縮こまらせた。


「お前さ、なんであんなに伯爵と仲悪いわけ?」

 エドロットは不機嫌なエセルから遠のくために、そそくさとロッツと退出した。


「自分を殺そうとした相手に好意を抱けるわけがないよ」

「はあ、なるほどねえ……」

「そうじゃなくても、すごく性格悪いから嫌いなんだよ。性格だけじゃなくて、陰険な物言いとか、人を見下した態度とか、小馬鹿にした笑いとか、何もかもが嫌いだ。ああ、むかつく!」

「天罰下れってとこ?」

「まさか! 人罰下してくれるよ。神様なんて当てになるもんか」

「はあ……さいですか」

 エドロットは気の抜けた返事をした。


「エドロットはそう思わないの?」

「いやー、別に。仕事以外で話さないし」

「僕だって仕事以外で話さないよ。仕事ででも話したくないくらいだ。エドロット、雇い主だとか貴族だからといって遠慮することはないよ。何か不満ないの?」

「そうだなあ……いていうなら、潔癖な嫌いがあるところかな」

「嫌味とか皮肉とか喧嘩とか売ってこないの?」

「いわない、いわない。伯爵は基本的に、嫌いな相手は無視だから。むしろ、俺としてはどうして伯爵がお前相手にいい合いしているのかがふしぎでしょうがない」

「ふん――くっそ、あいつの口癖が移った――僕は無視できないほど嫌な存在ってわけだ。光栄だよ。あいつの行く先々でとことん目障りな存在になってやる」

 ロッツは背後に闘志を燃え立たせた。


「……それだけじゃなさそうだけどな」

 エドロットは誰にも聞こえないくらい小さくつぶやいて、その話題を打ち切った。


「で、お前どこ行ってたわけ? いきなりなんの前触れもなくいなくなったから、びっくりしたぜ」

「ちょっと私用でセレスティアルまで」

「私用? なんだ、伯爵と痴話ちわ喧嘩でもしたのかと思ってたぜ」

「はあ!? なんで僕とあいつが痴話喧嘩なんてするんだよ!!」

 ロッツは激怒した。


「お前と伯爵ができてるという噂がまことしやかに流れてるから」

 目眩がした。なんということだろう。あのとき放置しておいた誤解が、真実となって広がってしまったらしい。


「ちなみにご婦人方の間で『禁断の主従愛!?』って大好評」

「だいこうひょうっ!?」

「そう。ご婦人方のお茶会で今一番の話題だ。よかったな」

「大迷惑だっ」


「怒るなって。その噂のおかげで、お前の株がうなぎのぼりなんだぜ? 傷つきながらも愛しい人を守るため戦う少年。頬の傷跡はきっと伯爵を守るために負ったに違いない! それによって燃えあがる愛の炎っ! 結ばれないと知りつつも惹かれあう二人! ――って感じで」

「アのつく炎よりも憎悪の炎が燃えるってば! 燃え盛るよっ!」


「最近では、実は片方が男装の麗人に違いないという噂まである」

「へー……で、どっちが男装の麗人?」

「伯爵。エセルって女名前だし、あの通り綺麗な顔してるし、女だったら理想的な関係だし。お前にゃ気の毒な話だけど」

「気の毒ってことは、エドロットは気づいてたわけね。僕が女だって」

「そりゃあな。伊達に大勢の女とつきあってませんよ」

 自慢することでもないだろうに、エドロットは自慢げにさらさらの前髪をかきあげた。


「そういやお前、伯爵を押し倒したんだって? 中庭の薔薇園で。大胆だなー」

 エドロットはにやにやと笑いながら、ロッツの耳元でささやいた。

「押し倒してないっ! 嫌がらせに抱きついただけだっ!」

 どこまで噂に尾ひれがついているのか。血管がぶち切れるかと思うほど血圧があがった。


「エドロット、まさか信じてないよね。僕と伯爵ができてるなんて」

「ないない。ないけど、伯爵にお前がいなくなった理由について心当たりを聞いてみたら、なんか気まずそうな顔してたから、喧嘩したのは確かかと思っただけで」

「確かに喧嘩はしたけど、それはいなくなった理由じゃない。私用が原因。だいたいなんで僕があいつと喧嘩したぐらいで、おめおめと負け犬のごとくいなくならなきゃいけないんだ」

