第二話 頼み事
エランディール家は、代々治療師を務める一家。わたしはエランディール家の長女で、リーリアはわたしの妹である。
聖女の姉ではあるが、わたしは彼女ほど治療魔法の腕はよくない。戦争でもわたしは前線に立つことはなく、怪我をして帰ってきた兵士たちの後遺症治療や心理療法を行っていた。
今日はお父様に呼び出しを受けて、彼の執務室の前に訪れている。中に入って、お父様の前で一礼した。
「お父様。何の御用でしょうか?」
「お前に頼みたいことがある」
お父様はわたしを一瞥して、そう言った。このように、突然呼び出されて突然頼み事をされることには慣れている。何を頼まれるのか、お父様の言葉を待つ。
「お前に治療してもらいたい方がいるんだ」
その言葉に、わたしは目を丸くする。お父様の言い方からして、治療してもらいたい人というのは身分が高い人だと分かる。このタイミングで治療を頼まれるということは、戦争関連の誰かだとは思う。
「その方というのは……」
「会ってみればわかる。早速今日、お前の治療室にいらっしゃると聞いている」
なんともいきなりな話だ。今日聞いて今日治療を始めるのに加え、相手の情報を全く知らない状態だとは。
わたしに拒否権などあるわけはないので、納得はしていないが素直に頷いておく。
「分かりました。お時間はいつでしょう?」
「真昼の刻だ。……迷惑をかける」
お父様の小さな声に、わたしはまた目を丸くした。彼はわたしの反応に気が付いたのか、部屋から出ていくよう手を払う仕草をする。
(お父様がわたしの心配をしてくださるとは……よほど大変な仕事を頼まれたのでしょうか)
頭を下げて部屋から出て、わたしは一人小さく息を吐いた。
小さな窓から差し込む柔らかな光が、室内に穏やかな影を落としている。患者さんと対話するための椅子、患者さんが寝るためのベッド。余計な刺激を与えないように、派手な道具や装飾は置いていない。
わたしは治療室でお父様が仰っていた患者さんを待っていた。ちらりと時計に目を向けると、とっくに真昼の時は過ぎている。
(なにか問題があったのでしょうか?)
今まで、治療予定の患者さんが予定時間に来ないことは何度かあった。元々、こうやって治療に来ること自体、拒否感を覚える人が多い。まして、兵士などであればプライドが高い人が多く、治療が必要な精神状態であってもそれを認めたくない、という場合は多々ある。
その場合はまだましだ。万が一、治療室に来る途中でトラウマが刺激されてパニック状態になっていたり、治療を受ける自分の弱さを嫌悪して逃避したりしてしまった時は、すぐに対処しないと危険である。
もし、今回の件が後者であった場合は、すぐに対応しないと。一度外に出て、様子を見てみるのもありかもしれない。
そう決めて、わたしは立ち上がって治療室を出た。