第十話 膝枕
そして、膝枕をするに至る。
最初は目を開けてにこにことわたしの顔を見上げていたシルヴァード様だが、「眠れないのでしたらこれは恥ずかしいのでやめます」といったらやっと目を瞑ってくれた。
しばらくもぞもぞと動いていた彼だが、やがてその動きがなくなる。微かな寝息が聞こえてきたので、眠ることができたのだろう。
そうしてやっと、わたしは息をつくことができた。
シルヴァード様のさらりとした黒髪が、柔らかな布越しに感覚を伝えてくる。彼は安らかに目を閉じ、すっと通った鼻筋と、色素の薄い美しい顔立ちが、儚く輝いているように見えた。
わたしは、とても緊張していた。心臓がドクリ、ドクリと、うるさいほどに音を立てている。どうかこの音が彼に聞こえて眠りを妨げることがありませんようにと、ぎゅっと唇を噛みしめる。
穏やかな寝息が聞こえてくる。普段は自身の防衛のために空虚な笑みを浮かべている彼の、こんなにも無防備な姿が、わたしの胸を締め付けた。彼の髪が直接肌に触れるたびに、全身の細胞がざわめくような感覚が全身を駆け巡る。
わたしはただじっと、その美しい寝顔を見つめることしかできない。
(ああ、なんて……美しいのでしょう)
眠る姿も綺麗なんて。つくづく反則級のかっこよさだ。
(どうして……どうしてシルヴァード様は、わたしに気を許してくださるのでしょう)
彼の顔にかかった髪をそっと払いのけても、彼が目を覚ます気配はない。
息を呑んで、思い切って彼の頭を撫でてみる。それでもやはり、彼が目を覚ます気配はない。穏やかに眠っているようだ。
こんなことをされたら、期待してしまう。もしかしたら、彼は昔の約束を覚えていて、わたしの傍にいることを望んでくれているのではないか、と。でも、彼はそのようなことを一言も話したことがない。確認してみたいけど、治療者という立場であるわたしが私的なことを尋ねるのは憚れた。
シルヴァード様は、リーリアと似ているわたしを気に入っているだけ。彼の心の中の「女神様」とわたしが、たまたま似ていただけなんだ。
(これ以上悩まないためにも、わたしもそろそろ結婚するべきなのでしょうか……)
実は、わたしにも婚約の打診はいくつかきている。自分で言うのはあれだが、エランディール家はかなりの良家だ。縁を結びたいと考える人は多い。
どちらかというと、わたしは結婚するのが遅い方だ。他の同年代の令嬢は、みんな結婚している。わたしは初恋を引きずりすぎて、仕事が忙しいことを理由に結婚を避けてきたのだ。仕事が忙しいのは事実だが、そろそろ身を固めないと行き遅れとして残ってしまう可能性がある。
シルヴァード様も、いつかは結婚するのだろう。その相手は誰だろうか。もしリーリアだったら、わたしはその結婚式に参列した時、どんな顔をすればいいのだろう。
(苦しいですね……)
今だけは許してほしいと、わたしはシルヴァード様の髪に触れた。