山ザル令嬢は騙されない
憲兵詰め所にて。
目の前の一見可愛らしい少女は、聞かれてもいないことをベラベラ喋るんだ。
「バーンサイド伯爵家の令息とゆーと二つ上の兄ちゃんのことで」
「うむ」
「バーンサイド伯爵家の令嬢とゆーと一つ上の姉ちゃんのことなんだ」
「ほう、君を加えて三人年子なのか」
「そうそう。父ちゃんと母ちゃん、どんだけ仲いいんだか」
思わず笑いそうになる。
いやいや、気を引き締めねば。
この子が女性に暴力を振るっていたことは事実なのだ。
身なりがいいから伯爵家の娘というのは事実かも。
最近王都に『ヴィラン』と呼ばれる悪党というかチンピラどもが出る。
恐喝やスリ、かっぱらいなどを主に行うやつらだが、どういうわけか検挙率が低い。
今までに捕まえたやつらも真に『ヴィラン』ではなく、その模倣犯じゃないかと言われている。
あるいは『ヴィラン』とは一つの組織ではなく、チンピラどもの集合体なのか?
しかしそれだと検挙率が低い理由の説明がつかない。
『ヴィラン』内部で情報がやり取りされていて、逮捕を免れているのだと思う。
憲兵の似顔絵でも出回っているんじゃないかということで、今日は僕や近衛兵が王都の見回りに協力しているのだ。
それで騒ぎを起こしていたこの少女に事情を聞くために、憲兵詰所に引っ張ってきた。
まさかこんな少女が『ヴィラン』だとは思わない。
が、『ヴィラン』の正体については何もわかっていないに等しいのだ。
何か手がかりでも得られるかもしれないから。
「君がバーンサイド伯爵家の令嬢というのは本当なのか?」
「あ、いや、あたしはバーンサイド伯爵家の山ザルと言われているんだそーな」
「や、山ザル?」
「あたしは王都に出てきたばかりでよく知らなかったんだけどさ。王都のスラングではメッチャ可愛い女の子のことを山ザルって言うんだね」
「ぶっ……」
何だこれ?
この子に投げ飛ばされて憲兵を呼んだ女性まで笑ってる。
「僕は貴族学院でテレンスとは同級なんだ」
「兄ちゃんの友達だったか。不肖の兄が迷惑かけてごめんなさい」
「特に迷惑かけられてないよ……いや、テレンスが言っていたな。末の妹はバーンサイド伯爵家の切り札みたいな存在だと」
「兄ちゃんがそんなにあたしを買ってくれてたとは知らなかったわ。あとで褒めてつかわそう」
一々面白い子だな。
どうやらバーンサイド伯爵家の令嬢に間違いないようだ。
年齢的に貴族学院に入学するから王都に来たとすると、話に矛盾がない。
「お嬢!」
「あっ、ニック」
詰め所に現れたのはこの子の従者か。
貴族の令嬢なら従者がいるのは当然だが?
「何で憲兵詰め所にいるんですか!」
「連れてこられたから。とゆーか何でニックはここに来たのよ。今頃」
「お嬢がいきなり走っていなくなったからでしょうが! あちこち聞き回って憲兵詰め所にしょっぴかれたようだって聞いたんですよ!」
「いや、だっておばあさんがそこの女に荷物をひったくられたのを見たからさ」
「何だと? 女、その荷物の中身を言ってみろ!」
「えっ? いや、あの……」
「くそっ、憲兵に助けを求めたお前のほうが悪党だったとは!」
おかしいと思ったんだ。
この令嬢はどこまでも余裕があったし。
あっ、老女を背負った憲兵が戻ってきた。
「間違いないよ! アタシからバッグを盗んだ女だよ! そっちのお嬢さんが追いかけてくれたんだよ!」
「とっ捕まえたけど抵抗したんでぶん投げてやったわ」
「す、すいません! 魔が差して……」
この件は解決だな。
憲兵による聞き取りが行われるが、この女は『ヴィラン』と関係ないと思われる。
尻尾を掴ませない『ヴィラン』が、わざわざ憲兵に助けを求めるはずがない。
「令嬢、すまなかった。君を疑ってしまった」
「あたし疑われてたのか。あたしの名前はヤヨイだよ。よろしくね。あれ、ニックどしたん?」
「……失礼、ひょっとしてウィリアム殿下でいらっしゃるのでは?」
「そうだ」
「げ、王子様だったのか」
盗人女も老女も驚いているが。
「何で王子が憲兵のマネごとしてんのよ?」
「ヤヨイ嬢は『ヴィラン』を知っているか?」
「王都の事情はまだよく知らない。ニック、一般人として聞き知ってることを説明してみて」
「では僭越ながら」
うむ、王都市民が『ヴィラン』にどういう認識を持っているか、これは興味あるな。
ヤヨイ嬢はなかなかやるじゃないか。
「王都で活動する窃盗団と言われていますね。数年前に現れたのですが、未だ正体が判明していないと聞きます」
