第一話 お家追放ですわ!
私は、フリーシア・グリットレーベン・カデメイア。カデメイア家の公爵令嬢にして、本日カデメイア王立魔法学校を主席で卒業する才女。また、見目麗しく可憐にして文武両道。おまけにも一つ容姿端麗!真紅のドレスがトレードマークの、誰もが憧れるまさに才色兼備なグッドルッキングガールですわ!……中身は腐ったOLなんだけど。
私はいたって平凡だったはずなのに、大きな自己肯定感や全能感を感じるし、覚えた記憶もない呪文だって頭に浮かんでくる。本当にフリーシアに転生してしまったようだ。
フリーシア・グリットレーベン・カデメイア。『水晶舞曲-クリスタル・ロンド-』のヒロイン、アスミナ(ちなみにプレイヤー名は変更できますわ!)の腹違いの姉で悲惨な結末を迎える悪役令嬢。……最悪だ。
「でも、私はこのゲームを一度ならず二度も三度もクリアしていますわ。絶対にBADエンドは回避してやりますわ!」
揺れる馬車の中で一人ガッツポーズを決める私。よく設定を思い出せ、自分の生命に関わることなのだから。
フリーシアはこの国の王太子、ルロイの許嫁であった。しかし我儘で悪辣な性格が災いし、王太子殿下は気立てがよくて優しいアスミナに恋をしてしまう。愛を奪われ嫉妬に狂ったフリーシアは、アスミナに陰湿ないじめを仕掛け、ついに手にかけようとまでしてまう。最後には幻滅したルロイ王太子から婚約破棄を申し渡される……というのが粗筋だったはずだ。
「ルロイ様がアスミナに一目惚れするきっかけとなるのがこの卒業式当日。私の卒業後、ルロイ様は私の目がないことを良いことにアスミナに猛アプローチを仕掛けるはずでしたわ。……そこで私が嫉妬してアスミナに悪さをしなければいいだけのこと」
思案していると、学校のすぐそばまで来ていたようだ。
「ルロイ様の浮気の原因も私の奔放さゆえ。卒業後は大人しく花嫁修業に集中して、ルロイ様のご卒業を一年ばかりお待ち申し上げればよいのです。落ち着いた大人の雰囲気を獲得すれば、きっと殿下のお心を取り戻すことができるはず。ふふん、そもそも王太子殿下の正当な婚約者はこの私。下手にアスミナに転生しないでよかったですわー!」
間もなくして馬車が到着すると、なんとルロイ様がお待ちになられていた。在校生たちがルロイ様の周囲を取り囲み、私をエスコートする瞬間を今か今かと心待ちにしている様子。将来の王とその王女、しかも美男美女のカップルですものね。野次馬が集っても仕方ありませんわ!
車窓からルロイ様に微笑みかけ、キャリッジの扉を開ける。
「ルロイ王太子殿下、御機嫌よう。車上からの無礼をお許しください。本日は私の卒業式にお越しくださいまして有難き幸せにございますわ」
私が姿を現した途端、私たちを讃える黄色い声がそこかしこで噴出する。
「見て、“真紅の姫君”よ」
「いつお見かけしてもお美しいわ」
「王太子殿下も凛々しくて素敵!」
私は手をルロイ様に向かって手を伸ばし、降車の手伝いをお願いする。男性は女性の馬車の乗降をエスコートするのがマナーですから。
私が可愛らしく小首をかしげた直後、勢いよく私の手が払いのけられる。
「!?」
驚いてルロイ様に向き直ると、強い憎しみと侮蔑の込められた表情をされていた。
「……自分一人で降りられるだろう、フリーシア。それに今日は貴様の卒業を祝いに来たのではない」
周囲のざわめきに困惑の色が混じりはじめる。私は言われた通り、独りで馬車を降りると、クスクスと嘲笑の声が聞こえてきた。
「このような辱めを受ける謂れはなんでしょう」
私はルロイ様を鋭く睨みつける。
……確かにフリーシアはこれまで奔放な振舞をしてきたのだろう。とはいえ、大衆の面前で貶められる筋合いはない。それにこんなイベント、ストーリーにはなかったはずだ。
