第四話 初めての職員会議ですわ!
男子校。それは女子校と並び立つ秘密の花園。思春期の男子たちだけの魅惑の鳥籠。同性だけを閉じ込めた異質の空間は、奇行を平常に、正常を少数としてゆく。その混沌の中で光る、独特の絆や結びつきが織り成すブロマンスは精緻に作り出されたBL作品に引けを取らない、と私は考える。共学の学校では決して表出し得ないその感情の爆発を、私は教鞭を振るって誘発させてみせよう。夢の生活が今、幕を開ける――――はずだった。
「全っ然生徒が集まりませんわぁぁぁ!!」
三月半ば。学校設立の申請期限まで、あと2週間を切った。
我が国、つまりここランバイゼン王国の入学は慣例で四月の中旬となっている。まぁ、元が和製のゲームだから、馴染みやすい設定にしてあるのだろう。卒業シーンで桜の花が舞っている風景はやはりグッとくるところがありますものね。
兎に角、それまでに学校を設立できなければ、私の壮大な男子校薔薇色計画がパアになってしまう。しかし――――
「色の良い返事が返ってきませんわ……」
学校設立を宣言したあの日、私は屋敷に帰ってからすぐに面識のあったあらゆる名家に、魔法使いの精鋭を養成する新しい形の魔法学校設立の旨を綴った手紙を差し出した。しかし一向に返事はない。
「まあ冷静に考えれば、男子校とかいう得体の知れない学校にわざわざ通わせようなんて奇特な親、いませんわよね……あーあ、この誰もが認める天才であるこの私が教鞭を執ると言えば、皆様食いつくと思ったのですが、考えが甘かったですわね……自分のことを過大評価していましたわ。トホホ……」
それでも一応、ダメ元でポストを確認してみるとするか。
「シェルフィ!ちょっとポストを見てきてちょうだ……」
侍女がもういないことにまだ慣れない。転生した直後はメイドの存在に驚いたというのに、私はすっかりフリーシアという存在に順応してしまったようだ。
仕方ない。自分で見に行こう。
二階の自室を出て、階段を降りていく。
自分一人には大きすぎる、しかしかつての豪邸に比べたら小屋も同然の我が屋敷。
「……落ち着いたら使用人を雇う必要がありますわね」
踊り場の窓のサッシに指を這わせると埃ですぐに黒ずんでしまった。
ここに越してからというもの、生徒集めに苦心していて碌に掃除も出来ていない。この間どっかの馬鹿に領主といったって村長と変わらない~なんて揶揄されましたけど、本当にそうですわね。農業組合の報告が一件上がってきただけで、業務という業務はほとんどなし。自給的で半ば現物経済のこの地域じゃ、飢饉や自然災害でも起こらない限り忙しくなることはない。
税の会計だってまだ先ですし。ありがたいことに、当面は生徒集めに集中できそうだ。
「さ~てと、お返事が来るも八卦、来ないも八卦~っと……手紙が三通。……三通!?」
私は急いで宛名を確認する。
……見覚えのない姓。まさか、入学希望者ですの!?
私は震える指先で便箋のシーリングワックスを剥がしていく。
『拝啓、麗しのフリーシア・グリットレーベン・カデメイア嬢。私どもガットパンク家が豚児を是非貴校に入学させていただけないでしょうか。恐れながら……』
二枚目。ペーパーナイフも使わず大慌てで便箋を破く。下品などと言ってらせません。
『謹んで申し上げます。御校が入学希望者を募っていると伺い、どうか愚息をよろしくお頼みできないかと……』
そして三枚目!震える手で最後の手紙の内容を確認する。もし、この手紙が入学を希望する手紙であれば少なくとも生徒数の問題は解決される。これで、開校することが出来ますわ!
『これは呪いの手紙です。この手紙を読んだ人は次の新月までに、呪いの手紙を三人に出してください。文面は一言一句変えてはいけません』
「ふっざけるんじゃありませんわぁぁぁ!!」
この世界にもこんな悪戯があるんですわね!