「ふーん? 『ヴィラン』ってのは実体のあるものなん? たまたま捕まんないドロボーさん達が『ヴィラン』と呼ばれているだけではなくて?」
「確かな『ヴィラン』の活動と思われているものには、特徴があるのだ」
「どんな?」
「憲兵の行動の裏をかかれる」
憲兵達が言っちゃうんですかって顔をしているが、捜査協力者であるヤヨイ嬢を容疑者扱いしてしまったのだ。
これくらいの情報提供は当然だと思う。
新しいアイデアを出してくれるかもしれないし。
「なるほど、そりゃ捕まんないわなあ」
「憲兵の顔が割れているのかと思ってな。今日は僕や近衛兵が加わって街中を見回っていたのだ」
「あ、王子が憲兵もどきなのはそーゆー理由だったのか」
「ムダだったがな」
「そーかな? 一日だけじゃわかんないと思うけど」
ふむ、ヤヨイ嬢も憲兵だけでは『ヴィラン』を捕まえられないと見るか。
……憲兵の士気を下げるから言えないが、憲兵の中に裏切り者がいる可能性も高いと思う。
「ヤヨイ嬢に捜査の権限があったらどうする?」
「今までと同じことやってちゃ、同じように裏かかれるよね」
「そうかもな」
「じゃあ違う手法を取り入れないと」
「例えば?」
「宮廷魔道士と相談してこんな魔道具作れない?」
何々、地図とボタンがワンセットになっているものを憲兵に持たせて?
ボタンを押すと全員の所持する地図にボタンの押された場所が表示される?
あっ、『ヴィラン』を発見した場所でボタンを押せば、憲兵がすぐ駆けつけられるわけか。
名案だ!
「仕組みは難しくない。おそらくそれくらいの魔道具は簡単に作れるはずだ」
「だよね。それでその地図とボタンの魔道具セットを、憲兵だけじゃなくて信頼できる人達にも持たせておくわけよ」
「ふむ、憲兵だけだと今までと同じように、『ヴィラン』どもに行動を読まれるかもしれないからだな?」
「そうそう。あたしにもワンセット持たせてくれると嬉しいな」
「ヤヨイ嬢にも?」
「ウィリアム殿下。お嬢はこう見えてやたらと腕っぷしは強いです。バーンサイド伯爵家領では無敵です」
「地元じゃ負け知らずだね」
「必ずお役に立ちますよ」
兄のテレンスはヤヨイ嬢のことを、バーンサイド伯爵家の切り札みたいな存在と言っていた。
頭がキレることはわかった。
そしてバーンサイド伯爵家領では無敵と言われるほどの腕があるのか。
『ヴィラン』に顔を知られていることもないし、ぜひ協力を願いたいが……。
「しかし当然危険もあるだろう?」
「『ヴィラン』のほうが? やり過ぎないようにするからだいじょーぶ」
「いや、ヤヨイ嬢が」
「お嬢が危険って、ちょっと考えられないですよ」
何と、従者がこう言うほどの腕か。
「では協力を求めていいだろうか?」
「こちらこそ面白いことに関わらせてくれてありがとう!」
「先ほど提案のあった魔道具を特急で作らせる。完成品を持って伯爵家邸に正式に依頼に行く。半月以内にだ」
「りょーかいでーす」
「殿下、お嬢の弱点は一つだけですよ」
「弱点? 何だ?」
「方向音痴なんです」
「まだ王都の地理がよくわかんないだけだってば。でもニックが来てくれて助かったよ。帰ろうか」
◇
――――――――――後日、王都裏町にて。とある人物視点。
ここのところ『ヴィラン』としての行動がしにくい。
憲兵隊に支給されている地図の魔道具のせいだ。
『ヴィラン』の実働メンバーは全員何らかの術を使える精鋭揃いだから、未だ逮捕者は出ていない。
が、かなり活動を制限されてしまっていることは否めない。
『ヴィラン』は生まれや宗教、犯罪歴などのせいで、社会から迫害されている者達の集まりだ。
平等な社会の実現を目指し、現在の王制をひっくり返すために社会不安を煽る行動をしている。
結束は固い。
実働メンバーの他にもさりげなく逃走を手助けしたり情報を寄せてくれたりする者がいるため、これまで一定の成果を上げていたのだが。
「ボス、今日の作戦は?」
「例の厄介な地図の魔道具を逆手に取る。王都北の商業地区で連続してボタンを押させ、逆の南地区において集団で我らの力を見せつける。そしてすぐに散開だ」
「『ヴィラン』健在をアピールしておいて、ヒットアンドアウェイですね?」
「そうだ」
これなら裏をかけるだろう。
忘れ去られるのが怖い。
『ヴィラン』という力があることを市民の脳に刻みつけておかねば。
「ボタンは正午に押される予定だ。いいな?」
◇
「はいはーい、皆さん大人しく捕まってくださいね」
くっ、何てことだ!
