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持つべきものは、好みの違う女トモダチ

 カフェの窓から秋の柔らかな光が差し込み、レースカーテンが風に揺れる。


店内には控えめなジャズが流れ、カップに注がれたカフェ・ラテからは湯気が立ちあがっていた。


私は卒業以来、久しぶりに親友・野崎ゆみと顔を合わせていた。大学時代、彼女とはいつも共に過ごしたが、社会人となり、それぞれの道を歩み始めてからは約半年ぶりの再会だった。


「久しぶりだね」と、彼女の声が涼やかに耳に届く。


カフェの窓の外に視線を向ける。人々がせわしなく行き交う街の様子が、窓越しに遠く感じられた。


私たちが学生だった頃、この時間の流れはもっとゆっくりと感じられた気がする。今では仕事に追われ、こうやって親友とゆったり話す時間さえも贅沢に思えた。でも、働いた給料で買いたいものを買い、好きなことができる快感は学生時代では得難いものがある。




 ゆみとはインカレの英語弁論サークルで仲良くなった。だから大学も専攻学科も違う。赤山学院大学の文学部だった彼女は今、全国に店舗を持つ輸入食材店の社員・店長として働いていた。


「本当に久しぶり。仕事、どう?」早速近況から探りを入れる私。


「かなり上の圧力がすごいね。店舗ごとの売り上げの競争、エグいよ」


「うわぁ、やっぱり噂には聞いていたけどそうなんだ!」


「研修も多いね。コーヒー研修、ワイン研修…。かなりブラックかも。でも知りたい知識が身につくから楽しいよ。それでお金もらえるなんてありがたいしね。エリアマネージャーも結構可愛がってくれるよ」


「そういう意味で言えばうちもかなりキツいかな。少しでも慣れるために家でもPCは触って勉強してる。そうじゃないと先輩たちに追いつけない」


 やりがい搾取されている、そう思わないこともない。ただ、憧れの職業に就いた今となっては、それを維持することのほうが大切だと思ってしまう。


「例のおじさん先生とはどうなの?進展は?」


「おじさんて言わないでよ。まだ三十代なんだから。…でもそう聞かれると困るなぁ。相変わらず現状維持だよ」


「そっかぁ。うちんとこはこないだLINEしたかもだけど、別れたよ。やっぱり社会人と学生って難しいね」


 投げやりにゆみが言った。彼女には年下の彼氏がいた。インカレで二年の頃から一緒だったこともあり、付き合いも長かった。彼と三人で飲みに行ったり出かけたりすることもあったがとても順調そうに見えていただけに残念だ。 


「そういえば美咲は相変わらず服はネットオンリーなの?」


 彼女は不思議そうに首をかしげた。その問いについては、私は曖昧に微笑むしかない。




 彼女は、いつも身なりをきちんと整え、TPOに合わせたコーディネートで服を着こなす。今日はツイードジャケットとブルーデニムの色合いが格好良く決まっている。少し色褪せて見えるので絶妙なビンテージ感が出ている。聞けば初任給で親にご馳走した残りのお金で買ったものらしい。


 彼女ならきっと、華やかなショップの中で、楽しげに服を選びながら自分に似合うものを追求し、楽しんだだろう。だが、私にとって、ああいった空間はどうにも居心地が悪かった。


「…服屋さんで買い物って、なんだか落ち着かないんだよね。選ぶ時間もかかるし…。


 通販サイトだったらイメージに合う商品を探しやすいっていうのかなぁ…」私は小声で答えた。カフェにいる人の中にショップ店員がいたら申し訳ないような気がしたからだ。


 広々とした店内、目の前に並ぶ無数の服、それを取り巻く人々の熱気、ショップ店員との会話――すべてが想像しただけで私には圧倒的すぎて、逃げ出したくなる。


「…だから、つい通販に頼っちゃうんだよね」




 私は特に派手さや個性を主張することなく、いつも控えめなメイクと無難な黒ベースの服装で日々を過ごしている。それは、いつも同じ服装だったというスティーブ・ジョブズに影響を受けているところもあった。そして全身黒という色彩に限定しているのは、私自身が周囲との調和を大切にすることを重んじているからかもしれない。それはある種、グラフィックデザイナーとしてのポリシーでもあった。


 そんな私とは対照的なのが、ゆみだ。彼女のメイクは常に鮮烈だった。最近は韓国風メイクにハマっているらしい。洋服も大人カジュアルといった感じを学生の頃から突き通している。


 


 もう一つ、二人で会った時に専ら話題になるのが、私と彼女との異性に対する趣味だ。特にゆみの年下の彼―― 折原悠人はるとと出会ったときのことを思い出す。彼の若さやその純粋な笑顔は眩しく、ゆみには何か特別な輝きをもたらしていたのかもしれないが、私にはそれが幼く映った。彼女がどのような基準がなぜ彼を選んだのかについてはあまり理解できないものがあった。


 またはサークルクラッシャーみたいな娘も何人かいて、恋愛関係のゴタゴタで部内が荒れた時期もある。


「森くんなんか、あれで病んで大学留年したらしいね」


「えっ!そうなの?ゴシップ詳しすぎ」


男と女が入り乱れるとこんなにもややこしいことになるものなのか…私は大学でそれを初めて学んだ。


 実は私自身も彼氏が出来たかと思えば、部内の仲の良い後輩に掠め取られるといったこともあり、人間不信になった時期もある。


「本当に、女の友情に大切なのは〈男の趣味が被らない〉って、とこなのかもね」


 彼女はしみじみと言った。


「いやぁ、ホント、本当ね」


 私も深く頷きながら首を縦に何度も振った。

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