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プロローグ

「いや、いやぁ!」


 火に溺れた街。その中をマントを被った何者かが、歩く。そして、生き残りの人間たちを無差別に殺していく。


「か、家族だけは!」


 手に持った黒いはずの刀は赤く染まり、その刀で震える人間たちを切り裂いていく。必死に家族を守ろうとする親も、まだ10歳にも満たない子供も。

 

 そうして、街から人の声が消えた頃。

 その者の前に一人の勇者が現れた。


「あなたは……本当に最低だわ!」


 勇者は街中に転がる、人々の死体を見渡した。首のない子供と母親が抱き合う姿は、見ているだけで吐き気を覚えるほど残酷な光景。

 勇者はその者に剣を向ける。暗い世界に一筋の光を灯すかのような、白く輝く剣。その時、その者のフードがひらりとめくれた。


「骸骨にまでなって……あなたは一体なぜそんなことを。親を殺されたの? それとも、何か恨みが?」


「ない。ただ、人が死ぬ様も、もっともっとたくさん見たい。苦しんで死ぬ様を、悲しんで死ぬ様を、たくさんたくさん」


 脳に響くような声。苦しんでいるような、楽しんでいるような、悲しんでいるような、不思議な声。

 そうして、魔王は勇者に一歩近づく。

 勇者は剣を落とした。


「なんで……なんでなの? 私を助けてくれたあなたは、もういないの?」


 勇者は戦いの最中だというのに座り込み、涙をこぼす。魔王は動じる様子もなく、ただ一歩ずつ勇者に近づいていった。そして、勇者に首筋に剣を当てる。切れ味の良さから、ポタポタと血が垂れた。

 

「止めたくば、我を消してみよ」


 魔王は勇者の首を切った。

 その時だった。突如として、床に白く輝く魔法陣が現れる。勇者は確かに死んでいた。それでも、魔法陣は止まらない。

 魔法陣が高速で回転し、それと同時に光を増していく。

 そうして、視界が光に包まれた。

 

*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*         


「はあ? 金がないってどういうことだよ」


「そ、そんなこと言われても……」


 僕は俯きながら、両手で財布を握りしめる。

 目の前にいる男は、苛立った様子で足踏みをし、僕を睨んでいた。


「いいから出せよ」


「……ごめんなさい」


「謝ってんじゃねえよ。金だよ、金」


「……はい」


 僕はおそるおそる財布を開く。

 中に入っているのは、数枚の硬貨と千円札が一枚だけ。

 今日のお昼ご飯を買うためのお金だ。


「……これしかないです」


「じゃあ、それ全部」


「…………」


 僕はしばらく財布の中を見つめる。

 でも、逆らうなんてとてもできない。


「……どうぞ」


 千円札と硬貨を、震える手で差し出す。


「最初からそうしろよ」


 男はそれを奪い取ると、そのまま歩いていった。


「…………」


 僕はその背中を見つめる。

 そして、空になった財布を覗き込んだ。


「……お昼、どうしよう」


 ぽつりと呟く。


 今日は我慢するしかないか。

 せっかくお母さんがたまには良いもの食べなさいって、お金くれたのに……。

 僕は憂鬱な気持ちで、ゆっくりと学校へ向かって歩き始めた。


*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*          


 学校に着くと、僕は昇降口で靴を履き替えた。

 朝の冷たい空気が残る廊下を歩き、いつもの教室へ向かう。

 教室の前まで来て、少しだけ足を止めた。


 僕は震えを抑えるように腕を掴み、扉を開けた。


「お、来たじゃん」


 教室に入った瞬間、後ろから声をかけられる。

 振り返ると、数人の男子がこちらを見ていた。

 その顔には、面白いものを見つけたような笑みが浮かんでいる。


「……おはよう」


「は? 誰が挨拶しろって言った?」


「ご、ごめん」


 僕はすぐに頭を下げた。

 何を言っても、だいたいこうなる。

 僕は頭が悪いから、言っちゃいけないことばかり言ってしまうみたい。


 自分の席へ向かおうとした、その時だった。


「おい」


「え?」


 足を引っかけられた。


「うわっ!」


 身体が前へ投げ出され、僕は床に手をついた。

 教室のあちこちから笑い声が上がる。


「ははっ、また転んでる」


「何回目だよ」


 頬が熱くなる。

 僕は笑われているのが恥ずかしくて、俯いたまま立ち上がった。


「……大丈夫?」


 誰かが声をかけてくる。

 心配してくれているのかと思って顔を上げると、その人も笑っていた。


「…………」


 何も言えなかった。

 僕は制服についた埃を手で払い、自分の席へ向かう。

 机の前まで来て、椅子を引こうとした。


「……いたッ」


 指先から血が垂れる。

 見ると、椅子に画鋲がたくさん貼り付けられていた。

 

「あの、これは……」


 僕が尋ねると、周囲からまた笑い声が起こる。


「自分でやったんじゃね?」


「……そっか」


 僕は無理に笑って、椅子を戻した。

 ようやく座れたと思ったのも束の間。


 机の中から教科書を取り出そうとすると、思い切り机を蹴られた。その衝撃で何冊かが床へ落ちた。


「あ……」


「落ちてるぞ」


「うん……」


 僕はしゃがみ込み、一冊ずつ拾い上げる。

 教科書の角についた傷を見ながら、小さく息を吐いた。

 

 いつものことだ。みんなを嫌な気持ちにさせている僕が全部悪いんだ。

 

 そう自分に言い聞かせていると、教室の前の扉が開いた。


「はい、席つけー」


 担任の先生が入ってくる。


 生徒たちは慌てて自分の席へ戻っていった。

 僕も急いで教科書を机の上に置き、椅子に座る。


 先生は教壇に立つと、教室を一度見渡した。


「今日はみんなに話がある」


 その言葉に、教室が少し静かになる。


「今日から、このクラスに転校生が来る」


「転校生?」


「この時期に?」


 ざわざわとした声が教室中に広がる。

 僕も少しだけ顔を上げた。


 転校生。 

 こんな時期に来るなんて珍しい。


「入ってきていいぞ」


 先生が扉のほうへ声をかける。

 ガラッ、と扉が開いた。  

 教室に入ってきたのは、一人の少女だった。


 金髪長い髪が肩から背中へ流れている。

 整った顔立ちをしていて、背筋もまっすぐ伸びている。


 少女は教壇の前まで歩くと、静かに教室を見渡した。


 表情はほとんど変わらない。

 けれど、その瞳だけは妙に真剣だった。


「今日からこの学校に通うことになりました」


 少女は小さく頭を下げる。


「よろしくお願いします」


 ぱちぱち、と教室から拍手が起こる。

 少女は顔を上げると、もう一度教室を見渡した。


 右。左。

 そして、後ろ。


 まるで誰かを探しているようだった。


「先生、席はどうするんですか?」


「ああ、そうだったな。窓際の一番後ろが空いてるから、そこに座ってくれ」


「分かりました」


 少女は頷き、教室の奥へ歩いていく。

 と、隣だ……。


「よ、よろしく」


「うん」


 少女は僕の顔すら見ることなく、適当に返事した。

 でも、なんとなくだけど、その雰囲気から昔のことを思い出した。

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