集まって歩いてたところにいきなり範囲魔法を浴びせられ、主力メンバーが倒されてしまった。
レジストできたのはオレだけか。
存在感を見せつけるために固まって歩いてたのが裏目に出た。
「おいおい嬢ちゃん。乱暴じゃないか。オレ達が何をしたって言うんだ?」
「これからするつもりだったんでしょ? そんな付与魔法のかかった剣を構えてビシバシ殺気を撒き散らして、無罪でございなんて通るわけないじゃん。はーい皆さん、見世物じゃないよ。とばっちり食いたくなかったら離れててね」
周りには『ヴィラン』に賛同してくれている諸君もいるはずだ。
しかし遠ざけられてしまっては何もできないな。
ニコニコしたローティーンの可愛らしい少女だが、とんでもないやつだ。
「……君が噂の、バーンサイド伯爵家の山ザル?」
「そうそう。よろしくね。にこっ!」
「つまり北の商業地区でボタンが押されたから、逆の南を張っていた。そういうことか?」
「憲兵内部に『ヴィラン』の協力者がいるから今まで捕まんなかったとすると、北でボタンが押されたのは陽動の可能性もあるからね」
その通り。
随分と頭が回るじゃないか。
そして驚くべき魔法の実力。
感知魔法でオレ達の集団が何かやらかすって気付いて、先制攻撃をかけたんだな?
「何故オレ達の邪魔をする?」
「それはこっちの言い分だわ。お上に逆らって市民の平和な生活を乱そうとすることのほうがおかしいに決まってるだろーが」
何という正論。
この場は逃げ切れることができたとしてもオレだけだろう。
『ヴィラン』は壊滅だ。
もう少し知名度と存在感を上げてから、堂々と名乗りを上げたかったが仕方ない。
行動理念だけでも市民の心に届け!
「……『ヴィラン』は虐げられた民なんだ」
「やっぱ『ヴィラン』だったのか。虐げられた民とはどーゆーこと?」
「生まれがスラムだった、邪教と見做されている宗教の信徒だった、有力者に睨まれ犯罪者に落とされた。這い上がるとっかかりのないやつってのはいるんだよ。そんな社会は間違っているだろう?」
「一理あるね」
しめた。
貴族の令嬢なだけに純粋なところがある。
このままオレ達の理屈で押せ!