私は野球ボール大になるまで呪いの手紙を丸めてしまう。こんなもの、どこかにぶん投げといて……
いえ、ポイ捨てはよくありませんわね。はぁ、全く。どこにでも愚かな人間がいるということか。
私は頭を振って頬を二度、パシパシ叩く。
「気を落としてはいけないわフリーシア。二人も入学希望者が集まったのですもの!この調子でドシドシ集めていきますわよ~!」
おっと、そろそろ学校へ行かなくては。今日はマミヤ先生が集めたという職員と顔合わせをする約束をしているのだった。
* * * * *
職員室の引き扉を開けると、すでにマミヤ先生がなにか書類を作っていた。
「あら、おはようございます、フリーシアさん。……いえ、フリーシア先生、もしくは校長先生とお呼びした方がよろしいでしょうか」
「おはようございますわ、マミヤ先生。校長先生はおやめになって。私、肩書は校長でも実際の現場に出るつもりですの。堅苦しい呼び方は嫌ですわ」
「分かりました、フリーシア先生。ふふ、なんだか慣れないですね。ところで、生徒の方は集まりましたか?」
「二人も集まりましたわ!」
「あれだけ豪語しておいて、二人だけですか」
「こ、この短期間であることと、無名の学校であることを考えれば素晴らしい結果であるといえますわ!そういうマミヤ先生こそ、教職員を集め終えたのですの?職員室には見当たらないようですけれども」
「ええ、集め終わりましたよ。二人も」
「はぁ!?マミヤ先生も二人しか集めてはいないではないですの!」
「能力や資格が求められる分、生徒集めよりよっぽど大変だと思いますよ。それに、一年次の授業を行うには十分すぎる人材です。授業の質だけ見れば、カデメイア王立学校にも負けないでしょう。……さて。そろそろ来る頃だと思うのですが」
マミヤ先生が言い終わるか否かというところで、カラカラと扉が引かれていった。
「……ざーす。うわ、ホントにいた」
背を屈めくぐるようにして職員室に入ってきたのは黒い紳士服に眼鏡をかけた、妙齢の女性だった。すごい。身長はそこいらの男性より大きいですわ!
「こんにちは!初めまして!」
とっても大きな声ですわ!カレンさんを凌ぐ身の丈と、その長躯に見合った筋肉質の青年が彼女に続いて勢いよく部屋へ入ってきた。
「全員揃いましたね。フリーシア先生!教員も揃ったことですし、改めて自己紹介をしてくださいますか」
一同をぐるりと見渡したマミヤ先生は、作業の手を止めて立ち上がる。
ここはピシッと決めて、校長としての威厳を見せねば!
「自己紹介が申し遅れました。私、校長兼ウィール領主のフリーシア・グリットレーベン・カデメイアですわ!どうぞお見知りおきを」
「マミヤ・コーラル・デアンサスです。本校の教頭を務めます。よろしくお願いいたします。では、到着順にカレン先生から自己紹介を」
「その前に一つ確認させてくれないか、校長先生」
カレンさんの目つきが険しくなる。一体なんでしょう、給与が高いから怪しんでおられるのでしょうか。
「王家の権力で箝口令が敷かれているようだが――アタシの情報網は甘くない。アンタ、実の妹を手にかけようとしたって噂……ホントか?」
「なんですって!?フリーシアさん、それと領地分譲の件、何か関係があるのではないですか?」
なるほど、その件に関してですか。……職員の方々には、知っておいていただいだ方が良いですわね。
私はカデメイア家から追放された事の顛末を、包み隠さず話した。勿論、飽くまで私の視点で語っていることを付け加えて。
「……お話はよく分かりました。フリーシアさん、いえフリーシア先生は幼少の頃から何事も正々堂々と勝負をつけなければ気が済まない性分でありましたから、そのような闇討ちじみたことはなさらないでしょう。何者かが手引きしていると考えて間違いなさそうですね」
私の無実を信じてくれなかったらどうしようかとも思いましたが、マミヤ先生はよく私を見てくださっていた方。
「信用してくださって嬉しいですわ、マミヤ先生。この学校を創設し、かの王立学校を凌ぐ優れた学校にすることは、無実の私を追い出したカデメイア家への復讐でもあるのです。」
「なるほど。馬鹿馬鹿しいが、同時に清々しいまでに正面切った復讐の仕方だ。どうやら噂はデマらしい。疑って悪かった」
カレンさんが素直に頭を垂れる。良かった、彼女にもわかってもらえたみたいだ。
