第十七話 食事
「シルヴァード様の、お好きな食べ物はありますか?」
「んー、腹が膨れたらそれで充分」
気を取り直して、わたしは話を切り替えた。今までの話から、彼は食事も必要最低限しかとっていないことは把握している。ラティウス様から、「あいつにもっと食事をとるように言ってくれ」と言われるほど、彼は食事ととらないようだ。
「少し、お腹が空きませんか?」
お腹に手を当てて尋ねてみると、彼もわたしの動きを真似して、首を傾げた。
「空いていない」
「そうですか……。わたしは少し、お腹が空いてしまいました」
「僕も、空いてきた。一緒にご飯を食べよう」
シルヴァード様はにこりと笑ってそう言う。わたしも微笑んで、立ち上がった。
「外に出てみるのも、気分転換になっていいですよ。一緒に食堂に行ってみましょう」
「うん」
彼は嬉しそうに頷いて、立ち上がってから流れるようにわたしの手を握った。そして、彼はフードを深く被る。
治療室ではフードを脱いでいる彼だが、外を歩くときは被っている。自分が英雄であると気づかれないようにしているらしい。「英雄」が心理治療を受けていると知られてはいけない、と彼は考えているのだ。彼も人間なので、心の病気を負うことは何もおかしくないのに。彼が隠したいと思っているのなら、わたしからは何も言わない。
治療室を出て、食堂に向かう。この診療所にはたくさんの人が訪れるので、食事ができる食堂も併設されているのだ。わたしも時々、そこでご飯を食べる。
「人がたくさんいますが、みなさん優しいですから安心してください。あなたに危害を加える人はいませんよ」
「分かってる。セレフィア、傍にいてね」
わたしは頷いて、繋がれた手にぎゅっと力を込めた。もし彼が食堂にいる人々を「敵」だと認識したら、大変な大騒ぎになってしまう。それだけは阻止しないと。
食堂に近づくと、人々の明るい話し声や笑い声が聞こえてくる。わたしが中に入ると、人々の視線が一斉にこちらに向いた。
「天使さまだ!」
ある一人の少年がわたしに駆け寄ってくる。しゃがんで少年の頭を撫でようとしたが、ぐいっと腰に手を回されて体を引き寄せられたの座れなかった。代わりに、立ったまま空いている方の手で少年の小さな頭を撫でる。
「こんにちは、ハウロ君。今日は、ひとりで来たの?」
「ううん。先生たちといっしょだよ!」
そう言って、少年は後ろの一角に指を向ける。机を囲んで一人の女性と数人の子供たちが食事をしていて、彼女らはわたしに気が付いたのか手を振ってくれた。わたしも手を振り返しながら笑みを浮かべる。
ハウロ君を始め、彼らは孤児院の子供だ。「先生」と呼ばれて慕われている女性は、その孤児院で働いている、子供たちのお母さんのような存在である。わたしは時折その孤児院を訪れて、子供たちの健康診断を行っている。
「天使さまも、いっしょに食べる?」
いつもなら迷うことなく賛同する可愛らしい誘いだが、わたしは首を横に振った。
「ごめんなさい。また別の日に、一緒に食べましょう」
「うん!」
彼は明るい笑顔を浮かべて頷いて、元いた場所に戻っていった。わたしはにこにことそれを見守っていると、繋がれた手に力が込められた。