「『ヴィラン』の構成員ってのは、自力で浮かび上がれない、底辺のやつらばっかりだよ。平和に見える王都は、虐げられた民の上に築かれている幻みたいなもんだ。オレ達は幻の平和のアンチテーゼを提示しているに過ぎない」
「よし、あんたらの言いたいことはわかった。とりあえず今はあたしに捕まりなさい」
「は?」
即現実に引き戻されると思わなかったな。
いや、オレも見逃されるなんて甘いことは考えてなかったが。
「『ヴィラン』は殺人や放火みたいなひどい犯罪はしてないと聞いた。合ってる?」
「うむ。社会への疑問の提起が主題だ。残酷な犯罪は我らの主義ではない」
「随分自分勝手だと思うけど、ふつーに考えて大した罪にはならんわけよ。やってたことを照らし合わせれば」
「……それもそうだな」
「『ヴィラン』の言い分はあたしも頷ける部分があるから、口添えしてやろうって言ってるんだよ。とするとあたしの発言権を大きくしといたほうが『ヴィラン』のためじゃん?」
「……もっともだな」
「だったらあんたが今ここで一人だけその剣を振り回したって何にもならないんだよ。罪を重ねるだけ損」
「だから大人しく捕まれということか」
「そうそう」
「うむ、降参しよう」
「ありがとう。じゃああたしも目一杯力になるからね。バーンサイド伯爵家の山ザルの異名にかけて」
ハハッ、実に魅力的な令嬢だこと。
◇
――――――――――数日後、憲兵詰め所にて。第一王子ウィリアム視点。
何とヤヨイ嬢はほぼ独力で『ヴィラン』を壊滅させてしまった。
あんまり驚いたので、貴族学院でテレンスに話したら、全然別の話をされた。
『ヤヨイはいい子でしょう?』
『いい子と言うか、大変な実力者だな。武道の心得があるのに加え、魔法をほぼ自由自在に使えるのだろう?』
『そうですね。頭もいいんですよ』
『魔法を使いこなせるのだから当然だな』
『家ではよくウィリアム殿下の話をするんですよ。話しやすい、王子かっこいいって』
『え?』
『殿下の婚約者もそろそろ取り沙汰される時期でしょう? ヤヨイも候補の端っこに加えておいてくださいよ』
面食らった。
僕の婚約者は父陛下が考えることなんだが。
ロカナエ王国第一王子の婚約者となると、公爵家か侯爵家から選ばれるのが普通だ。
しかしバーンサイド伯爵家の令嬢なら、さほど身分が足りないことはないな。
父陛下の思惑次第だが、本人の実力と人気を考え合わせると十分あり得る。
そう、ヤヨイ嬢の人気が凄まじい。
『『ヴィラン』の言い分をそのまま聞けってわけじゃないんだけどさ。くだらん差別がよろしくないってのはその通りじゃん。これはロカナエ王国全体の問題だぞ?』
これが新聞に載って、その通りだ人権問題だと大反響を巻き起こした。
『ヴィラン』の実働メンバーが隠蔽スキルや魔法の使い手ばかりということも知られ、憲兵の下部組織として元『ヴィラン』の人員を使うという、ヤヨイ嬢のアイデアが披露されると、これまた大きな話題となった。
無論反対意見も多かったが……。
『ダメならダメで仕方ないよ? でも試しにやってみりゃいいじゃん。敵が味方になるのは大変お得だぞ?』
『ヤヨイ嬢のアイデアが実現されるなら、虐げられし者が認められるという『ヴィラン』の理想にも沿うことだ。命を賭して働こう』
こう発言した『ヴィラン』のボスの正体は、何と憲兵だった。
憲兵の裏切りと取り沙汰されたが、人権問題に注目させたのは正義ではないかとも言われ、大して問題視されなかった。
ともかく命令系統的に、『ヴィラン』を憲兵隊の下部組織として運用するのは現実的だと考えられたのだ。
現在『ヴィラン』の実働メンバーが刑務に服し復帰してから、ヤヨイ嬢の構想通りに用いられるだろうというのは規定路線だと思われている。
ここまで事件からわずか数日。
ヤヨイ嬢は今、憲兵詰め所でのどを潤している。
「はあ、まったり」
「ここのところヤヨイ嬢は大忙しだったからな」
「ロカナエ王国の臣としてはとーぜんのことだよ、と格好つけてみる」
アハハと笑うヤヨイ嬢は実に魅力的だな。
……僕の婚約者候補と考えると意識してしまう。
楽しいだろうなあ、とは思うが。
「ヤヨイ嬢はこれからも憲兵詰め所に遊びに来るのか?」
「いや、貴族学院入学の準備しなくちゃいけないんだよね。今までほどは来れなくなると思う」
「そうか、残念だな」
「でも王子が来るなら来るよ」
ニコッとした表情が実に可愛らしい。
僕が来るなら来るのか。
「いや、僕も『ヴィラン』問題が片付いたから、詰め所に来る機会はなくなるな」
「そーか。寂しくなるなあ」
「学院で会おう」
「うん!」
憲兵達が生温かい目で見ているのを感じる。
僕の気持ちが見え透いているのかなあ?
ハーブティー入りのカップを両手で抱えるヤヨイ嬢は、小動物みたいだと何となく思った。
僕は一四歳、ヤヨイ嬢は一二歳。
まだまだこれからだ。
最後までお読みいただき大変感謝です。




