第1話 剣を振る理由
剣道じゃない。
それだけは、最初からはっきりしていた。
俺が憧れたのは、勝敗を競う剣じゃない。
礼儀でも、段位でも、健康増進でもない。
――生き残るため、生命を奪うため。刀に生きた剣豪の生き様を欲したのだ。
親の居ない養護施設育ちだから?
生活する中で身を守らねばならないから?
己の身一つで生き抜かねばならぬから?
どれも正解だろう。
――俺は相手の命を奪ってでも生き抜こうとしなければ、自分が命を落とすような環境で育った。
過剰反応。
わかっている。
世界はもっと優しい。
それもわかっている。
でも、俺は『生き抜くための刀剣』にあこがれた。
現代の日本において、俺の決意を口に出せるはずがなかった。
ただの犯罪者になってしまう。
この世界にはもう『侍』なんて居ないのだ。
この思いは、憧れなのだろう。
きっかけ、というものもある。
施設にあった古い文庫本。
主人公は『新選組』だった。
幕末の世を駆け抜け、命を賭した狼たち。
コスパだとかタイパだとか、勝ち組だとか負け組だとか、そんなことばかり追及する現代において、彼らの生き様は痛快で、小学生のころから殺陣を真似ては怪我をしていた。
史料も、映画も、小説も、片っ端から読んだ。
局中法度。
一歩踏み外せば即斬首。
生き延びるために、斬るしかなかった壬生狼たち。
正義でも悪でもない。
ただ、刀で答えを出すことが日常だった時代。
そこに、どうしようもなく惹かれた。
だから部活で剣道を学んでみたが、どこへ行っても、俺の存在は浮いていた。
「勝つための構えをわかっていない」
「今の踏み込み、危ないからな。怪我するぞ」
「試合をなんだと思ってるんだ?」
先生は困った顔をしていた。
仲間からは、距離を置かれた。
当たり前だ。
現代で、殺意を含んだ太刀筋を求めるなど、異物でしかない。
相手の喉を狙った【突き】をとにかく練習する生徒など、令和の時代には存在してはならない。突きは、当て方を間違えたら、命を奪う。
それでも、俺は竹刀をふるった。
自分の身一つで時代を作り上げた彼らのように、『なにものか』になりたかったのだろう。
この世の中、情報が溢れすぎて、自分が希薄になっていく気がしてならない。
木刀を持ち、畳を踏み、相手の喉、手首、膝――防具に守られていない場所を、無意識に想定していく。
「それはスポーツじゃない」
他者の言い分は正しかった。
だから俺は、何も言わなかった。
言えば、なにかが終わってしまうと分かっていたからだ。
それは社会性とか。
俺の中の最後の防波堤みたいなものだ。
決して、異常者になりたいわけではない。
ただ、自分一人でも生き抜けるような強さが欲しかった。屈強な相手を前にして、負けを認めるような人生は嫌だった。
結果、いじめられるようなことはなかったが、友達ができることもなかった。幼馴染が相手してくれたぐらいが俺の青春というやつか。
社会に出てからも、給料の低い仕事を続けながら、空いた時間は剣を振るった。
だが、スポーツ・競技としての剣道からは離れていた。
俺が求めているのは、そういうものではなかったことは明白だったし、周囲にも迷惑をかけるし。
優劣の話ではなく、思想の違いの話だ。剣道は本当にすばらしい。もちろん危険思想はこちらのほう。
しかし、それでも――そんな道をきわめても意味はない、と言われても、俺はやめなかった。
ある意味では、それは生き様になっていた。発揮する場所のない、生き様。
だから俺は、何の役にも立たないものを、意味もなく磨き続ける男になったということ。
小学生から数えれば、憧れて、約二十年。
評価は、ゼロ。
結果も、ゼロ。
ただ、刃筋と間合いだけが、体に残った。
30歳を迎えても俺は剣を構えていた――が、一つの事件が、俺の人生をあっけなく変えてしまった。
本当に滑稽な話なのだが、なにかと気にかけてくれた幼馴染ともいえる女性が、通り魔に刺殺されたのだった。
浮いている俺をなにかと気にかけてくれていた彼女。
両親も素敵な方だった。
でも、俺には幸せな家庭を見ることが耐えれず、どこか線を引いていた。それでも彼女は俺に良くしてくれた。
そんな『善』の彼女が、ただの『悪』に殺された。
生き抜くためではない、ただの凶刃に倒れた。
ニュースで知り、否定した。
しかし、彼女の両親から連絡があり、認めざるをえなかった。
足から崩れ落ちる経験は、あとにも先にもこのときばかり。
こんな俺にも良くしてくれた女の子が。
俺と同じく、結婚はしていなかったが、俺とは違い誰からも好かれていた彼女が。
こ ろ さ れ て い い わ け が な い ―― ! !
休日、たまに俺の家にきては、作りすぎた料理を分けてくれたりした。料理を作りすぎるなんて少し無計画なところはあるが、笑顔のすてきな女の子だった。
そんな彼女が、あっけなく、ただ厭世的なだけの犯人に殺されたのだ。
仕事帰りのことだ。平日は俺も働いているし、護衛なんてつけるわけもないし。
だからこれは仕方のないこと――でも。
俺は、木刀を握って立ち、空を見上げた。
(……俺は、何をしてきたんだ)
誰も斬らなかった。
誰も守れなかった。
新選組に憧れて数十年。
結局、何者にもなれなかった。
この世の中、すべては金やステータスなんだ。
気持ち一つで剣をふるって生きていくには、時代は複雑すぎるのだ。
なんのために、俺は自分の道を歩んできたんだろうか?
使うべきときに学んだスキルが、使うべきときにその場に居なかったという事実が、こんなにも情けなく、虚しく感じるとは思わなかった。
俺は幼馴染が襲われた夜も庭で夜練をしていた。
俺は幼馴染が刺された夜も、庭で木刀を振っていた。
たった数日で、こんなにも世界は変わるものなのか。
俺は初めて、はっきりと願った。
(もっと、俺の剣が、役に立つ世界に行けたらいいのに……!)
――
願えば叶う。
不思議なことだ。
剣に関しては叶わぬ思いも、なぜかこの時ばかりは天に届いた。
天に願った次の日のことだ。
幼馴染の無念と、己の無力さから、不注意となっていたのだろう。
何を考えるでもなく、ぼうっとしていた。
――突っ込んで来るトラックに気が付かぬまま、信号のない横断歩道を渡ろうとしてしまっていた。
クラクションが鳴る。
ふと見れば鉄塊のトラック。
目の前の『これ』さえも斬ることのできる、そんな剣の世界があればいいのに。
俺の体は、鉄の塊に吹き飛ばされて――。
――
気がつくと、俺は別の世界に新たな生を受けていた。
そこは、俺の望んだ【剣の世界】だったのだが……。
一つだけ違うとすれば、その世界では――女子は『姫』と呼ばれて帯刀を許され、必ずなにかしらのスキルを持ち、最強剣士としてダンジョンから出てくる魔物を退治する世界だった。
男は不要だったのだ。