「アタシはカレン・アルカンタレラ・アリザリン。古代魔術と錬金術の研究してました。国の遺跡調査機関で研究職してたんだけど、ポカやらかしてクビになっちまって……プー太郎してたら、知り合いだったマミヤさんに教員に誘われたってワケ。マミヤさんからは、歴史と錬金術の授業を担当するよう仰せつかっている。よろしく」
「まぁ!アリザリン男爵のご息女が我が校の教壇に立って下さるなんて、とても光栄ですわ」
私はカレンさんに淑女の礼を執る。
「やや、うわー。アタシ、淑女の礼なんて十何年ぶりに見たわ」
カレンさんは頭をポリポリと搔きながら困った顔をしている。なんですの、貴族の女性であれば日常茶飯事のはず。
「カレンさん。淑女の礼には淑女の礼をもって返していただくのが礼儀ですわよ」
「申し訳ない、長年研究所に籠ってたから貴族社会の流儀が苦手で……それに、アタシ今スカート穿いてないんで。すんません」
「まぁ、それもそうですわね。おほほほ……」
私は手で口元を隠して苦笑する。
「では、俺の方からも自己紹介を。元冒険者で昨日まで接骨院を開いていました!アース・アストンです!よろしくお願いいたします!」
「わ~。アタシよりタッパの高い男も久しぶりに見たわ。すごい日だな……」
げ、元気の良い方ですわね~。声を張り上げられていて耳が痛くなりそうですわ。それに元冒険者で接骨院?なんて変わった方なのかしら。
「……ということでアース先生です。つい一昨日面接に来られたのですが、非常に優秀でしたので即採用しました。彼には魔物学や保健体育、そして養護教員を務めてもらいます」
マミヤ先生も大きな声に辟易しているのだろうか、少し疲れた様子で補足した。
「特殊な経歴をお持ちですわね。よろしければ、詳しく伺っても?」
「もちろんです!といっても、あまり褒められた経歴ではないのですが。俺は元々ゴールドランクの冒険者として、当時恋人だった妻や仲間たちと一緒にたくさんのダンジョンを探索していました」
「ゴールドランク!相当腕の立つ冒険者でしたのね」
「ありがとうございます!……でも、色々失敗が重なって、妻にも大きな怪我をさせてしまって……ケジメをつけるつもりで、冒険者は引退しました。ヒーラー適性のない俺なりに妻の体調を支えてやろうと試行錯誤したのですが、上手くいかなくて。それで先生を目指してみたんです、教えることは好きだったので」
「その美しく深い愛、是非本校の生徒たちにも向けてあげてくださいませ。マミヤ先生、素晴らしい人選ですわ~!」
「ふふ、当然です。……それに、生徒ならアルトくん以外にも一人、村の子どもを勧誘しています。色の良い返事をもらえたので、生徒数も問題ありませんよ」
「マミヤ先生……!」
マ、マミヤ先生が、聖母に見えますわ……!
「猪突猛進な校長先生を補佐するのは、教頭として当然です」
マミヤ先生が不敵に笑ってみせたところで、カレン先生が挙手をした。
「あのー……ところでまだ学校の名前を聞いてないんだよね。なんて名前なの?」
「おーっほっほっほ!よくぞ聞いてくださいましたわ!本日初の職員会議では、学校名の発表もする予定でしたの」
私は職員室の黒板に、でかでかと学校名を書いていく。この世界初の男子校だ。それに相応しい、そして私にぴったりな名前――――!!
「名付けて……“薔薇園学園”ですわ~!!」
我ながら直球だと思っている!意味伝わってないんだろうけど内心恥ずかしいぃぃぃ!!
「なるほど。“真紅の姫君”に違わない、アンタにぴったりの学校名だな、校長先生?」
「うん!華やかで良い名前じゃないですか!俺、グラウンドの整備とかも任されてるんで、ついでに薔薇を植えてみましょうか!ガーデニングとか結構好きなんで楽しみにしておいてください!」
カレン先生とアース先生からは好印象だ。うんうん、文化的にもこれが知る人ぞ知るダブルミーニングだとは絶対に気づかないだろう!というか気づかないでくれ!
アクの強い人達だが、優秀な職員が揃ったことにまず一安心だ。足りない学生もマミヤ先生が補ってくれたし、学校設立が現実的になってきた。
あとで屋敷に届いた手紙と同封されていた入学願書をマミヤ先生に渡しておこう。薔薇園学園、運営開始ですわ!
――――こうして薔薇園学園初の職員会議は幕を閉じた。