愛妹
三題噺
「お風呂」「兄妹」「夏祭り」
と、なかなか書きやすいお題の三題噺でした。
ついにこの時期がやってきたのである。私は風呂浸かりながら、今朝の出来事を思い出していた。妹が何処からか持ってきた夏祭りの案内プリント、ポストにでも入っていたのだろう。妹は嬉しそうに私の顔を見ると、連れて行けと言わんばかりに、ソレをヒラヒラと振った。そんな笑顔の妹を無碍に断ることも出来なかった私は、渋々妹を連れて行くことにした。
私が風呂から上がると、妹は既に浴衣に着替えており、今すぐにでも飛び出せる様にと玄関で私を待ち構えていた。そんな妹に急かされた私は、大事な物を持ち、髪も乾かさずに家を出た。どれ程歩いたのだろうか。妹が空を見上げながら私に言った。
「ねぇ、お兄ちゃん?」
「ん?どうした?」
「今日良い天気だよねっ。絶好のお祭り日和っ」
空を見上げていたのか、私を見上げていたのかはわからないが、私はそんな妹の笑顔に一瞬ドキッっとしてしまった。妹は私にとってたった一人の妹で、たった一人の兄妹である。それ故に私も妹もお互いの事を可也大事にしているのだと私は思う。私の勝手な判断では在るが、信頼があるからこそ、妹も私に向かってこんな笑顔が出来るのであろう。私の返事を待っている妹に私は「ああ」と相槌を返した。
蝉の鳴き声が鳴り響く。妹は木陰を転々と飛び移りながら歩いていた。
「ねぇ、お兄ちゃん?」
妹が私を上目遣いで呼んだ。
「どうかしの、お兄ちゃん?ボーっとしてたけど」
「ああ、ごめんごめん。少し考え事してたんだ」
私が妹に言うと妹は不満そうに頬を膨らました。そんな妹の顔に私は吹き出してしまった。
「何笑ってるのっ!」
「あはは、ごめん。つい、可愛かったから。あはは」
私は必死に笑いを堪えながら妹に言ったのだが、笑いが漏れてしまう。そんな私の笑い声に妹は更に頬を膨らましたのである。そうしているうちに、私達は夏祭りのある神社へと辿り着いていた。普段では在り得ないほどの人々が神社を行き交い、見たことも無いような数々の出店が立ち並んでいた。たこ焼き、イカ焼、フランクフルト、綿菓子、りんご飴、たい焼き、妹は食べ物を売っている出店に食らい付いていた。
「お兄ちゃん、綿菓子買ってよっ!」
「ああ」
私は妹に頼まれるがまま、妹の欲しがるものを全て買った。妹の買った物の荷物持ちをさせられ、私は妹の奴隷同様だった。どうしたものか。どうして私は此処まで妹に優しくしているのだろうか。その全ての理由はわかっていた。
それは数ヶ月も前の事だった。突然妹が倒れて病院に運ばれた。妹の病気は 僧帽弁狭窄症という心臓の病気らしく、手術成功率は50%前後といわれた。元々身体の弱かった妹は手術の負担で身体が持たない可能性もあり、更に成功率は低下するらしい。そんな妹の手術があと1ヶ月と迫っていた。だからこそ、私は今のうちに妹に尽くせるものなら尽くそうと思うのである。これは諦めではない。もしもの場合など、考えてはいない。しかし、どうしてもしておかないと気が済まないのである。一人俯き、考える私の顔を妹が覗き込んできた。
「お兄ちゃんっ!また何か考えてたっ──」
「ああ、ごめん」
私が謝ると、妹は真面目な顔つきで私に言った。
「ごめんね、お兄ちゃん。今日は私の我儘に付き合ってくれて……本当に楽しかったよ。ありがとう」
妹は目から涙を流すと私に抱きついてきた。
「何がありがとうだよ。諦めるなよ。手術は絶対に成功する。成功して、元気になったらまた一緒に夏祭り行こう、な?」
「うん……ありがと」
妹は私に抱きついたまま離れようとしなかった。もう直花火が上がる時間である。私の住む町の花火は豪勢で綺麗と隣県にも評判があり、様々な県から花火を見にくる人が居るくらいだ。私は妹の手を離し、妹を離れさすと夜空を見上げた。
ドーンッっと、鈍く響く音を出しながら花火が上がった。満天の星空に鮮やかな花火の色が混じり、とても綺麗であった。
φ
ドーンッ、私は夜空に響く花火の音で目が覚めた。神社の高台のベンチでわたしは眠っていたらしい。私の横にはたこ焼きと綿菓子や金魚が置かれていた。何とも懐かしい夢を見たものだ。私は眠い目を擦り、空を見上げた。そういえば、妹もこうやって空を見上げるのが好きだった様な気がする。何せ、もう10年も前の話だ。最後にこの夏祭りにきた日、私は妹に「もう一度一緒に行こうと」言った。もしかして、今の夢が本当に私と妹との最後の夏祭りだったのかもしれない。私は横に置かれた綿菓子を一口頬張った。その時だ、後ろから聞き覚えのある声がした。
「あーっ、私の綿飴食べるっ!」
振り向くと、そこには娘と妻の姿があった。
「ああ、ごめんな? 静」
私は娘に謝ると綿菓子を娘に渡し、隣に座らせた。「一緒に花火見ようか?」私は娘の頭を撫でると次々と撃ち上がる花火に目をやった。