「だよな。お前ならそういうと思った」

 エドロットは深々と何度もうなずいた。


「あ、ロッツじゃん。お前どこ行ってたんだよ」

 キートがロッツの姿を認めて、こっちへやってきた。

「ちょっとセレスティアルまで行ってたんだよ」

「ふーん、女装して潜入捜査?」

「……すごく信憑性のある誤解だなあ」

「キート、ロッツは女だよ」


 エドロットの台詞に、キートは驚きの色を見せた。

「伯爵ってば女に押し倒――」

 後の台詞は、ロッツの鉄拳によってキートの口内に押し戻された。


「僕の前でその話をしたら、君に二度と日の出はないからそのつもりで」

「へーい……伯爵と同じこというんだから。怖い怖い」

「ヤナルはこの噂、知ってるの?」

「全然。あいつはそういう方面、門外漢もんがいかんだから。お前が女ってことも全く気づいてないんだろうな。爪の先ほども」


 キートがそういうと、エドロットはわざわざヤナルを連れてきた。

「ロッツ!? お前なんで女装してんだ!?」

 予想通り、ヤナルは盛大に驚いてくれた。キートは笑いながらヤナルに真実を教えようとしたが、ロッツはそれを押しとどめた。意地悪く笑いながら。


「やあ、ヤナル。じつは伯爵に無理やり女装させられたんだ。ひどいよね。いくらセレスティアルの情報が欲しいからって、こんな格好をさせて敵陣の真っ只中に送り込むなんて。血も涙もないよ……」

 ロッツは何も知らないヤナルに大嘘を吹きこんだ。まじめなヤナルはロッツの言葉を真に受け、心底気の毒そうにうなずいていた。その後ろで、キートとエドロットは肩を震わせながら、必死に笑いを堪えた。


 数時間後、

「貴様! 本当に前線部隊にぶち込んでやる!」

 いつもは沈着な伯爵が物凄い剣幕で怒鳴りこんできたのはいうまでもない。




 マスカード伯爵の軍はセレスティアルの王都まで順調に進軍した。進軍の間、陽射しは日に日に強さを増し、草の緑は濃くなり、夏本番を迎えた。


「熱いなあ」

 一試合終えて汗だくになったロッツは、流れ落ちる汗に辟易した。体もほてって、とにかく熱い。

「あーもー、もう一枚脱ごうかな」

 そういって馬上で胸当てを外しはじめるロッツに、伯爵が目をむいた。


「お前という奴は、仮にも女としての自覚がないのか!」

「はあ? これ脱いだら裸だよ?」

「だからといって脱ぐな!」

「……伯爵、いくら僕でもこんなところで裸になるわけないじゃないか。だから、さっきのは冗談。君はほんっとうに冗談が通じない人だね」

「……わかりにくい冗談をいうな」

 ぎりぎりと手綱を握り締めるエセル。護衛の男三人ももっともだとうなずいた。


「だいたい、冗談にしてもそういうことを男の前でいうな。皆、戦いの後で気が高ぶっているんだぞ。下手に刺激するな。お前のことは心配したくもないが、仮にも女がそういう目に会われては目覚めが悪い」

「――……ああ、わかったよ」

「? やけに素直だな」

 いつもなら、肯定しても小憎たらしい言葉の一つでも返ってくるはずだ。

「別に」


 ロッツは遠くに望むセレスティアルの白亜の城を見つめた。

 あの騎士は、どうなったのだろう。説教するような口ぶりが懐かしかった。死んだのか、それともまだ生きているのか。

 ラヴァグルートに戻ってから、それとなく情報に耳を澄ませていたがこれといったことはなかった。裏を返せば生きている可能性の方が大きいということになるが、あの騎士のことだ。自害したかもしれない。


