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羽のように軽い人

「もう入野(いりの)くんもほとんど大丈夫そうだね」

「はい、だいぶ慣れてきました」


 なんとか及第点をもらえたようで、陽向(ひなた)はほっと胸を撫で下ろした。


 陽向がホテルの清掃員として採用されて二週間ほどが経った。そう、ラブホテルだ。それも都心の繁華街ど真ん中の。


 真紘(まひろ)は有言実行した。なんとかなってしまったのだ。

 真紘が「手はず通りに」と言ったとおり、まず真紘が陽向より一週間先に採用された。そのあとすぐ社員と仲良くなったらしい真紘が、陽向を売り込んでくれて現在に至る。


「最初の方は結構ガチガチに緊張してたみたいだから心配したけどね」

「う、すみません……」


 新人教育を担当してくれた八木(やぎ)の、痛いところを突く指摘に陽向はうなだれた。


 陽向は当初、初めてのアルバイト、かつその初めてがラブホという特大ハードルに緊張と動揺を隠しきれないでいた。そんな陽向に丁寧に仕事を教えてくれたのが八木だった。

 都内の大学に通う八木は、フランクでノリがよく、真紘と似た魅力のある青年だ。


「いやいや、べつに謝ることじゃないって」

「バイト初めてで緊張してて……」

「でも、それだけじゃないっしょ」

「う……」

 またもや痛いところを突かれる。


「入野くん全体的にラブホって場所に慣れてなさそうだなーって」

「ははは……」

 笑って誤魔化すしかない。


 慣れていないどころか、そもそも恋人のいない人間には関わりのない場所だ。

 何度か「やっぱり辞める」と言いそうになったけれど、真紘と一緒のバイト先というのは嬉しくて、ただひとつ、その利点のみで面接を受けて今日に至る。


柳木(やなぎ)くんも俺が教えたけど、二人は対照的だよね。柳木くんはけろっとした顔で使用済みのコンドームとか片付けてたし」


 それに比べ陽向はいちいち恥ずかしいのをこらえながら片付けている。

 これまでに一度も彼女がいないという条件は陽向も真紘も同じだというのに、どうしてここまで気の持ちようが違うのか。 


 真紘は全てに置いて余裕があり過ぎる。そこが格好いいなと思う部分でもあり魅力を感じるけれど、真紘の余裕のある態度はたまに陽向に焦燥感を与える。アルバイトを始めてみてそれが顕著になった。大人に囲まれているときの真紘は少し遠い。


「ま、入野くんはそういう純粋そうなとこがかわいいんだけどね」

「なんですかそれ」


 茶化して受け流しながら、八木とともに客が帰ったあとの〈清掃待ち〉と呼ばれる部屋に入る。


 客室清掃は基本的に二人一組で動く。一週間先に働き始めた真紘はすでに八木の手を離れ、今日は他の従業員と組んでいる。陽向もそろそろいろんな人と組んでやることになるだろう。もちろん、真紘とも組むことができる。


 行きも帰りも、バイトでも家でも、真紘といる。四六時中くっついてるじゃん、と笑うしかない。けれど陽向はそれが嬉しい。

 焦燥感を感じたり、真紘だけが大人になっていくようで寂しさも感じる中、真紘が好きだという気持ちだけが変わらずにある。


 八木と協力してベッドを作り、洗面台を拭き上げ、アメニティをセットする傍ら鏡で自らの顔を見る。少し緩んだ顔をしていた。だめだ、気を引き締めなければ。


「なーに自分の顔見てにやついてんの」

 バスルームを拭きあげた八木が戻ってきた。


「にやついてないですってば。ちょっと目に埃が」

 やだなーもう、と笑顔で誤魔化したけれど言い訳の常套句だ。


「ふうん」


 まるで見透かしたように陽向を一瞥した八木は、風呂掃除に使ったリネンを抱えて部屋の入り口へ立った。陽向を見る表情が真紘にそっくりだった。面白がられている。


「なんか補充するものある?」

「あ、えっと……トイレットペーパーだけですね。一つお願いします」

「了解」


 陽向は作業に戻った。けれど八木がなかなか部屋を出ていかない。どうしたんだろうと訝しんでいると、八木は「んー」となにやら思案しているようだった。どうかしましたかという意思を込めて陽向は八木の目を見た。すると八木は陽向を凝視したあと、ぱしぱしと瞬きをし、悪意などありませんというような、ぴかーっとした笑顔を見せた。


「ねえねえ。入野くんってさ、実は童貞?」


 フランクさと無邪気さが爆発していた。



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