先生は私の存在をどう感じ、これからどうしたいのだろう。
「ところでおとうさんの作品はどれなの?」
「モノクローム写真に緑のペンキを塗った作品があるだろ、それの隣だ」
父の作品は主に廃墟だった。岩手県北上市の和賀川発電所、埼玉県秩父市の茶平集落、茨城県笠間市のブラックマンションなどいずれも、廃墟とともにびっしりと覆われた草木が映し出されていた。
一方、彼女の作品は、一見して可愛らしいものに見えた。けれど、どこか捉えどころがなく、曖昧で掴みどころのない作品だった。
そうこうしているうちに、階下から父の仕事仲間らしい二人組の男が声をかけてきた。
「剛くん、お疲れ」
「じゃあ、俺、下の大津くんとこ行かなきゃ、あ、先生、ごゆっくりどうぞ」 松本先生に挨拶をすると、父はそそくさと男たちの後を追い、下の階へと降りていった。
父と谷口ゆりえの間に肉体関係はあるのだろうか。長い間、家を空けることもしばしばだったことを考えると想像するだけで身震いがする。
と、同時に魂で結びついているだけの関係だとしたらそれはそれで、もっと罪深いものなのかもしれない。母という存在がありながら、精神的に強い絆で結ばれているとなれば絶望的だ。
そしてそれは私と松本先生との関係もまた同じなのかもしれなかった。
「彼女の作品、どう思う?」と、私は松本先生に尋ねた。
「うーん……なんて言えばいいのかな」答えに窮し、曖昧な返事を返す。
「意図が見えないよな。技術はあるんだろうけど」と松本先生が言いながら、肩をすくめた。
彼の言葉には、どこか冷静な評価者の目が感じられたが、私はそれを聞き流すようにしていた。私の中には、もう少し違った先入観が植えつけられていたからだ。
「どうなんだろうね、彼女」と、私はぼそりとつぶやく。
松本先生は少し考え込むようにして、しばらく沈黙を守った後、「君が気にしすぎているだけかもな」と静かにささやいた。
彼の言葉には慰めの意図があったのかもしれないが、私の心には響かない。父の親しい友人ーーもしかしたら不倫相手が、私と同じクリエイティブの世界にいること。それが、私自身の心にさらなる複雑さをもたらしていた。父は、彼女の作品をどう見ているのだろうか。
会場を出た後、私たちは無言で歩いた。陽は沈みかけて赤く、辺りを染めはじめていた。
松本先生はポケットから電子タバコを取り出し、火をつけた。その煙がゆっくりと夕焼けの空に溶けていく。松本先生は私の存在をどう思い、これからどうしていきたいのだろう。
問いただすことも、状態を話すこともままならない。複雑な心境に飲み込まれていた。