沈殿する想い(2)
誰にも話したことのない宝物――気持ちの始まりを語るための第一声は、やけに緊張した。
「……真紘に、金平糖をもらったことがあるんです」
ひと言打ち明けた途端、ふっと心が浮く感じがした。
次いで、鮮やかに色づいた記憶がきらきらと言葉になって口からこぼれていく。
「うんと小さいときの話です。たぶん俺と真紘が五歳くらいのとき、俺はなぜか泣いていました」
母に怒られたのか、なにか特別悲しいことがあったのか、内容はいくら思い出そうとしても思い出せない。
一向に泣きやまない陽向を見かね、真紘は走って家に帰ってしまった。そのあとも陽向が泣き止むことはなく、気がつけば再び真紘が陽向の前に立っていた。
真紘は小さな手をずいと陽向に突き出し「家から持ってきた」と、手のひらいっぱいに淡く色づいたカラフルな星粒を差し出した。
「これ食べて元気になって」と口に入れられた星粒は、すごく甘くてやさしい味だった。
――こんぺいとうっていうんだよ。
そのとき初めて、星粒の名前を知った。
「たぶん真紘は覚えてないと思いますけど、真紘と真紘がくれた金平糖が俺の心を丸くしてくれたんです」
星粒を摘んだ真紘の小さな指の、ぽっと温かな温度が嬉しかった。
この甘くて優しい星粒の記憶が、おそらく陽向が真紘を好きだと思った出発点だ。
「……なんかめちゃくちゃロマンチック」
「昔のことなんでだいぶ美化されてるとは思いますけど」
ロマンチックかはさておき、大切な記憶だということは確かだ。
「ほんとに柳木くんに気持ち伝えないままでいいの?」
「それはいいです。こうして八木さんに聞いてもらえただけで十分です」
これで陽向が真紘を好きでいたことの証明ができた。自分以外の誰かが知っていてくれる。なかったことにはならない。だから――。
「八木さんに話せてよかったです」
自然に笑顔が溢れた。
「……ちょ、ちょっと待って! 一回落ち着こう!」
「え?」
わりとスッキリした気持ちでいた陽向は、なにか焦っている様子の八木を見て首を傾げた。
「なんか今の入野くんさ、こう……なんというかさ!」
そうじゃないんだと八木は嘆く。
「抱え込むのって苦しいしよくない。だから少しでも入野くんが楽になってくれたらいいなって思った。それは嘘じゃない。でもなんかちょっと楽になりすぎてない!?」
「え……そうですか? やっぱり話す前は俺なりに葛藤があったし戸惑いましたけど」
「いやね、結果オーライではあるようだからいいんだけど、なんかもう全部終わってスッキリしましたみたいな顔してるからさ」
「はい、スッキリしてます、驚くほどに。あと八木さんに知ってもらえたおかげで、もし俺がいなくなっても、真紘への想いは嘘じゃなかったって証明にもなるからって」
八木は人差し指でびしっと陽向を指差した。
「それ! それだよ! 俺言ったよね、入野くんは想いはまだ生きてるって」
「はい……」
「入野くんがあと二年で諦めることにしたのも、たぶんすごい悩んで決めたんじゃないかと思う。でもなんか……これは俺の単なるお節介で押し付けなんだけどさ」
八木はわずかに逡巡し、言った。
「なんていうか、後悔しないかなって。入野くん、諦めるための二年間のプランに、柳木くんに告白するって項目は入ってる?」
「ないです」
「それ、ほんとに後悔しない? 俺がさっきから言ってるのはこれなんだけど」
「もともと伝えるつもりなかったですから」
結果的には八木によって、相手にも同じ気持ちを返してもらえたらという期待を抱いていたことには気づかされたけれど。
だからといって、自分から気持ちを伝えようとはやっぱり思えない。真紘を悩ませるのは嫌だし、亀裂が入って最悪の場合、真紘が離れていくことも考えられる。その方が陽向は耐えられない。このまま幼なじみを続けていけた方が幸せだと思う。
「頑なだなぁ。その点、柳木くんの方が柔軟というか」
「……真紘?」
「なんでもないよ」
八木は仕方がない、もうお手上げ、といったふうに頭を横に振り、ソファに座り込んでしまった。
「時間オーバーしちゃいますよ」
ひと部屋を仕上げる目安は約十五分だ。
「まぁまぁ、ちょっとくらい大丈夫だって」
大丈夫では、ないと思う。一応手は止めずに話してけれど少し時間が押している。うなだれて動かない八木をよそ目に陽向は風呂を拭きあげにかかった。
拭きあげを終わらせて出てくると、八木が決然たる顔をして、
「ちょっと昔話をしようと思う」
と急に切り出した。
「やっぱね、フェアじゃない。……うん、フェアじゃない。入野くんも話してくれたんだし」
「八木さん?」
八木はしきりにうんうんと頷いたあと、ゆっくりと話し始めた。
「俺ね、今は特定の彼氏っていないんだよね。というのも、ちょっと過去に辛い恋があって、というありがちな話なんだけど」
そう前置きがされた昔話というのは、八木が心底好きだった相手についてで、その相手が今はもう会うことのできない距離にいるという内容だった。