第十六話 新たな約束
この場を打開する方法はないだろうか。考えを巡らせるがいい考えが全く思いつかない。
(もういっそ、彼の申し出を受け入れてしまいましょうか)
ふとそう思ってしまい、すぐにその考えを消した。このまま流されるように彼と結婚しても、お互いに幸せになれる気がしない、という予感がある。
(……もし彼があの約束を覚えていたとして、わたしは素直に受け入れたのでしょうか)
シルヴァード様は、たくさんの女性に妻の座を狙われている。わたしのような名の知れない治療師が彼の隣に立つと、目の敵のようにされそうだ。
好きな人の隣に立つことが必ずしも幸せとは限らない、と考えてしまい、わたしの気分はもっと下がってしまった。なら、どうしてわたしはずっと、彼との約束を引きずってきたのだろうと、思ってしまったのである。
「ねえ、セレフィア。僕以外のこと、考えていないよね」
頬に手を添えられて、シルヴァード様がわたしの顔を正面から覗き込んでいることを思い出した。わたしはなんとか口角を上げて笑みを浮かべる。
「あなたのことを考えているのですよ」
「嘘。僕のこと、見てくれていない。君の中に、誰がいるの? 僕が消してもいい?」
(それでは……過去のあなたを消すことになってしまいますよ)
わたしは心の中で呟いて、頭を振った。そして、彼の瞳を見つめ返して、微笑む。
「わたしは今、あなたのことだけを考えています。嘘ではありませんよ。わたしは、あなたにそう言ってもらえてとても嬉しいです。ですが、結婚については、急いで考える必要はありません。もっとゆっくり、じっくりと考えて、そして結論を出しましょう」
わたしの言葉に、シルヴァード様は黙り込んだ。しばらく待っていると、彼は躊躇するように口を開いた。
「でも、僕は、セレフィアの傍にいたい。セレフィアに傍にいてほしい。君が傍にいてくれるだけで、僕はまともでいられるんだ」
彼の言葉がわたしの心に響いて、胸が暖かくなった。そう言ってもらえると、とても嬉しい。
それでも……一人に依存することは、危険だから。
「わたしはあなたのお傍にいますよ。必ずしも、結婚することが最善の選択だとは限りません。妻としてではなく、治療師として、そしてあなたを大切に思う一人の者として、あなたをお支えしたいのです」
わたしは微笑んで、彼の手を包み込む。
「あなたが心の健康を取り戻して、それからゆっくり、じっくり考えて。それでもわたしと結婚したいと思ってくださったのなら、わたしは喜んでそのお誘いを受けます」
「……わかった。約束だよ」
「はい。約束です」
強く握られた彼の手は、微かに震えていた。
(十年以上引きずってきたのです。その期間が多少延びても、わたしは気にしません)