表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ロシアンルーレット

作者: 日向 葵

残酷な表現、とまではいきませんが読む人を選ぶシーンがあります。

なんでも来い! という人だけが読むことをお勧めします。

壁も天井も床も、真っ白な部屋。中央には丸い小ぢんまりとした木製のテーブルと、それに見合ったデザインの椅子が二脚有る。灯りは頭上の裸の蛍光灯のみ。それ以外家具らしき姿が何も見当たらないこの場所は、室内の白さも手伝ってずいぶん殺風景に見えた。

茶色の机上には不必要にも思える盆が設置されて、何か重々しい雰囲気を纏うそれ(・・)が置かれていた。こちらは周りとは正反対の黒一色だ。

窓も無く、ドアノブ以外の装飾が無いシンプルな扉さえも白のこの自宅の一室に、その男女二人は入ってきた。


「へぇ……」


女の方が一足先に足を踏み入れた。小さく感嘆の声を漏らす。その表情はどこか楽しげだ。宝物を見つけ喜ぶ無垢な子供のように目を輝かす。長い脚を数歩進め、立ち止まる。白いスリップの裾をゆっくりと揺らしつつ、部屋をぐるりと見回した。そして品定めをぬかりなく行ったその視線は、最終的に室内の値踏みをする自分を眺める、ドア付近にただ立つだけの男に送る。


「貴方にしては上出来じゃない」


薄い唇を綺麗に釣り上げ、称賛の声を紡ぐ。どうやらこの部屋は彼女のおめがねに敵い、気難し屋のお気に召したようだ。壁に凭れ掛かった男は青い目を細め、おどけた風な声で「お褒めに預かり光栄です」と返す。


「悪趣味の貴方がまさかここまで私の趣味にそぐ合う空間を作り出せるなんて正直思って無かったわ。私、随分貴方のことを見くびってたみたい」

「それはそれは良かった。もっとも、壁一面真っ白にペンキで塗りあげてオーダーメイドの机と椅子をセットしただけなんだけどね」

「それもそうね。大した労働じゃないみたいだし、前言撤回しようかしら」


視線を絡ませたまま、双方くすくす笑う。芝居染みた遣り取りが、楽しくってしょうがない。声色は明らかに愉悦を滲ませ、真っ白な空間で綺麗なな華の毒々しさを覗かせ響く。女は長い亜麻色の髪を堂々と揺らし、白い背景に寄りかかる男に近付いた。これまた白い愛用のヒールの底を高らかに鳴らしながら。入口に戻ってきた色白でもある彼女は、一歩間違えればこの色の無い風景に同化してしまいそうだった。


「エスコート、して下さらない?」


蕩けるような甘い笑みと一緒にそっと肌理きめの細かい手を女は差し出す。口元と目尻は淡い優しさと色を添えて。そこに反対の余地は無かった。艶然と微笑む彼女を前に、靡かない男がいたら見てみたい。誰がこの誘いを断るというのだろう。

何て色香だと男は浮かべたままだった笑みを一層深くし、優雅な動作で恭しくそのしなやかな指先に己の手を添える。そのままゆっくりと流れるような動作で女を中央の椅子までリードした。背凭れを音も無く引き、座るよう促す。紳士的な振る舞いを、望んだ以上に難なくこなす男に艶やかな微笑を崩さず、女は腰を下ろした。