 気のない手つきで昼食のパンをかじりながら、ロッツは無意識に槍を探した。そして、セレスティアルの城においてきたことを思いだして苦笑した。

「早く取りに行かないとな……」

 何よりも大事なロッツの槍は、ロッツに武術や学問やいろいろな事を教えてくれた師の形見だった。あれがないと、どうにも落ちつかない。


 無事だろうか、と考えて、不安になった。槍の安否もだが、槍から師のことを連想して不安になったのだ。


 師は復讐のために武器をふるうなといった。だが、ロッツにはどうしてもそれが納得できなかったし、復讐をしなければ気が収まらなかった。師のことは尊敬しているが、ロッツは師のいうこと全てに従う子供ではない。よって、復讐を敢行した。罪悪感はない。

 しかしながら、師の考えを踏みにじったことへの後悔があった。師のことを敬愛しているから、納得できない考えでも尊重はする。一番後悔していることは、師の愛用していた槍を使って復讐をしてしまったことだ。師は怒っているかもしれない。


 見つからなかったらどうしよう、と泣きたくなった。どうかあの槍だけは、最期に自分の手元にあって欲しい。他には何もいらない。槍すらなくなれば、自分は全てに見放された気分になる。

 どうか無事に戻ってきてください、とロッツが心の中で必死に槍にお願いしていると、エセルの姿が目に留まった。


「………」

 どうするか。あの憎々しい伯爵に助けを求めるのは癪だが、槍のことがとても気がかりだ。ロッツの心の中でプライドと槍が秤にかけられ、ぐらぐらと揺れ動いた。


「――なんだ?」

 視線に気づいたエセルが、こちらを見た。ロッツは悩んだ。生きるべきか死ぬべきか。それくらいに悩んだ。とにかく悩んで迷って、妥協案を捻りだした。


「伯爵、失せ物一回いくらで探してくれる?」

 プライドを抑えるためにパンを持った右手を握りしめる。哀れなパンは圧死して、単なるスリムな小麦粉の棒に生まれ変わった。


「断る」

「なんで?」

「金のために力を使うのは御免だ」

 エセルはそっけなくいった。


「僕が君に報酬として払うんだ。別に君が金欲しさに力を使うなんて誰も思わないよ」

「最初のお前のいい方だと、まるで俺が金でも払わなければ動かないようないい方だったんだが?」

「細かいことを気にする男だな」

 ロッツは歯噛みした。潔癖なエセルの機嫌を損ねたようだった。かといって、ただで探してもらって借りを作るのは嫌だし、エセルの温情を期待して平身低頭に頼むのはロッツのプライドが許さない。


「もういい。たいしたことじゃないし」

 たいしたことがあるのだが、悔しいのでそう捨て台詞を吐いた。右手の固く握りつぶされたパンの存在に気づくと、ロッツは口を尖らせてスープにつけて食べた。


「あんまり人外の力に頼ってると、駄目人間になるしね」

 これはロッツの師匠の言だ。口にすると懐かしさがこみ上げてくる。

 ちなみに師匠はこの言を忠実に実行し、ロッツの修行時、手枷足枷をつけて普通の人間と同じぐらいの力しかでないようにして、ひたすら怪力に頼らない技を磨かかせた。


「……探し物は槍か?」

 何が引き金になったのか、黙りこくっていたエセルが口を開いた。

 しかし、ロッツはかわいげの欠片もない顔で応じた。

「だったら何?」

「……別にどうもしないさ」

「何もする気がないなら、余計なことを聞くな」

 パンの最後の一欠片を口に放り込むと、愛用の槍の代わりになる槍を探しに立ちあがった。


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