第六話 慈愛の天使
その後も話を聞いていると、大体シルヴァード様が抱えている問題が分かった。
彼の思考は「戦うこと」で満ちていて、見たことがない人を目にすると「敵」だと認識してしまうらしい。
普通に会話していても、彼の発言は時折常軌を逸していることがある。三年間も血の臭いが絶えない戦場にいたのだから、精神が病んでしまうのも仕方のないことなのだろうが、シルヴァード様はそれを隠そうとしているのだ。
英雄は弱い所を見せてはいけない。英雄は皆から好かれる存在でないといけない。
まるで呪いのように、彼はそう自分に言い聞かせている。だから、常に笑みを浮かべているようだ。
ここでは自分をさらけ出しても良いと伝えたが、染み付いたものはなかなか抜けないのだろう。彼がこうやって感情を隠すようになったのは、物心ついた時かららしい。顕著に症状が出だしたのは、英雄と言われるようになってからなようだ。
わたしが彼に会った時は、すでにそのような状態だったのだろうか。
「また明日も、ここにいらしてください。明日はもっと、楽しいことをしましょうか」
「明日もセレフィアに会えるの? 嬉しいな。楽しみにしているよ」
(⋯⋯なんて思わせぶりな言い方なのでしょう)
わたしは曖昧に笑みを浮かべて、治療に好意的なことは良いことだと思うようにした。
「セレフィア嬢。少しいいですか?」
シルヴァード様が治療室を出て行った後、騎士様に声をかけられた。彼の名前がラティウスだということは、話の中で把握している。
「どうなさいましたか、ラティウス様」
「今日はありがとうございました。あと、シルヴァードがこれから迷惑をかけます。……色々変なことは言っていましたけど、あれでもましなほうだったのですよ」
「これがわたしの仕事ですから」
そう言って微笑むと、ラティウス様も穏やかに笑ってくださる。
「明日から、シルヴァードは一人で来ると言っています。もしあいつが貴女に乱暴なことをしたら、遠慮なく頬を叩いてやってください。それで一応、正気に戻ると思います」
「分かりました。ありがとうございます」
(そんなことがないことを願っています)
シルフィード様の頬を叩くなんてこと、余程のことがない限りしたくない。わたしみたいな一介の治療師は、彼に首をトンと叩かれただけで死んでしまいそうだから。
「シルヴァード、ここに来るまでに嫌だー行きたくないー僕は正常だーって言いまくって、部屋を半壊させたのですよ。それが、こんなに落ち着いてセレフィア嬢と話ができるなんて……。流石、『慈愛の天使』様。貴女の全てを包み込むような温かい雰囲気のお陰です」
「その名前は恥ずかしいです……」
今までに癒した兵士たちが、わたしを慕ってくれて『慈愛の天使』という恥ずかしい名で呼んでいることは知っている。何度もその名は止めて欲しいと言うのだが、いつのまにか広がってしまっていたのだ。
「俺は、セレフィア嬢にピッタリの名前だと思いますけどね。……俺もそろそろ、戻ります。明日から、シルヴァードをよろしくお願いします」
ラティウス様は、頭を下げて治療室から去っていった。
(彼はきっと……シルヴァード様のことを、大切に思っていらっしゃるのでしょうね)
先程ラティウス様がシルヴァード様のことを「友人」と言っていたことを思い出して、心が温かくなった。