第五話 彼の『女神様』
「楽しいことを考えましょうか。あなたが好きなものを、わたしに教えていただけますか?」
「僕が好きなのは、長剣だ。扱いやすいし、簡単に斬れる」
好きなものを問われて真っ先に武器を思い浮かべるということは、彼の思考が戦いに支配されているのだろう。
「あなたにとって大切なものは、何ですか?」
「大切なもの……うーん」
シルヴァード様は腕を組んで首を傾げた。
「特にないかな」
(大切なものがないなんて……。シルヴァード様は何のために、戦場で戦っていたのでしょうか)
聞いてみたいが、戦争について尋ねることでトラウマを刺激する可能性がある。わざとそうやって刺激する時もあるのだが、相手は英雄様だ。わたしが「敵」だと判断されたら、一瞬で殺される危険がある。しかし、彼が抱えている闇を暴かなければ、治療するにしてもできない。なんとかして、戦争中の話を聞いてみたい。
「あなたの好きな長剣についてですが、あなたはそれをよく使われていたのですか?」
「僕は常に使っていたよ。剣だけじゃなくて魔法も好きだ。黒炎魔法は、使っていて楽しい」
いい感じの流れを作れている。ちなみに、黒炎魔法はかなり高難易度で、かなり殺傷能力が高い魔法となっている。それを使うのが楽しいということは……少しずつ方針が見えてきた。
「あなたは魔法を使うのが得意なのですね」
「うん」
「黒炎魔法は、どういった場面で使われるのですか?」
「敵を殺すとき」
ここまできたら、踏み込んだ質問をしてみてもいいかもしれない。
「お辛いことを、思い出させてしまうと思います。無理して思い出さないでください。辛ければ、何も話さないで、ゆっくりと呼吸してください。……あなたは、戦争に参加されていたのですか?」
「してたよ。前線で、戦っていた」
「その場所で……あなたの周りには、誰かいましたか?」
「敵がいた」
「誰か、頼れる人は?」
「敵だけがいる。僕の周りには、敵だけが。敵は殺さないと、殺される。死ぬ、僕は殺さないと——」
シルヴァード様の表情が揺らいだ。彼が握っている両手が、震えている。
「ここには、あなたを傷つける人はいません。この場所は安全です」
「……うん」
彼の紅い瞳を見つめて優しく語りかけると、彼は元の笑みに戻った。戦場のことを思い出してパニックに陥る人が多いが、彼はそうではないようだ。自分が今いる場所が戦場でないと、ちゃんと理解している。だけど、これ以上この話題を続けるのはよくなさそうだ。
「あなたの傍には、あなたを支えている方々がいらっしゃったのではありませんか? そちらの騎士様や、リーリア——聖女様など……」
「こいつは煩いだけ」
「酷いなぁ。俺はシルヴァードのこと、友人だと思っているよ?」
「リーリアは、女神に似ているから好きだよ」
騎士様の言葉を無視したシルヴァード様は、そう言った。ずきん、と胸が痛みを感じたが、今はそんなことを感じている場合じゃない。
「その、女神様というのは?」
「僕の女神。何もかもが分からなくなっても、僕の中にはずっと女神がいた。僕の女神は、とても美しいんだ。可愛くて、綺麗なんだ。ぼんやりとしか姿は分からないんだけど……」
「そう、なのですね……。あなたの心を支えてくれる存在がいて、安心しました」
(聖女であるリーリアを神聖化して、心の安定剤にしていたのでしょうか。もしそうなら……リーリアに協力してもらう必要があるかもしれません)
わたしは今後の方針、どうやって治療を進めるかを考える。胸がずきずきと痛むが、シルヴァード様の方が苦しんでいるだろうに、わたしなんかがそんな痛みを感じているなんて、最低だ。
「これから、たくさん話をしていきましょう。大丈夫ですよ、あなたの傍にはわたしがいますから」
「うん。ありがとう、セリフィア」
にこり、とシルヴァード様は微笑んだ。あまりにも美しい、人を虜にする笑顔だ。
(……あんな子供だましな約束、引きずっている方が悪いのです)
余計なことは考えないようにしよう。これからはただ、シルヴァード様を救うことだけを考えるんだ。