第二十三話 外堀
シルヴァードは一人、王城の廊下を歩いていた。外堀を埋めていくためにエランディール公爵に話をつけておこうと思い、普段彼が働いている執務室を訪れようとしているのである。
(早く手に入れておかないと、有象無象の男に盗られかねない。セレフィアはふわふわしているから……)
本人が聞いたら抗議してきそうなことを考えながら、彼は足を動かす。すると、彼に話しかける人物がいた。
「よお、シルヴァード。こんなところで、どうしたんだ?」
ラティウスが手を振りながら、シルヴァードの隣に立つ。訓練が終わりシャワーを浴びたところなのだろうか、髪の毛が濡れている。
「煩い、話しかけるな」
「相変わらず機嫌が悪いな、お前」
シルヴァードは心底面倒臭そうに顔をしかめる。周りには自分とラティウス以外がいないことは確認済みである。ラティウスは気にせずに彼の肩に手を乗せ、強い力で叩いた。
「最近のお前は、以前よりも大分ましになっているよ。セレフィア嬢のお陰だな」
シルヴァードはラティウスを睨みつけて、大きくため息を吐いた。言葉を返すことなく、シルヴァードは大股で歩く。
「そういえば、次の夜会、お前も参加しろって殿下から言われているだろ? どうするんだ?」
「……参加しない」
「そう言うだろうと思った。そこで朗報があります。実は、セレフィア嬢もその夜会に参加するんだって」
「は?」
シルヴァードは瞳を獣のように鋭くさせてラティウスの顔を見た。
「何故、セレフィアが?」
「そりゃあ彼女は伯爵令嬢なんだから、夜会にも参加するだろう」
「エスコート役は? 誰かいるのか? 僕以外に?」
足を止めて、ラティウスと距離を詰める。ラティウスは数歩下がって、引き攣った笑みを浮かべる。
「うわ、怖……。俺はそんなに詳しくないって。ただ、セレフィア嬢には婚約者はいないんだし、父親の伯爵がエスコートをするんじゃないか? 確か、前もそうだった気が……ってお前、最後まで俺の話を聞け」
シルヴァードは途中でラティウスから目を離して、先程よりも早いペースで足を進める。ラティウスはやれやれと首を振り、小走りで彼の隣に並んだ。
(僕が、セレフィアのエスコートをする)
夜会で令嬢のエスコートを行うのは、血縁者か婚約者だと決まっている。ここでシルヴァードがセレフィアのエスコートをすることができたら、結婚までの道のりも近くなる。まずは伯爵に許可を得て……いや、セレフィア本人から言質を取って、絶対に自分以外の男が彼女の隣に立つことがないようにしておかないと。
「お前、セレフィア嬢に婚約を断られたんだろ?」
ラティウスの言葉にシルヴァードは人が射殺せそうなほどの視線で彼を睨みつけた。
「断られてはいない」
「そうだったな。すまんすまん。まあお前は面が良いし強いし身分も良いから、そのうち惚れてもらえるだろう」
「セレフィアはそんなに軽い女じゃない」
「なんだよお前。面倒だな……」
話の途中で、シルヴァードは視線を少し動かして、無表情だった顔に笑みを浮かべた。ラティウスは最初変なものを見る目で見ていたが、向かい側からある集団がやってきていたので理由を察した。二人は道を開けるように端によって、頭を下げる。
使用人や騎士を引き連れた中心で強気な笑みを浮かべた少女は、シルヴァードを見つけたのか顔を輝かせた。
「シル様!!」
少女はシルヴァードに抱き着く。
「最近、どこに行っていらっしゃったの? わたくし、ずっとシル様に会いたかったのよ! 今日はわたくしに会いにきてくださったのかしら?」
(気持ち悪い……)
シルヴァードは貼り付けた笑みを浮かべながら、どのようにしてこの場を逃れるかを考える。この少女は、この国の第三王女、アミラである。シルヴァードの上司である第一王子の腹違いの妹でもあり、軽々しく扱える身分の人物ではない。
王女は彼のことを気に入っている。いつも匂いが強い香水をつけていて甘ったるい声で話しかけてくる。面倒なので素っ気なく対応しているのだが、なかなか諦めはしないのだ。