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ゆうやけこやけ

作者: 津軽あまに

 終業のチャイムが鳴ると、三々五々に生徒達が散っていく。


「なあ、ゲーセン行かね?」

「やめとく。スーパーの特売に付き合ってくれるなら別だけど」

「また飯使いか。この通い夫め」

「そんな色気のある関係だったらいいんだけどね。そっちが羨ましいな。どうせご近所づきあいがあるならキミんとこみたいな綺麗なお姉さんがよかったよ」

「やめとけ。あれは女じゃなくて牝だ。エロい意味じゃなく、野性的な意味で」

「はは、隣の芝生は青いってね」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」


 友情より腐れ縁をとった薄情な悪友にも振られてしまった俺は、大人しく誰もいない家へと帰ることにした。

 部活動に打ち込んで青春を謳歌する若者達を尻目に靴箱へ向かいつつ、物理的年齢が彼らと変わらない事実がにわかに信じられなくなる。

 急に寒くなった風に背を丸めていると、


「おーう、今日もお勤めお疲れ少年!」


 背後から声をかけられた。

 振り返ればそこにいるのは、鉄の愛馬に跨るライダースーツの女。


「何の用だよ社怪人」

「微妙なイントネーションにそこはかとない悪意を感じるが許してやろう。今日の私は心が猫の額より広いのだ!」

「拡大してその程度っていう自覚はあるのな」

 

 華奢な身体に似合わず、バイクはごつい真紅のネイキッド。

 なんでも、「ドゥカのモンスター」とかいうらしい。

 詳しくは知らないが、「怪物」っていうのはこの暴君にぴったりな名前だと思う。


「で、何があったのさ」

「ふふふ、棒に茄子だよ彼岸だよ。聞いて驚けいわゆる臨時収入、ボーナスってヤツだ!」


 胸を張って高らかに叫ぶ暴君を、部活でランニング中の生徒達が何事かとちらちら見てくる。

 まったくもって他人の振りをしたいが、残念ながら校門にはヤツと俺しかいない。

 そして、ヤツは人目を完全に思考の外における核シェルターもかくやの面の皮を搭載しているため、実質的な被害をこちらが一方的に被るだけなのだ。なんたる理不尽。


「で、その懐があったかい社壊人が何の用だよ。適当にバイク置いて酒飲んで中央線寝過ごして高尾まで行っちまえ」

「む、つれないぞ少年。せっかく隣の美しいお姉さんが飯でもおごってやろうと言ってやっているのに」


 ツッコミどころ満載の台詞だが、それは不覚にも非常に魅力的な提案だった。

 今日は両親ともに同窓会で深夜帰宅確定コース。

 夕飯は一人で適当にすませる予定だったのだ。

 表情にそんな状況が出てしまったのだろう。

 いひひ、とでも言わんばかりに口元を歪めて、ヤツはバイクの後ろを叩く。


「ってわけで、乗りたまえよ」

「ならバイク置いてこいよ。酒とか飲めないだろ?」

「少年連れて酒飲んでくだまいたりしないよいくらアタシでも。それとも何かい? 少年はアタシに酒を飲ませて何をか企みたいと!」

「ば……馬鹿野郎!」


 これ以上何を言っても、譲歩は引き出せそうにない。

 やむを得ず、暴君ライダーの後ろに腰掛ける。


「ほら掴め。ちなみに腹だけな? 胸とか触ったら蹴ってぶって殴るからな?」

「頼まれたってやらねえよ」

「むう、可愛くないなあ。昔はぎゅってしがみついたりしてきた愛玩動物が今や反抗期。お姉さんは悲しいよ」


 コイツが言っているのは、ほんの物心ついたばかりの頃。

 自転車に乗れるようになったばかりの暴君ライダーは、弟分の俺を後ろに乗せてあちこちを走り回った。

 あの頃の俺はまだお子様で、男だの女だのといった面倒なことを気にせず、ただ与えられるスピードを楽しんでいたのだから世話がない。

 なお、成長につれて「そういうこと」に気づいた俺が、コイツの後ろから卒業するために死ぬ気で自転車の練習をしたのは言うまでもないだろう。

 そんなこっちの内的葛藤を知ってか知らずか、バイクという新たなオモチャを手にいれたこの女は、また歴史を繰り返そうとしているのだ。

 コイツの中での俺はあの頃の洟垂れ坊主のままかと思うと、それはそれで悔しい気がする。

 エンジン点火、勢いよく走り出す暴君ライダーは鼻歌交じりの絶好調だった。


「んー、こうしてると、懐かしくなったりしない?」

「しねぇよ。こちとら命がけなんだ」


 夕暮れを駆けていく二輪。

 本当の事を言えば、子供の頃を思い出さないこともない。

 遅くまで遊びまわった帰り道、童謡などを歌いながら、家路を急ぐ二人乗り。

 あの頃はなんということもなかったというか、どちらかというとまあ、それなりに美しい思い出といえなくもない出来事が、どうして今再現されると、こんな拷問じみた恥辱プレイになってしまうのか。

 手を離してしまったらこの速度だ。転倒、落下してコンクリートにキスして物理的に殺される。

 だが、手を離さなければ、伝わる感触が柔らかかったり暖かかったりして、精神的に殺される。 


「なあ、少年。バイクの免許はとるなよなーっ!?」


 こちらの気持ちを知ってか知らずか、エンジン音に負けずの大声で叫ぶ馬鹿女。


「なんでだよーっ!!」

「なんでもー!!」


 くそ、この天然サディスト大魔王め。

 絶対さっさと免許とってやる。

 固く固く誓いながら、俺は諦めて、暴君ライダーの背中に額をつける。

 エンジン音に溶けるように、聴こえてくるメロディー。

 それは、記憶の中のそれと同じ曲、ゆうやけこやけの旋律だった。

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