突然の戦国!
高校の科学部で課題をしていると、何故か戦国時代にいた。
何を言っているのかまるで分からないと思う。
僕だって同じだ。
だけど目の前で、鎧を着こんだ人間が殺し合っている光景が繰り広げられている。
篠突く雨が降り続けている中、学生服の僕は呆然と立ち尽くしていた。
「あ、ははは、はは。なんだこれ……?」
笑うしかないけど、上手く笑えない。
どうすればいいのかも不明だ。
状況が認識できない――
「な、なんじゃ、お前! 何者だ!」
後ろから人の驚く声がした。
振り返ると簡素な鎧を着ている足軽三人が、槍のようなものを構えて警戒している。
「変な恰好で、いきなり現れて! 化生か物の怪か!」
どうやら現れたところを見られたらしい。
不味いと思った僕は咄嗟に手を挙げて「た、助けてください!」と懇願した。
三人の目が血走っている……殺されそうだ……!
「殺さないで! 僕だってよく分からないんです!」
「戦場にいて戯けたことを言いよって……」
「ひいいい!? た、助けて――」
槍先をこっちに突きだしてきたので、僕は内心パニックになりながら逃げだす。
待て! という声が聞こえるけど気にするもんか。追いつかれたら殺される!
「うわあああああああ!」
周りで殺人が行なわれている異常事態。
僕の許容量は既に超えていた。
走って駆けて、転んだりして服が泥だらけになりながら、走るのをやめなかった。
気がつくと戦場の中心を離れられた。そして前のほうに小屋が見えてきた。
三人の足軽は追ってこない。逃げきれたのかもしれない。
急いで小屋の中に入る。戸を閉めて一息つこうと――
「誰ぞ、貴様は……」
「ひいいい!?」
奥のほうから声がした――男の声だ。
小屋から逃げ出そうとすると「まあ待て」と僕を止める。
恐る恐る男のほうを見ると……大怪我をしていた。
「だ、大丈夫ですか……?」
腹から出血している。かなり大量にだ。
薄暗いけど、顔色も悪いことが分かる。
なんとなく、怖さよりも心配が勝ったので、近づいてみる。
「見れば分かるであろう……死にかけよ」
その男はかなり若かった。
二十歳を超えたか、もしくは超えてないくらいの年齢。
僕よりも年上だと思うけど、よく分からない。
鎧は着ていない。動きやすい和服姿だ。
「敵の槍を食らってな。もうすぐ死ぬ……」
「そ、そんな。どうして……」
「戦、だからな」
片手で出血を止めているけど、どくどく噴き出ている。
止血が追い付いていないんだろう。
「貴様、うろんな恰好をしているな」
「えっと。僕、突然ここに来て……ていうか、世間話している場合じゃ――」
「言ったろう。わしはもうすぐ死ぬ」
おそらく武士だろうその人は「無念だ」と短く言う。
涙一つ零さなかったけど、本当に残念そうな顔をしている。
「この戦に勝てば、城を任せられるはずなのにな」
「そ、そうだったんですね……」
「貴様が何者かは知らん。だが……これをくれてやろう」
男は黒い玉を止血していない手で差し出してきた。
手のひらに収まる程度の大きさだ。
僕は怖がりながら、ゆっくりと近づく。
そして玉を受け取った――どくんと脈が打った感覚。
「え、これは……」
「ほう。適応するとは珍しい……」
男は「窮地のときに使え」と疲れたように言う。
「機神を使えるものは戦場を制する。ゆめ大事にせよ」
「く、くりかみ?」
「……ぐはっ!」
突然、血を吐いた男。
僕は玉を脇に置いて「大丈夫ですか!? しっかりして!?」と抱えた。
「最期に、看取ってくれて、感謝いたす」
「そ、そんな……」
「貴様の名は?」
僕は「筑波! 筑波博です!」と喚いた。
男は「筑波、か」と言いつつ意識を失いそうになる。
「あ、あなたの名は? 何か、言い残すことは?」
パニックになりながら、聞かねばならないことを訊ねる。
