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1.

 城に敵が攻め込んできたとき、ロッツは真っ先に『ざまあみろ』と思った。

 もはや、この忌々しい城に縛られる必要はない。愛用の槍を一閃させて敵をなぎ払い、活路を開く。

 敵の数は、味方の数よりはるかに多い。敵兵の鉄兜が太陽の光を鈍く照り返し、うごめいていた。


「僕にとっては救世主だよ」


 小さくつぶやき、ロッツは救いの主たちに矛先を向けた。敵は敵だ。感謝は本当に助かってからしよう。

 槍をふるうと、いつもより軽やかに動いた。槍が体の延長のようだった。矛先にまで通った神経は極限まで研ぎ澄まされ、いつになく思いのままに動く。

 銀色の刃が軌跡を描くたび、その後を血飛沫ちしぶきが追った。その度に、ロッツの気分は静かに高揚した。


「……調子に乗りすぎたかな」

 かかった血潮を手の甲でぬぐい、ロッツは舌打ちした。敵が自分のほうに集中しはじめた。手強いと認識されてしまったようだ。

「ちょっと多い」

 群集の輪の端に来たころには、息があがってきた。敵の刃を柄で流しつつあたりをうかがうと、人の壁はなかなか厚い。今突破しなければ、逃げられなくなるだろう。


 さすがに焦りを覚えながら、逃げる手はずを整える。間合いが十分に取れると、ロッツはきびすを返して駆けだした。

「待てっ!!」

 数人の敵が荒々しい声をあげながら追ってきたが、ロッツはそのまま前進した。彼らが追いつけるわけがないと確信していたからだ。

 みるみる遠ざかる敵の足音を聞きながら、ロッツは快足を飛ばした。走って走って、ひたすら外の世界を求める。


 自由だ。

 これで自由になれるのだ。

 過ぎ去る周りの景色が、鮮やかにみずみずしく映る。


「――あ……」

 脇腹に、衝撃を感じた。膝が自然と曲がり、美しい景色が傾く。

 次の瞬間から、じわじわと痛みが襲ってきた。矢だ。敵が弓をつがえて撃ったのだ。もう弓兵はいないと安心していたのに。


「よっしゃ! 命中!」

 憎々しく思いながらふり向くと、二人の男がやってくるのが見えた。一人はオレンジ色の頭をしていて、もう一人は硬そうな黒髪を短く刈った男だった。


「これだったよな、ヤナル。伯爵の探してた子供ってのは」

 オレンジ頭の青年がいう。

「そうだと思けど、ちょっと失礼するよ」

 ヤナルと呼ばれた黒髪の青年が、ロッツのあごをそらせた。

「額の印……間違いなさそうだ」

 前髪に隠された、いばらの冠を模した刻印を確認して男たちはうなずきあった。


「確認するが、名前は?」

「……ロッツ。軍ではそう名乗ってる。君たちが聞きたい方の名前で名乗るなら、ロゼット・ラヴァグルート」

「間違いないみたいだな。一緒にマスカード伯爵のところへ来てもらうぜ」

「敵の大将が僕みたいな子供になんの用だよ」

「さあな。とにかく捕まえるようにいわれたんだよ」


 槍を取りあげてロッツの腕を後ろ手に縛り、オレンジ頭がロッツを引き立てた。

「キート、ケガ人を乱暴に扱うなよ。それにこの子は王族だ」

 ヤナルが顔をしかめて注意すると、オレンジ頭は気の抜けた返事をしながら従った。


「あのさ、悪いんだけど矢を抜いてくれない?」

「あん? 出血が酷くなるぜ」

「すぐ治るから心配ないよ。むしろ、このままだと痛いだけだから困る」

 ロッツの突飛な発言にキートは戸惑った。ヤナルの方も困惑の表情だった。


「いいから抜いてよ。すぐ治るから。抜けばわかる」

「っていってるけど、ヤナル、医者としてどうよ?」

「どう、といわれても……」

 二人がぐずぐずしているので、ロッツは痺れを切らした。自分で矢を抜くことにする。


「お、おい!」

「とめる暇があるなら、さっさと抜いてってば。医者は痛くて苦しんでる患者の要求を聞けないの?」

 ヤナルは渋ったが、結局患者の要求を受け入れた。

「抜くよ」

「どうぞ……――っ!」

 抜く瞬間に走った痛みに、ロッツは顔をゆがめた。痛い。激痛が全身を容赦なく襲う。

 顔面から脂汗が噴出し、意識が一瞬かすんだ。

「あー、痛」

 荒く息をしながらもロッツはくずれかけた態勢をなおし、直立した。そして傷口の変化に目が釘付けになっている二人を促がす。


「さ、伯爵のところに行こうか」

「――い、一体どういう体してんだ?」

 きれいにふさがった傷口を指差して、キートが口を開いたり閉じたりした。隣のヤナルも同じような反応だった。

