第二十四話 王女と王子
「僕はユリウス殿下に用があって来ました」
にこりと微笑んで言うと、王女は許可なく彼の手に触れた。反射的に振り払いそうになるが、力任せに行うと王女の手が吹き飛ぶかもしれないので必死に抑える。
「お兄様とお話しした後、わたくしと一緒にお茶をしない?」
「申し訳ありません。殿下との話は長引くと思いますので。それに、僕は一介の騎士ですから」
言外にお前とお茶などしたくはないと伝えたつもりだが、王女は頬を赤らめて微笑んだ。
「そう、残念ね。……ねえ、シル様。数日後に夜会が開かれるでしょう? よければ、あなたがわたくしのエスコートを——」
「申し訳ありません。僕にはもうエスコートをする方がいらっしゃるので」
はっきりと断ると、王女は目を吊り上げて頬を膨らませた。
「もう、つれないわね。でも、あなたがエスコートをする女は……誰のことですの?」
王女が掴んでいるシルヴァードの手に力が込められる。面倒だとつくづく思いながら、シルヴァードは諦め半分で笑みを浮かべる。
「僕の大切な人です」
「あなたにはわたくしという存在がいますのに……。その相手は誰? 教えなさい」
(それ以上近づくな、気持ち悪い)
内心で毒づきながら、シルヴァードは雑に答えた。
「僕の大切な人です」
「それはさっき聞いたわ。どこの家の女よ。まさか、聖女? あの女は止めておいたほうがいいわ。ああいう系の女は、八方美人で腹黒に決まっているのよ」
リーリアよりも確実に王女の性格の方が悪い。いや、比べるのも申し訳がないほど、リーリアの性格は良くて王女の性格は腐っている。
こいつにセレフィアのことを伝えると彼女が危険な目に合うかもしれないので、絶対に彼女の名を出したくはない。どうするべきかと考えていると、ラティウスが彼に気が付く程度のサインを送ってきた。彼はラティウスが何を伝えたいのかを察して、微かに頷く。
「おやー? あそこにいらっしゃるのは、殿下ではありませんかー!」
ラティウスはわざとらしい大声でそう言う。数名の護衛を連れて歩いていた、彼らの上司ユリウス第一王子は彼らに気が付いて、近づいてくる。
「ラティウス。大声でどうしたのですか?」
優雅な微笑みを浮かべたユリウスは、シルヴァードと王女に目を向けてすぐに状況を察したようだ。
「おや、シルヴァード。探していましたよ。……アミラ、シルヴァードに用があるので、借りていきますね」
「お兄様、聞いてください。シル様、次の夜会でわたくし以外の女をエスコートをするって言うのよ!」
「そうですか。ですが、アミラには婚約者がいるではありませんか」
「わたくしはシル様がいいの!」
王女の手が離れた瞬間を狙い、シルヴァードは一気に彼女と距離を取る。ユリウスが上手いこと王女を丸め込んでくれると思うので、全て任せておく。
「わがままはいけませんよ。シルヴァードは公爵から結婚を催促されているので、相手を見つけないといかないのです。あなたがどうこうできる問題ではありません」
「いやよ! シル様はわたくしのものなの。お父様にお願いして、何とかしてもらうわ」
「何度も却下されているでしょう。いいですか、アミラ。シルヴァードはあなたのものなどではありません。彼には彼の好きなように生きてもらいたいと、父上も仰っていたでしょう?」
ユリウスが穏やかに、しかし有無を言わさぬ声で話す。王女はまだ何か言おうとしていたが、ユリウスの微笑みの圧に負けたのだろう。そっぽをむいて去っていった。相変わらず後ろにはぞろぞろと無駄に使用人を引き連れている。
「殿下、助かりました」
「アミラが迷惑をかけましたね。それで、何の用でこちらに? 貴方が用もなく王城を訪れることなどないではありませんか」
「エランディール伯爵に会いに来ました」
「なるほど」
端的に答えたのだが、ユリウスはそれだけで全てを察したらしい。彼も、シルヴァードがセレフィアに執着していることを知っている。
「貴方の想いが通じることを願っています」
シルヴァードは頭を下げて、その場から離れた。後方でユリウスとラティウスが何やら話をしていたが、聞こえないふりをしておいた。