「さて、気分はどうだい?」


女の側に控え、柔和に尋ねる。


「最高よ。今までに無いくらい」

「これからどちらか――――もしかしたら自分が死ぬかもしれないって時にかい?」

「だからじゃない。この真っ白な世界と私の今着ている服が貴方の血で赤一色に染まるなんて! 考えただけで、ぞくぞくする」


悪戯っぽささえ窺える二人の顔は、夜空に浮かぶ蒼白い満月のように冷徹で、澄んでいて、故に美しかった。だからこそ余計に、話す内容の現実味と剣呑さを失わせる。


「君の血で溢れ返るとは思わないの?」

「まさか。冗談はよして頂戴。死ぬのは間違いなく貴方よ」


自身に満ちた口ぶりは決して揺るぎそうに無い。「どうだか」とわざと白々しく肩を竦めてみせ、男は向かいの席へ歩いた。

用意された質の良い上品な椅子を引き、座る。どの場面を切り抜いても絵になる人だと女は心中密かに思った。しかしそんなことはおくびも出さず女は声をかける。


「これからどうするの?」

「簡単に言えば、二人の内どちらかが死ぬゲームを始める」

「それは知ってる。どうすればいいのかって聞いてるの。馬鹿にしないで」

「おっと失礼。ではゲームの説明を始めさせて頂きます。まず使用するのは、この二丁の拳銃です」


待っていました、と言わんばかりの軽快さで男は淀みなく声をはつらつと発する。台本でも書いたのかと疑うぐらい芝居が掛かった物言いは女が挙げる男の美点の一つだ。この嘘臭さがたまらない。

男の広げた両腕が示す机上に女は焦点を合わせた。そこには、この部屋に訪れた時からずっと気になっていた銃がずしり、と重苦しいオーラで横たわっている。

黒光りするそれは、ニス塗りの値の張るテーブルの上に無言で鎮座する。しかし存在感は一番で、目にしたことも無いのも相まっていやでも女の眼を惹いた。

好奇心に満ちた視線を確認し、男は続ける。


「今から開始するのは、差し詰めロシアンルーレット。しかし異なる点が幾つかあります。まずはご覧の通り使用する銃の数。通常一つで行いますが今回は特別に二つ御用意しました」


自分のしたいが儘に手元の銃を女はいじる。目線が下がったのでほとんど映らない正面の男の声が、次から次へと耳に届いた。抑揚をつけた淀みない台詞は、どこか安っぽい。男の性分を知っているから、余計にそう思える。

いつだってそう。この男は無機質で無感情で無感動で――――


「そして二つ目。ここにある銃のうち、実弾が入っているのはどちらか一方のみ。当然、弾の有る無しは見ただけでは分からないようん細工してあります。中身が入っている方を選んでしまった方は、残念ながらゲームオーバー。死んで貰います」


他人が聞けば物騒な内容を意気揚々と喋る男に、女は手悪戯を止め、黙って耳を傾ける。ゲームを持ちかけたのは自分だが、後は男にまかせっきりだったのだ。概要はここで初めて知る。でも、最後のルールだけは聞かなくても分かっていた。それが一番肝心で、このゲームの一番の醍醐味なのだから。何より、二人の総意に基づいてこのゲームは始まった。最後の取り決めがお互いの願いそのものなのだ。


「最後。ここが最も重要になります。このゲームの勝者は、敗者の死体を――――」

「自由に扱える」


それまで唇を引き締め熱心に耳を貸していた女が瞳を真っ直ぐ向け、口を挟んだ。だんまりだった女の突然の発言に一瞬虚を突かれたような表情を零した男だったが、何事も無かったかのように薄い笑みを取り戻し「その通り」と同意する。それから「質問は?」とも。女はすかさず口を開いた。「銃を載せてるこの盆は何?」

百聞は一見に如かず、と諭すように男は女の目を向けるように指で質問の種を指した。その儘つい、と表面に指の腹を滑らす。くるくると盆は廻り出した。


「解る? つまりはお互いが眼でも閉じてる間に特注で作らせたこれを回し、どっちが人を殺す銃か知られないようにするの。そっちの方が面白いから、この儘始めるより断然イイよね?」


ニヒルな笑みを貼りつける姿に、女は心酔する。何と言われようとも、女は男の紳士な態度や胡乱な口調、自分に見せる従順さ、几帳面な取り計らいよりもっとずっと何倍もその今見せるような美しい顔が好きだった。

回転していた盆はスピードを緩め始め、ついには静止した。自分の目の前にあるのが先程向かい合っていた銃なのかというのは、女の切れ長の目には下らない問題として映った。


「ねぇ、君はもし、もしだよ。仮に俺が死んだら、その死体をどうするの」


男は女と同様、死ぬ気などさらさらない。冷たい身体をこの手に触れるのは自分だと確信している。それに女は気を悪くして、眉を少し顰めた。しかし思いついたように、勝利を信じる者の挑発的な笑みを浮かべ口角を上げつつ、空気を震わせた。