男は「言い残すこと、か……」と声を振り絞る。
「三河国を、豊かな国に……」
「み、みかわ?」
「わしの名は……松平……もと、のぶ……」
男――松平さんはそのまま眠るように息絶えた。
自然と過呼吸になってしまう。
酸素が行きわたらない。怖くて仕方がない。
「ひ、ひいい、うわあああああ!」
僕は松平さんから離れて、小屋から逃げ出した。
黒い玉を両手に握りしめながら。
◆◇◆◇
再び戦場に来てしまった。
人の死を見たのは初めてだった。
恐ろしくて。気分が悪くなる。
「おええええ、おえ……」
思い出して吐き出してしまった。
松平さんが誰なのか、よく分からない。
もしかしたら人を大勢殺した悪人かもしれない。
話したのも少しだけだった。
それでも、死ぬとなると、可哀想で仕方がなかった。
あの人もまだ生きたいと思っていたんだ。
だって、言っていたじゃあないか。残念とか、城主になれるとか。
それに最後はみかわとかいう国のことを心配していた。
おそらく、松平さんは偉い人だったんだ――
「おぬし、どこのもんじゃ!」
後ろから声をかけられた。
さっきと一緒だなと思いつつ振り返ると、見知らぬ足軽が五人いた。
僕は――よく分からなくて泣いた。
「なんだよう……どうしてこんな……」
「こいつ、いかれか?」
「構うか。手柄首じゃ。わしらの側ではなかろう」
殺気立った足軽が、僕に槍を振るう――
びっ! って音がして、僕の頬が切れた。
「うああああああ!? 痛い、痛いよ!」
驚いて尻餅を突いた。
どくどくと流れている――松平さんと同じだ。
手で押さえるけど止まらない。
「なぶって殺すんか?」
「違う。当たり損ねじゃ」
もう駄目だと思ったとき。
また脈が打つ感覚がした。
ポケットに入れていた黒い玉を取り出した。
血で濡れた手で取った――眩い光が辺り一面に輝く。
「こ、こりゃあなんじゃあ!?」
足軽の声が遠くに聞こえる。
僕はあまりの光で目を閉じた。
「こ、これは……まるで……」
再び目を開けると、僕は黒々とした鎧と兜を纏っていた。
装甲が硬くて、漆黒と言うべきテカリのある質感。
日本の鎧でもなく、西洋の鎧とも違う。何故なら近未来的なデザインが施されていた。
所々にブースターのようなものが付けられており、関節もよく曲がる。
黒を中心で、赤の紋様が刻まれている。時代劇で見たような家紋もある。
分厚いのではなく、身体にフィットするようなスタイリッシュなシルエット。
「なあ!? こいつ、機神遣いか!?」
足軽たちが怯えている。
また聞いた知らない単語、くりかみ……
「くそ、これでも食らえ!」
槍を振り回してきた足軽。
思わず、両手で防いだ――全然痛くない。
すると兜の前面に何かが表示された。
『電磁砲、発射準備開始』
で、でんじほう?
何が何だか分からない――両手が上がった。
両手の付け根から肘を合わせるようにくっ付き、指が一本一本広がった。
手のひらがバチバチと放電し始めた。どんどん光が溜まっていく。
足軽たちはそれを見て逃げ出した。
全身が振動する中、何が何だか分からない僕。
そして兜の前面に再び表示がされた。
『伍、肆、参、弐――壱、零』
光が一気に高まり――発射する。
電磁砲――多分そうだろう――は地平線まで届くかと思われるほど続いた。
そして一気にエネルギーが収束していき、光が消えてしまった。
「はあ、はあ、はあ……」
全身から力が抜ける。
物凄い疲労感だった。
その場にうつ伏せに倒れる僕。
「ゆ、夢だ……これは悪い夢だ……」
そう。これは夢のはずだ。
科学部から戦国時代にタイムスリップするのは百歩譲ろう。
だけど戦国時代とは思えない技術とか電磁砲とか、荒唐無稽過ぎる。
「……もう、どうでもいいや」
疲労感に任せてそのまま眠る。
目を開けたらいつもの部屋にいる。
そう信じたい――