「特異体質ってことにしといて。説明する気ないし」

「お前といい、ラヴァグルードの王族はどういう体してんだ? やたら力が強くて運動神経がいいし」

 キートは首を傾げつつも、ロッツを陣営に連れて帰った。


「伯爵は?」

「戦にでてるから、帰ってくるまで待っててくれ」

 ロッツは伯爵の天幕に連れて行かれ、地面に打った杭にくくりつけられた。この扱いは不満だったが、捕まったのだから仕方がない。

 日没になってひとまず戦に区切りがつき、伯爵が帰ってきた。


「お帰り、伯爵。命令どおり連れてきたぜ」

 地面に打った杭に縛りつけられたロッツを見て、伯爵がうなずく。

「わざわざご足労いただき申し訳ないな、ロゼット・ラヴァグルート」

「いえいえ、丁重なお招きどうもありがとう、エセル・マスカード伯爵」


 ロッツは挑戦的な目で、まだ年若い伯爵を見あげた。

 十八歳ほどの、美しい青年だ。薄氷の美貌とでもいうのだろうか。薄い青の目に鋭角的な線を描く顎、固く引きむすばれた唇。冷たく透き通った雰囲気が冬の空気のイメージを喚起させた。


「ご苦労だったな、キートにヤナル。悪いが席をはずしてくれ。二人で話したい」

「伯爵、二人きりでは危ないのでは……」

 ヤナルが心配そうにしたが、伯爵は首をふった。

「心配ない。馬を頼む」

「……伯爵がそうおっしゃるなら」

 ヤナルは伯爵の馬を連れて、キートと共に天幕を去った。


「で、本当になんの用? 城の誰からも忘れ去られているような王の子にさ。ラヴァグルートの情報を期待しているなら無駄だよ。城の構造ぐらいなら教えられるけど、内情についてはほとんど知らないから」


 エセルは黙ってロッツに近づき、乱暴に前髪を掻きあげた。

「……本物だな」

 額にいばらの冠を模した刻印があるのを確認して、エセルは手を離した。

「用があるのは『いばらの冠』、だ」

 でてきた単語に、ロッツは頭をひねった。

「意味がよくわからないな。なんでいまさら『いばらの冠』を欲しがるの?」

「俺がエヴァンジェリンの血を引いているといったら納得するか?」

「エヴァンジェリンの……」


 ロッツは神妙な態度になった。

 ここは、帝国の治める大陸と海を隔てて存在している島だ。現在三つに分かれ、ラヴァグルート、セレスティアル、アヌシュカの三つの王族に治められている。

 だが、この三王家が治める前まではエヴァンジェリンという一族がこの島を統治していた。そしてこの一族はロッツの持つ『いばらの冠』という名の刻印に関連している。


「『いばらの冠』がどういうものか、どこまで知っている?」

「そうだね……れがラヴァグルート王家の身体能力増強に一役買っている、ってとこまでかな」

「それを手に入れた経緯については?」

「だいたい知ってる」

「いってみろ」

 高圧的な態度が少々頭にきたが、ロッツはおとなしく答えた。


「数十年前、この地がエヴァンジェリンに治められていた頃のこと。当時まだ一介の貴族だった初代ラヴァグルート王は、島の中央にある神殿で神からふしぎな薔薇を賜った。

 そのときラヴァグルード王の他にも二人の人がいて、その二人も今この島を治めている国の初代国王だった。


 三人は賜った薔薇を、花と蕾と茎に分けた。ラヴァグルート王が棘のついた茎を取ると、王はすばらしい身体能力を手に入れることができた。王だけでなく、王の子孫も。王はそれを使って、同じくふしぎな力を手に入れることができた二人とエヴァンジェリンを打ち倒し、国を作った。


 けれども、そのふしぎな力を保つためには条件があった。ラヴァグルートの場合は、薔薇と同時に賜った『いばらの冠』をつねに王族の誰かに被せておくこと。『いばらの冠』の所持者は必ず十六歳で死ぬから、その度に他の犠牲者を見つけなくてはならない。

 ――こんな感じでいいのかな。全部表向きの話だけど」


「表向き、か。じゃあ裏向きについてもいってみろ」

「僕の推察の域をでないけど?」

「かまわない」


 伯爵がうなずいたので、ロッツは一息ついてからまた語りはじめた。


「まず、初代国王たちは神から薔薇を賜ったわけじゃない。たぶん盗んだんだ。島の中央にある神殿は当時、エヴァンジェリンの王族が取り仕切っていて、エヴァンジェリンの者でなければ入ることができなかった。それに、エヴァンジェリンと神殿に祭られている神は深い関係にあったから、エヴァンジェリンを滅ぼしてしまうような力を初代国王たちに与えるわけがないんだ。