「とぼけるな!!」
ルロイ様に一喝され、流石の私も身を竦めてしまう。
「フリーシア。貴様が実の妹であるアスミナを、その手にかけようとしたことはもう分かっている。肉親を殺そうなどと言語道断だ!!」
「なっ!?」
なんですって!?驚きのあまり二の句が継げなくなってしまった。周囲の人間たちにも動揺が走ったようだ、コソコソと陰口を話し始めた。
「私は……」
「おやめください!ルロイ様!」
反論を遮るように、物陰から銀髪の少女がルロイ様を制止するように抱きしめた。その娘は――――
「……アスミナ」
「ルロイ様……」
二人はしばし見つめ合うと、ルロイ様の強張った表情が一変し、柔和な笑顔を浮かべられた。
アスミナ。少し幼げだが可愛らしい顔立ちの少女。タレ目と澄み切った冬の空のように青いシアンブルーの瞳が特徴的で、私とは似ても似つかない。華奢な体躯がそうさせるのか、薄幸な雰囲気を醸している。
私とは対照的だ。
「ルロイ様、どうか姉をお許しください。元はと言えば、アスミナが全て悪いのです。姉の婚約者であるルロイ様を、アスミナが愛してしまったのが悪いのです……」
「アスミナ、それは違う。余の方が先に貴女を愛してしまったのだ。貴女は何も悪くない」
細身な体には不釣り合いな豊かな乳房を、わざとらしく押し付けルロイ様の胸の中で泣くアスミナ。しかもこの女、一人称自分の名前って……。
「アスミナ。貴女、どういうことか説明して頂戴」
一体全体どういうことだ。いまいち状況が飲み込めない。私は毅然とした態度でアスミナに追及した。
「飽くまで白を切るつもりか、フリーシア。良いだろう、余が直々に事件の真相を説明してやる。皆の者も心して聞くが良い!!」
ルロイ様はアスミナをきつく抱きしめながら、ぐるりと周りを見渡した。
「このフリーシア・グリットレーベン・カデメイアは、刺客を雇って実の妹であるアスミナを殺害しようとしたのだ!このような非道、許されるはずがない!!」
「なんですって!?」
私はそんなこと計画していない!それに、万が一計画するとしてもルロイ様とアスミナが恋に落ちる卒業式が終わってからのはず――!?
「る、ルロイ様、アスミナ。貴方たちいつから恋仲に……」
「そんなことは今関係ない!!フリーシア。よく聞け」
荒げた声に私の質問は蔑ろにされ、冷酷な審判が下される。
「――――貴様との婚約を、解消する」
* * * * *
――――その後。騒ぎを聞きつけた職員が介入し、騒ぎは収束されられた。私は頭が真っ白になり、どうやって家に帰ってきたのか、よく覚えていない。シェフィによると卒業式は滞りなく終了したという。そして、私の卒業証書は父が持っているらしい。殺害の嫌疑はその父によって揉み消され、アスミナ本人の意向もあって、よくある身内のゴタゴタが少々大袈裟になっただけだと処理されたようだった。
なぜ、殺害計画が既に練られていたのか。なぜ、ルロイ様は既にアスミナとお付き合いされているのか。原作と全く同じ展開ではないということか?分からないことだらけである。分からないことだらけだけど――――。
ズキン、と胸が痛んだ気がした。アスミナと比べ、だいぶささやかな胸に手を当てる。
「……ルロイ様」
フリーシア。原作じゃ貴女は、高飛車で鼻につく悪役令嬢だったけど。ルロイ様への思いは本物だったのよね。
そのまま暫く横になっていると、ドアが三度ノックされた。上体を起こして扉に声を掛ける。
「よろしくてよ」
「失礼します。……お加減いかがですか、お嬢様」
「……シェフィ。見て分かりませんこと?」
私は膝を抱えて俯きながら、大きなため息を一つ吐いた。
