プロローグ
「いや、いやぁ!」
火に溺れた街。その中をマントを被った何者かが、歩く。そして、生き残りの人間たちを無差別に殺していく。
「か、家族だけは!」
手に持った黒いはずの刀は赤く染まり、その刀で震える人間たちを切り裂いていく。必死に家族を守ろうとする親も、まだ10歳にも満たない子供も。
そうして、街から人の声が消えた頃。
その者の前に一人の勇者が現れた。
「あなたは……本当に最低だわ!」
勇者は街中に転がる、人々の死体を見渡した。首のない子供と母親が抱き合う姿は、見ているだけで吐き気を覚えるほど残酷な光景。
勇者はその者に剣を向ける。暗い世界に一筋の光を灯すかのような、白く輝く剣。その時、その者のフードがひらりとめくれた。
「骸骨にまでなって……あなたは一体なぜそんなことを。親を殺されたの? それとも、何か恨みが?」
「ない。ただ、人が死ぬ様も、もっともっとたくさん見たい。苦しんで死ぬ様を、悲しんで死ぬ様を、たくさんたくさん」
脳に響くような声。苦しんでいるような、楽しんでいるような、悲しんでいるような、不思議な声。
そうして、魔王は勇者に一歩近づく。
勇者は剣を落とした。
「なんで……なんでなの? 私を助けてくれたあなたは、もういないの?」
勇者は戦いの最中だというのに座り込み、涙をこぼす。魔王は動じる様子もなく、ただ一歩ずつ勇者に近づいていった。そして、勇者に首筋に剣を当てる。切れ味の良さから、ポタポタと血が垂れた。
「止めたくば、我を消してみよ」
魔王は勇者の首を切った。
その時だった。突如として、床に白く輝く魔法陣が現れる。勇者は確かに死んでいた。それでも、魔法陣は止まらない。
魔法陣が高速で回転し、それと同時に光を増していく。
そうして、視界が光に包まれた。
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「はあ? 金がないってどういうことだよ」
「そ、そんなこと言われても……」
僕は俯きながら、両手で財布を握りしめる。
目の前にいる男は、苛立った様子で足踏みをし、僕を睨んでいた。
「いいから出せよ」
「……ごめんなさい」
「謝ってんじゃねえよ。金だよ、金」
「……はい」
僕はおそるおそる財布を開く。
中に入っているのは、数枚の硬貨と千円札が一枚だけ。
今日のお昼ご飯を買うためのお金だ。
「……これしかないです」
「じゃあ、それ全部」
「…………」
僕はしばらく財布の中を見つめる。
でも、逆らうなんてとてもできない。
「……どうぞ」
千円札と硬貨を、震える手で差し出す。
「最初からそうしろよ」
男はそれを奪い取ると、そのまま歩いていった。
「…………」
僕はその背中を見つめる。
そして、空になった財布を覗き込んだ。
「……お昼、どうしよう」
ぽつりと呟く。
今日は我慢するしかないか。
せっかくお母さんがたまには良いもの食べなさいって、お金くれたのに……。
僕は憂鬱な気持ちで、ゆっくりと学校へ向かって歩き始めた。
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学校に着くと、僕は昇降口で靴を履き替えた。
朝の冷たい空気が残る廊下を歩き、いつもの教室へ向かう。
教室の前まで来て、少しだけ足を止めた。
僕は震えを抑えるように腕を掴み、扉を開けた。
「お、来たじゃん」
教室に入った瞬間、後ろから声をかけられる。
振り返ると、数人の男子がこちらを見ていた。
その顔には、面白いものを見つけたような笑みが浮かんでいる。
「……おはよう」
「は? 誰が挨拶しろって言った?」
「ご、ごめん」
僕はすぐに頭を下げた。
何を言っても、だいたいこうなる。
僕は頭が悪いから、言っちゃいけないことばかり言ってしまうみたい。
自分の席へ向かおうとした、その時だった。
「おい」
「え?」
足を引っかけられた。
「うわっ!」
身体が前へ投げ出され、僕は床に手をついた。
教室のあちこちから笑い声が上がる。
「ははっ、また転んでる」
「何回目だよ」
頬が熱くなる。
僕は笑われているのが恥ずかしくて、俯いたまま立ち上がった。
「……大丈夫?」
誰かが声をかけてくる。
心配してくれているのかと思って顔を上げると、その人も笑っていた。
「…………」
何も言えなかった。
僕は制服についた埃を手で払い、自分の席へ向かう。
机の前まで来て、椅子を引こうとした。
「……いたッ」
指先から血が垂れる。
見ると、椅子に画鋲がたくさん貼り付けられていた。
「あの、これは……」
僕が尋ねると、周囲からまた笑い声が起こる。
「自分でやったんじゃね?」
「……そっか」
僕は無理に笑って、椅子を戻した。
ようやく座れたと思ったのも束の間。
机の中から教科書を取り出そうとすると、思い切り机を蹴られた。その衝撃で何冊かが床へ落ちた。
「あ……」
「落ちてるぞ」
「うん……」
僕はしゃがみ込み、一冊ずつ拾い上げる。
教科書の角についた傷を見ながら、小さく息を吐いた。
いつものことだ。みんなを嫌な気持ちにさせている僕が全部悪いんだ。
そう自分に言い聞かせていると、教室の前の扉が開いた。
「はい、席つけー」
担任の先生が入ってくる。
生徒たちは慌てて自分の席へ戻っていった。
僕も急いで教科書を机の上に置き、椅子に座る。
先生は教壇に立つと、教室を一度見渡した。
「今日はみんなに話がある」
その言葉に、教室が少し静かになる。
「今日から、このクラスに転校生が来る」
「転校生?」
「この時期に?」
ざわざわとした声が教室中に広がる。
僕も少しだけ顔を上げた。
転校生。
こんな時期に来るなんて珍しい。
「入ってきていいぞ」
先生が扉のほうへ声をかける。
ガラッ、と扉が開いた。
教室に入ってきたのは、一人の少女だった。
金髪長い髪が肩から背中へ流れている。
整った顔立ちをしていて、背筋もまっすぐ伸びている。
少女は教壇の前まで歩くと、静かに教室を見渡した。
表情はほとんど変わらない。
けれど、その瞳だけは妙に真剣だった。
「今日からこの学校に通うことになりました」
少女は小さく頭を下げる。
「よろしくお願いします」
ぱちぱち、と教室から拍手が起こる。
少女は顔を上げると、もう一度教室を見渡した。
右。左。
そして、後ろ。
まるで誰かを探しているようだった。
「先生、席はどうするんですか?」
「ああ、そうだったな。窓際の一番後ろが空いてるから、そこに座ってくれ」
「分かりました」
少女は頷き、教室の奥へ歩いていく。
と、隣だ……。
「よ、よろしく」
「うん」
少女は僕の顔すら見ることなく、適当に返事した。
でも、なんとなくだけど、その雰囲気から昔のことを思い出した。