 盗んだ薔薇っていうのが具体的にどうふしぎだったのかはわからないけど、神への献花だったんじゃないかな。エヴァンジェリンは魔力のこもった薔薇を神へ奉納していたから。


 それから、この『いばらの冠』は盗んだ罰だ。神が力をただでは使わせないために『いばらの冠』を力の源という存在に設定して作り、なくせば力を失うように魔法をかけたんだ。魔法というより、呪いかな。初代国王の愛娘にまずこの冠をかぶせたんだから」


 ここでまた、一息ついた。


「僕からはこんなものかな。この推察がどこまであってるのか教えてもらえると嬉しいんだけど、エセル・エヴァンジェリン様」

 エセルは満足そうに、少しだけ口の端を歪めた。

「だいたいは合っている。子供ながらそこまで推察できればたいしたものだ」

「それはどうも」

「何も知らず、何も考えようとしない他のラヴァグルートよりは遥かにましだ」

 エセルはポケットに手を入れると、金色の指輪を取りだした。青い薔薇の象嵌ぞうがんが施されている。エヴァンジェリンの紋章だ。それを左手の薬指にはめる。

「感謝しろ。これからおまえを、親切にもその呪いから解き放ってやろうというのだから」


 ロッツは目を見開いた。

「解き放つ? 呪いから? なぜ」

「さっきの推察に追加説明をしてやろう。不敬なやからに激怒した神は、もう一度盗まれた薔薇を奉納し、三王家を滅ぼさなければ、島の住民を残らず殺すといったのさ」

「なるほどね」

「皇帝からもこの島の制圧を命じられていたから、一石二鳥というわけだ」


 エセルは指輪をはめた左手で、ロッツの頭をつかんだ。

「『結実の指輪』よ。失われた薔薇の片鱗を取り戻せ!」

「――っ!」


 額の刻印が、青い燐光を帯びる指輪と共鳴して熱を持つ。頭上に大きな力がわだかまりはじめるのが感じられた。そしてそれは、次第に存在を確かにしているようだった。

 頭上にあるのでロッツには見えないが、形作られているのは冠だった。銀色の粒子が集まって、棘の生えた冠を具現化させる。

 ところが、冠が輪郭をあらわにし、完成を目前としたとき邪魔が入った。


「待った伯爵! 取引しよう!」

 ロッツが頭を勢いよくふって束縛から逃れ、冠を霧散させた。銀の粉が空気に溶け消えた。

「取引だと? 血迷い事を!」

 術を邪魔され、エセルは柳眉をつりあげた。

「血迷いごとなんかじゃないよ、伯爵。君にとっても有益な取引だ。僕を仲間にしない?」

「なんだと?」

 エセルは面食らった。


「どうせまだこれからラヴァグルートも、他の二王家も滅ぼさなきゃならないんでしょ? だったら、この冠のおかげで十六歳の誕生日までは絶対不死身の一流戦士が欲しくない? 護衛として」

 一理あった。『いばらの冠』の所持者は、十六歳に死ぬ。いいかえれば、十六歳までは絶対に死なないのだ。おまけにラヴァグルートの身体能力は、手駒として一つ欲しいところだ。


「だが、おまえから『いばらの冠』を取れば、ラヴァグルート一族の力は無くなる。戦がはるかにやりやすくなる」

「痛いところを突くなあ。でも僕は技のない力押しのラヴァグルートと違って、武術に長けてる。それで不備を補えるよ、絶対にね」

「冗談をいうな。ラヴァグルートの人間を信用しろというのか?」

「その点については問題ない。僕は、ロゼット・ラヴァグルートはラヴァグルート一族を殺したいほど憎んでる」


 ロッツの新緑色の瞳が子供のものとは思えない、暗く、凄絶せいぜつな憎悪に彩られる。


「……嘘はないようだな」


 エセルが頭の中で計算していることを見て取って、ロッツは切りだした。


「だからその代わり、『いばらの冠』を回収したあと僕を殺さないで欲しい。君の権限で何とかならないかな?」

「ふん……頭が回る奴だ。いいだろう、一人ぐらいは何とかなるさ。だが、少しでも違反をすればその時点で取引はなしだ」

「その心配はないよ。僕はラヴァグルート一族に容赦をするつもりは全くないし、君を殺そうとするほど愚か者でもない。これからよろしく、エセル・エヴァンジェリン」

「こちらこそよろしく、ロゼット・ラヴァグルート」


 二人は友好的な笑顔を貼りつけて、挨拶しあった。


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