「別に自分の死後のことなんてどうでも良いでしょう? 貴方は。でもそんなに気になるなら冥土のお土産にでも教えてあげる。まずは防腐剤を全身に施して、貴方のその空色の眼を抉り出すの。そうしたらその眼球に細い紐でも括って首飾りにするわ。空っぽの眼孔には貴方の眼よりも青いブルーローズを毎日挿すつもり。で、残った身体は私の抱き枕になるの。どう? 素敵でしょう?」

「何だか俺が生きている時より待遇が良くないかい? 一緒に寝てもらった記憶なんて無いよ?」

「当然よ。私は貴方の死体を愛する為に、貴方を愛し、ずっと傍らでいつ死ぬのか見張ってたんだから」


花開くように赤い唇を綻ばせ、その端正な顔を女はより輝かせた。


「ちぇ、酷い言い様だな。お礼に俺の計画を教えてやるよ」

「結構よ」

「俺の予定だとねー、君は死んだら丸ごと食べられるんだ。腹を掻っ捌いて、まだ生温かいであろう内臓を手始めにそのまま食べようと思う。それから残った臓物はソテーにして美味しく頂きます。血液もスープにして美味しく頂きます。骨も出し汁にして美味しく頂きます」

「……相変わらず悪趣味ね。されるわけでもないのに気持ち悪くなったわ」


細い眉を歪めて女は嫌悪丸出しの表情を作る。男は爽やかに「君もなかなかだと思うよ。センス可笑しいんじゃない?」などと軽口を叩いた。


「ではそろそろ宴もたけなわ。どちらかの終わりを始めよう」


前菜は此処まで。メインディッシュが始まろうとしている。

女は結局、最後までどれが男の本性だか分からなかった、とふと思い返した。どれも偽物じみていて、長い間一緒に過ごした割には本当の男らしい素振りは今考えれば見たことなんて無いような気がした。

無邪気でもあったし、残酷でもあった。優しくて、サディスティックで。繊細で優美。ペテン師で、道化役者。幾つもの男の性格を垣間見た。でも息をするように男は嘘をつく。そんな匂いを漂わせるから、人物像は定まらない。

しかしそれもしょうがない。キチガイ同士、相手の腹の中を探る必要なんてどこにも無い。自分が死んだ後にこの男はしでかすらしいけど。


「眼、閉じて」


男の指示を素直に仰ぐ。自分の楽しみにはいつだって忠実だ。盆が自分の指先で回ったことを確認してから、男も瞼を下ろした。仮初めの闇が互いに広がる。

頃合いを見計らって男は声を掛けた。女はゆっくりと瞳を開ける。先程と変わらないようで、変わっているであろう銃を一心に見つめた。


「アン・ドゥ・トロワで堕ちようか」

「……しょうがないから最期くらいノッてあげる」


両者眼の前の銃を手に取れば、何の躊躇いも無くこめかみに宛がう。雰囲気に流され、再び暗闇に浸ることにした。どちらも自分が死ぬつもりは毛頭無い。けれど、確実にどちらかが死ぬ。


「アン」

男の声が。


「ドゥ」

女の声が。


――――トロワ。

銃声が、遠く近くで鳴り響いた。

終わった……!

これを作ったのは去年の夏の終わりなんですが、

毎年恒例の猛暑に頭がパーン\(^o^)/ってなってる最中の作だったので、ここに打ち込む為に読むのが辛くなりました。

あんまりにも拙かったので修正をしてみたものの自分の語彙量の少なさに絶望しましたorz


良ければ今後の文芸部活動の参考、己の精進の為、評価・感想お願いします。


それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました*

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 初めの方に会ったフリガナがおしかったなぁ…と。 ひらがな・カタカナ以外をフリガナに使うときは、( )じゃなくて《 》で囲むようです。 上から目線っぽくなってしまってすみません。 [一言…
2012/07/15 18:17 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