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告白(1)

 物言いたげな真紘(まひろ)の視線にはすべて気づかないふりをして黙々とバイトを終えた陽向(ひなた)は、逃げるように駅へ向かった。


 真紘も同じ電車に乗っていたと知ったのは、自宅の最寄り駅に降りたときだった。なんとか自宅の門扉に手が届くところまで逃げ切った陽向だったが、一瞬の油断がいけなかった。息を切らした真紘が、陽向の左肩を強く引いた。反動で陽向の背中が門扉にあたり、静かな住宅街に迷惑な音が響いた。


「……っ、頼む、話を聞いてくれ!」

「聞いたよ。実は真紘がてきとうに遊んでたって」


 喉元を締め上げられたように声が引きつる。強く掴まれた肩がぎりぎりと痛い。


「だから違うんだよ!」


 至近距離で必死に見つめられ、がくがくと肩を揺さぶられる。


 なにが違うって言うの。そう言いかけたとき、

「ひーくん? 帰ったのぉ?」

 ふわふわと語尾を間延びさせた陽向の母が、玄関から顔をのぞかせた。さっき門扉にぶつかったときの音が気になり様子を見にきたのだろう。


「あら、まーくんもお帰り」

「あ……ただいま」

「こんな時間に外で喋ってるなんてご近所さんに迷惑でしょう。どっちかの家に入りなさいよぉ」


 緊迫感とは程遠いゆるい喋り方で正論を告げてくる。


奈緒子(なおこ)さん、陽向俺んち寄ってくって」

「ちょっと!」


 なにを勝手に。なんのために自分の足の最大コンパスを駆使して家まで辿り着いたのかわからない。


「ああそうなの? じゃあお風呂どうする? もうお湯抜いちゃっていい?」

「入る! てか真紘んち行かないし!」

「えぇ、もうどっち?」

 戸締りだってあるんだからねぇと急かされる。


「行かないって!」

「どっちでもいいけどぉ、とりあえず喧嘩はその日のうちになんとかしなさいよぉ」


『喧嘩』というワードに二人して反応した。肩を掴む力が緩んだ隙に肩にかかっている手を払った。


「喧嘩はねぇ、次の日まで持ち越すと拗れてめんどくさいのよぉ。だからその日のうちに、が円満の秘訣なのぉ。これ鉄則よ」


 どうしてか読まれている。驚いているのはおそらく真紘も同じだった。


「こっちはあんたたちが覚えてないちっちゃい頃からずっと見てるんですからね。じゃ、はやくどうにかしなさいねぇ」

 ふふ、と笑い小さく手を振って母は家の中へ戻っていった。


 しばらく沈黙が続いた。先に沈黙を破ったのは真紘だった。


「とりあえず、うち来てほしい。話がしたい」


 真紘はまっすぐに陽向を見た。


「……やだ」


 視線から逃れるように顔を背ける。


「頼むから」


 切実さが空気を震わす。


 無視して家に入ればいい。なのに門扉の前から動けなくなった。いくら弁解されたって真紘が陽向に嘘をついていたことには変わりないのに。でも、これが間違いだった。


 なにも言えず黙ったままでいると、痺れを切らした真紘は舌打ちし陽向の腕を強く掴んで、強引に柳木(やなぎ)家の敷地に引っ張り込んだ。離してという抗議も意味をなさなかった。


 連れ込まれたという表現が正しいくらい乱暴に真紘の部屋へ押しこまれる。普段の真紘からは想像もできないくらい乱暴な仕草に、陽向は泣きたくなった。

 陽向は、いつでも甘苦しいくらいに優しい真紘しか知らないのだ。


 放心して突っ立っていると座れと言われ、真紘とはローテーブルを挟んだ位置に腰をおろした。


「なんでそっち?」


 真紘が不機嫌を隠そうともせずに言った。


「……嫌だから」


 いつもなら真紘のベッドかその下に真紘と肩を並べて座る。何度も真紘とぎゅうぎゅうになりながら寝ていたベッド。今はあまり近寄りたくない。


「は、過剰反応しすぎだろ」


 鼻で嗤われ、かっとなり一瞬で顔が熱くなった。また陽向の知らない真紘だ。


「そんな驚くことか? やりたい盛りだろ俺らなんか」

 吐き捨てるように言った。


 欲求を抑えられない時期だから。

 だから相手は誰でもいい。


 一緒にされたくなかった。それは陽向の恋を笑うような行為だ。


「最低だね」

「はぁ?」


 真紘の口元が引きつった。


「なんで俺に黙ってたの? 言ってくれたらよかったじゃん。てきとーに遊んでますってさ」


 嫌みたらしい言い方が止まらない。


「水臭くない? 俺には黙ってて八木(やぎ)さんには話してさ。二人して童貞の俺には話すことじゃないって笑ってたの? だとしたらほんとに最低なんだけど」


 さっさと教えてほしかった。そうすれば初恋を大切にとって置いたりしなかったかもしれないのに。諦めなきゃいけないとか、やっぱり気持ちを伝えてからにしようとか、悩まないですんだかもしれないのに。

 同世代からしたらやりたい盛りなのかもしれない。陽向だって興味はある。ただ、目の前にいる幼なじみに恋をした。だから機会がなかった。それだけだ。陽向が不毛だと諦め、どこかで憧れていたものを、陽向の好きな人がなんの価値も無いように扱う。すごく、悲しかった。


「……帰るね。明日から学校一緒に行かないから」


 母は『仲直りはその日のうちに』が鉄則と言っていたけれど、無理だ。価値観が違う。分かり合えない。

 こんなところに溝があるなんて。十八年も一緒にいたのに気づかなかった。悲しいし寂しい。でもどうしようもない。


 陽向はドアノブに手をかけた。

 すると次の瞬間、宙ぶらりんだった方の腕が後ろにぐんと引っ張られた。体勢を崩した陽向は半ば後ろ向きに引きずられる形になり、足がもつれたと思ったときには、真紘のベッドに投げ出されていた。



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