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マリーゴールドの憂鬱

「父さん、最近仕事どう?」私は勇気を出して尋ねた。

「クライアントを失ったんだ。一つ大きな契約があってね」父は少し黙り込んでから、重い口調でそう言った。その言葉には、かつての自信はそこにはなかった。家計に余裕がなくなり、大学の支払い費用も苦しいものとなった。かつて穏やかだった家族の時間は、少しずつ不安と焦りに満たされていった。


 専業主婦だった母も、そんな状況を前にして何もしていないわけにはいかない。

 母は様々なアルバイトを掛け持ちするようになり、朝早くから夜遅くまで、家にいることはほとんどなくなった。

「ごめんね、今夜も帰りが遅くなる」

 母からのメッセージを受け取り、かつては家族でテーブルを囲んで食べた夕食も、独りで冷凍うどんに火をかけることが増えた。

 私が大学に通いながらアルバイトをするという選択肢もあったが、それよりは成績を上げ、奨学金制度を狙い、優良企業に就職する方がを選んだほうがいい、という結論に至った。

 私は必死にデザインと、サークル内の英語の勉強に集中した。おかげでプレゼンテーション能力のほうは格段に上がったが、デザインそのものは勉強したからといって評価されるものでもなく、課題提出は特に、ろくに勉強していない子に上位成績を取られることが多かった。


「デザインはセンスと思っているかもしれないけど、あれも技術力だよ」

 そう教えてくれたのが他でもない松本先生だった。

 彼はいつも及第点しか取れない私のアドバイザーとなってくれた。

「どんな色にするかで印象は大きく違う。配色で悩むんだったら、色彩検定二級を目指すといい。君なら取れるよ」

 いつもパリッとシワひとつないラルディーニのスーツを着こなして教鞭に立つ松本先生は私の救いでもあった。課題をこなしながらの試験勉強と卒業制作に臨んだ。


 一方で母は、生活を立て直そうと焦るあまり、ネットワークビジネスに手を出した。

 それも簡単にうまくいくはずはなく、数少ない友人からも母は距離を置かれるようになった。母が一人で静かにため息をつく姿を見る度に、私は責任を感じずにはいられなかった。


「いつか、またみんなで福岡に帰れますように…」

 うどん屋の帰りに母はマリーゴールドの花を買い、その花を生けながら母がつぶやいた。

 感染騒ぎが収束した矢先、私は就職内定してインターンとして働くこととなり、父は再び多忙となった。果たして私たち家族はどうなってしまうのだろう。


 帰宅すると同時に父からの着信に気づく。メッセージを確認すると、どうやら父はグループ展の片付けもそこそこに、一週間ほど事務所兼スタジオに籠るらしい。毎年秋に差し掛かるとレギュラーのスーパーのチラシの商品撮影と共に、クリスマス、正月、年度末の仕事などが重なり繁忙期となるのだ。

 慌てて折り返す。

「コロナが明けてから急に忙しくなってきたんだ。それで新たにアシスタントを雇うことにしてね。期間限定だけど…」。父の言葉を聞いて少しだけ安堵した。スタジオには寝泊まりできるスペースがあり、彼女を連れ込むことなど造作もないことだが、アシスタントが加わるならそういったこともできないだろう。


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