「最悪ですわ」
「心中お察し申し上げます。ですが早急のご用件がございます。億劫でしょうが、ご主人様がお呼びになられておいでです」
「分かりましたわ」
「それでは、失礼いたしました」
「シェフィ」
私は例によって恭しく下がる彼女を呼び止めた。
「……貴女は何も聞かないのですわね」
「私共は屋敷に使える従者に過ぎません。出過ぎたことは致しませんし申し上げもしません」
「フッ、そう」
「ただ」
下げていた頭をゆっくり上げつつ、目線だけは床に落としたままシェフィはこう続けた。
「私共はお嬢様のことを、お転婆でじゃじゃ馬だけれども高潔な方であると思っております」
私は思わず吹き出しそうになる。
「お転婆でじゃじゃ馬ね!あらあら、シェフィ。フフッ、出過ぎたことは申し上げないのではなかったの?」
「……主人を諫めることもまた従者の勤めですので。それでは」
「シェフィ!」
「はい。まだ何か」
「ありがとう」
「いえ、私は何も致しておりませんよ」
シェフィは退室するまで面を上げることはなかったが、彼女の優し気な表情を私は見逃さなかった。
* * * * *
「フリーシア。まずアスミナの殺害を企てたのは本当かね?」
父の部屋に向かうとすぐ、客を応接する際に使われる席へと座らせられた。尋問タイムのスタートですわね。
「いいえ」
「しかし、暗殺のために動かされたのはカデメイア家に代々仕えてきた影衆だ。確認したところ、確かにフリーシアからの手紙であったとのことだぞ」
「筆跡は確認されたのですか?」
「ううむ……それが手元に届いたら証拠が残らないようすぐ燃やしてしまえとの命であったと聞き及んでいる。しかし、筆跡はお前のものに似ていたそうだぞ」
やっぱりきな臭いですわね、この事件。
「そもそも、影衆はカデメイア家に仕えている身です。私の命令ごときで、しかもよりにもよって同じカデメイア家の者を殺せなどという命に従うわけがないと思いますわ。仮にそのような命を下せば、必ず当主の耳に入れるはず」
「お前が次期女王の権威を振りかざし、言うことを聞かねば影衆を王国騎士団をもって皆殺しにすると脅す旨が書かれていたと聞く。……白状したらどうなんだ、フリーシア」
「お父様!!私は誓って妹を殺そうなどと企てはいません!私を陥れようとする誰かの陰謀」
「もういい!!」
私の反論が父の怒号で遮られる。貴族の男どもは怒鳴れば女性の意見を封殺できるとでも思っているのだろうか。
「この件は確かにお前の仕業であると決定づけるには証拠が不十分であることについては認めよう。だがな……」
お父様は机のブランデーを一口、そのまま二口と煽った。ゴトリと音を立ててグラスを置く。
「聞き分けてくれフリーシア。……ルロイ王太子殿下との婚約破棄は了承しておいた」
「代わりにアスミナとの婚約をご所望されたということですか」
「王女が未遂とはいえ人殺しなど前代未聞だ。国家を担う王女は清廉潔白でなければならないのだ」
「私が婚約を破棄されたとしても、アスミナが嫁いでくれればカデメイア家は安泰ですものね」
「フリーシア!」
父が私を庇い立てする気がないことは薄々気が付いていた。私がダメでもアスミナがいる。そしてルロイ様はアスミナを望んでいる。他の公爵家の娘に次期王女の椅子を渡すくらいなら、王太子の気が変わらないうちに私をとっとと切り捨てたほうが家のためだ。
これ以上話を続けたくない。私は席から立ちあがる。
「私はこれで失礼させていただきますわ」
「待てフリーシア!話はまだ終わっていない!」
「これ以上何があるというのですの」
「お前には、このカデメイア家から……出て行ってもらう」
「は?」