第十九話 優しさの理由
「セレフィアは大人気だね」
「みなさんがわたしのことを信頼してくださっている、ということなので、とても嬉しいことです」
微笑みながらそう答えると、彼は頬杖をつきながらわたしをじっと見た。フードで目が隠されているので、仕草から判断したのだが。
「……セレフィアは、本当に貴族令嬢なの?」
その問いに、わたしは思わず目を瞬く。予想していなかった質問だ。
「わたしは、エランディール伯爵家の娘ですよ。一応、身分的には貴族です」
「他の貴族って、権力を笠に着て民衆を見下すし、自分が偉くなるためなら他を蹴落とそうとするし、身分の良い相手と結婚するために既成事実を作ろうとするし、屑の塊みたいなものじゃん」
唐突な貴族批判。わたしは驚いて目を丸くした。
(最後の言葉……シルヴァード様は、既成事実を作らされそうになったことがあるのでしょうか)
それなら、彼が女嫌いになるのも当然かもしれない。そう考えている間にも、彼は言葉を続ける。
「でもセレフィアは、全然違う。優しい心で皆と接しているし、自分よりも他の方が大切だと考えていそうだし、身分の良い相手でも全く惹かれていなさそう」
(これは、根に持っていらっしゃる?)
身分の良い相手でも全く惹かれない、というのは、わたしがヴォルテクス侯爵家の令息であるシルヴァード様の結婚をすんなりと受け入れなかったことを言われているのだろう。
惹かれていないというのは間違いである。わたしは昔からずっと、彼に惹かれている。わざわざそんなことを口に出そうとは思わない。恥ずかしいから。
「セレフィアは、どうして……どうしてそんなに、優しいの?」
シルヴァード様は、呟くように言った。その声は少し震えていて、消えてしまいそうだった。
わたしは彼の手を取って、両手で包み込む。そして、微笑みかけた。
「わたしは聖人ではありません。人間ですから、当然嫌なことを考えたり、酷いことを言ったりしてしまうこともあります。実は、わたしは優しい人という仮面をかぶっているだけかもしれませんよ」
軽く冗談を言ってから、すっと顔を引き締める。
「それでも、わたしは治療師です。治療師は、苦しんでいる人たちを助けるために存在します。わたしは、困っている人や苦しんでいる人を救いたいのです。もちろんあなたのことも、心からお救いしたいと思っています」
ぎゅっと、手に力を入れて彼の手を包む。話し終えてそっと微笑むと、彼は俯いてしまった。
「……してるの?」
微かに声が聞こえてきて、わたしはその声を聞きとろうと耳をすませる。
「他の奴にも、同じようなことしてるの?」
「……?」
「こんなにまっすぐにそんなこと言われて、好きにならない人間はいないと思う。だからセレフィアは、皆に好かれているんだ」
そう言って、彼は顔を上げた。フードが深く被られているから、彼の表情は見ることができない。
「どうしたら、君は僕のものになってくれるのかな」
彼の声は、何かを渇望するような響きを帯びていた。