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第五話 アルトと王都にお出かけですわ!

 学校設立申請の締め切りまで、残り三日。

 今日はあまり袖を通したことのない、濃い藍色のドレスをワードローブから引き出した。

 申請をするためには一度、王都まで馬を走らせなくてはならない。カデメイア家を追われた今、貴族とも多くすれ違う王都にはあまり近寄りたくないが……。

 生徒たちの教科書をはじめ学校運営に必要な諸々の品を買い込まなければいけない。そのため、朝の職員会議で本日午前の内にウィールを発つことが今決定した。

「王都に行くにあたり、お手数ですがアース先生に荷物持ちをしていただきたいのですが、お時間よろしくて?流石の私でも教科書を抱えて街を歩くのは堪えますわ」

「はい!……と言いたいところなんですけど、今朝から妻の調子が酷く悪くて。昼には帰って看病させていただけないでしょうか。着任早々、すみません」

「ウィールに越してきたばかりでしょうし、奥様もお疲れなのでしょう。そういうことでしたら是非奥様を看て差し上げてください。気に病む必要はございませんわ!」

「ありがとうございます!!」

 アース先生は張り上げるような声と共に背中が平らになるまで頭を下げた。なにもそこまでなさる必要はございませんのに。

 私はアース先生の事情を知り、ウィール領主としてゆくゆくは大病院の設立も目標にいれねばならないと思った。そのためにもまずウィールにかつての活気を取り戻さねばならない。よし!今は目の前のタスクに集中だ。

「では、賃金を出して村の男性にお付き合いいただくとしますわ~!」

「フリーシア先生!……いくら公爵令嬢(あなた)でも、財源に限りがないというわけではないでしょう。もっと節約していくことを覚えてください」

 マミヤ先生に(たしな)められる。むむぅ、確かに……。

 抑えられるコストをしっかり抑えるのは経営の基本ですわね。領主としても身に付けていかなければならない感覚だ。

「ではボランティアですわね……けれども学校のためにタダ働きしてくれる方なんていらっしゃって?キチンと対価を支払うべきですわ!」

「いますよ。でもタダ働きではなく、校外活動の一環としてですが」


 * * * * *

 

「……で。なんで生徒の俺が買い出しに付き合わされなきゃいけないんだよ」

「おーっほっほっほ!学校のために力を合わせるのは生徒職員の義務!アルトには喜んで協力していただいていることとお見受けしますわ!」

「いやどこがだよ!(てい)よく使われてるだけじゃねぇか……」

「ずべこべ言わない!さ、そろそろ王都に着きますわよ!」

 マミヤ先生の案で、荷物持ち……もとい王都に出たことのないアルトのための特別校外授業と銘打って、無理矢理アルトを連れてくる運びとなった。

 まぁ、小学生の町探検の延長みたいなものだ。こんなこといったらアルトに怒られるだろうけど。

 馬車を駐車場に停め、御者に一言礼を言って街へと繰り出した。

 いつ見ても王都は美しい。

 素焼き煉瓦の家並みは鮮やかに視界を彩り、規則正しく敷設された石畳は日差しを柔らかく照り返している。

 広場の噴水では出店が開かれ、露天商の声がよく響く。書店を目指して進んでいくと、まるで溢れる活気に飲み込まれていくかのようだった。

「……」

 身を隠すようにして日傘を差す。ドレスに色味を合わせた紺碧の日傘だ。

 陰が私を覆うと、周囲の喧騒が少し和らいだ。

 あの日のほとぼりはまだ冷め切ってはいないだろうし、例え箝口令が敷かれていても、カレン先生のように情報通の貴族がいればすぐに私だとばれてしまうだろう。後ろ指を指されるくらいなら気にしないが、今はアルトも一緒だ。私のゴタゴタに生徒を巻き込みたくはない。

「さ、まずは教科書を買い込みますわよ。我が校では特別に教科書全員サービスですの。私のポケットマネーからですわ、地に伏して感謝なさい!」

「それが先公の態度かよ!?てか、俺が四人分の教科書を持つのか?」

「正確には先生と予備分併せてざっと十五人分ですわ。大丈夫、馬車まで運んでくれればそれでいいのですわ。私はお会計をしていますので、貴方は受け取り次第とっとと運びなさい!帰る時に陽が落ちていては物騒ですからね」

「チッ……人使いの荒い校長だな」

 書店に着くと、嫌々付き合っていたはずのアルトは意外にもテキパキと運搬作業に精を出している。会計を済ませ店内で本を物色しながら待っていると、アルトが肩で息をしながら戻ってきた。

「あと一回、往復すれば全て運び終えますわね。よく頑張りましたわ、偉いですわよ~!」

「ハァ、ハァ……クソ、思ったより重労働だな……。こんな量必要あんのかよ、ハァ、生徒が集まらなくて、運び損にならないといいけどなぁ!」

「貴方は一々憎まれ口を叩きますのね……」

 役場と文房具屋は広場を挟んだ反対側にある。私たちは書店から出て一旦馬車まで戻ることにした。

「なぁ先生?アンタ一回も教科書運んでないだろ」

 道中、不意に声を掛けられたので傘を傾けアルトを見ると、恨めしそうにこちらを睨みつけていた。

「あら、お言葉ですわ。レディに荷物運びをさせる気?行き交う人々みんなが貴方のことを情けない男性だと嘲けっていきますわよ」

「屁理屈屋が……」

「おーっほっほっほ!エスコートの基本を学べて良かったですわね。これぞ校外授業の賜物ですわ!」

 馬車に着くと私はポーチから銀貨の入った革袋をアルトに渡す。

「私は開校申請をして参りますから、貴方は文房具屋で買い物をしてきて頂戴。中に買うものを控えたメモも入っていますわ。買い物が終わったら馬車で待っていること。いいですわね?」

「へいへい。……なぁ、時間が余ったら、街を少し見て回ってもいいだろ?ちょっと散歩したら、ちゃんと馬車まで戻るから……」

 なるほど、それで荷物運びを張り切っていたのか。アルトは時折子どもっぽい一面を見せるが、無邪気なところは嫌いではない。

「ええ、少しだけならいいですわよ。多くないでしょうけど、筆記用具を買ったお釣りで好きなものを買うことを許しますわ」

 アルトと別れた私は足早に庁舎へと向かう。賑やかな往来で高笑いが時折聞こえてきては、日傘を持つ手に力が入る。周りの目が気になるせいだろうか、妙な胸騒ぎがする。

 開校の申請は拍子抜けするほどあっさりと終わってしまった。マミヤ先生が不備のないよう書類をしっかりと用意してくれていたお陰だろうが、もっと煩雑な手続きをするものだと思っていた。この分だと私がアルトを待つことになりそうだ。

「折角だから私も、お店を見てから帰りましょうか。今日は疲れたし、夕餉は出来合いのもので済ませますわ……」

 庁舎を出て、噴水のある広場へ足を向ける。

 ウィールは長らく不在地主が続いていたために、領主館(じたく)には料理人はおろかメイドすらいない有様だ。しかし今のところ、風呂を焚くのも洗濯するのも大抵の事は私の魔法で片付いてしまう。OL時代、簡単だが自炊を続けてきたお陰で食事の面倒も自分で見ることが出来ている。

 だがそれも忙しくなったら続けていくのは困難だろう。早いところ、使用人を探さなければ……。

 考え事をしながら歩いていると、雑踏に混じって繁吹きあげる水の音が聞こえてくる。もう広場に近づいてきたかという頃、突如後ろから私を大きく呼び止める声がした。

()()()()()お姉さま!!」


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