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プロローグ

「清水さん、これもお願いね。明日の朝一で提出して」

「……はい」

 先ほど書き上げた書類を提出しに上司のデスクへ行ったら、新たな仕事を押し付けられてしまった。毎日毎日、終わりのない仕事に明け暮れる。

 私、清水知佳は定時過ぎが当たり前の典型的なブラック企業で働いている。今日もこの仕事を終わらせて家に着くころには夜中の11時を過ぎているだろう。だが、無理をしてでも都会へ出た選択に後悔はない。

 実家は祖父の代から教師の家系で、両親には立派な教師になることを切望された。

 でも、息苦しかった。家族への引け目は感じたが、高校を卒業した後は都内で就職をした。自分の生き方くらい、自分で決めたい。

「おい町田ぁ!まだ頼んだ書類上がってきてないんだけど!?」

 突如、上司の叱責が同僚の町田さんに飛ぶ。

「すみません!」

「育休取ったせいで腕が鈍ってるんじゃないの?困るんだよねぇ、ちゃんと復帰してもらわないと」

 薄ら笑いを浮かべながらモラハラをする上司。このオヤジ、見ているだけでむかっ腹が立ってきた。

「あの」

「清水さんまだいたの?何か用?」

「……いえ」

「用がないなら机に戻って!とっとと仕上げる仕上げる!」

 私は()()()()()()()()()()()()とよく知っている。小さく愚かな正義感を押し殺し、私は自分のデスクへ戻った。

 時間を忘れて仕事に打ち込んだ後、時計を見やると10時半を越えていた。

「これでやっと帰れる。あーあ、もうこの仕事やめちゃいたいな」

 会社のオフィスを出て徒歩15分の我が家を目指す。家に帰ったら、何を食べようか。冷蔵庫には何が残っていたっけか。

 ここ最近は夕飯を摂りながらソシャゲのコミュを見るのがマイブームになっている。そして夕飯が済んだらネットサーフィンするか、ツブヤキッターで神絵師のイラストをいいねして……それを繰り返す。我ながら堕落した生活だと思う。仕事辛いからしょうがない。

 そういえば、線画で筆を止めていたイラストがまだ描き終わっていなかった。

「食べ終わったら続きでも描こうかな……」

 私の唯一好きな乙女ゲームに『水晶舞曲-クリスタル・ロンド-』というものがある。当初、乙女ゲーに微塵の興味はなく、フォロワーに強く勧められて初めてプレイしたのだった。これが結構面白くてハマってしまった。登場する男の子同士の湿度の高い人間関係に惹かれたのだった。

 私はこのゲームの五周年記念に向けてイラストを描き始めたのだったが、最近仕事が忙しくちっとも筆が進んでいない。

 考え事をしていたら、いつの間にか交差点が赤から青に変わっていた。

「いかんいかん、ぼうっとするな。頑張れ私~」

 頬を軽く叩き、空元気を出して交差点を渡っていく。刹那、信号を無視して突っ込んできたトラックに、私はぶつかるその瞬間まで気付くことができなかった。


* * * * *

 

「お嬢様、起床なさってください。卒業式に遅れてしまいます」

 瞼越しに柔らかな光を感じる。微睡(まどろ)む中、ゆっくりと覚醒していき身体を起こすと、そこには困り顔のメイドが佇んでいた。なぜメイドが?私はそもそも一人暮らしだし、ワンルームでのささやかな暮らしを送っているはず……。

「今起きますわ、シルフィ。……シルフィ?」

「まだ寝ぼけておられるのですか?早くお召し物を替えましょう、お嬢様。今日は大切なカデメイア王立魔法学校の卒業式。有終の美を飾る大切な式典に、よりにもよってカデメイア家の次期当主が遅刻するなど冗談では済まされません。どうかベッドから降りてお着替えになってくださいまし」

「そ、そうだったわね。ごめんなさい」

 初対面のはずだが、私はこの女性が幼い時分より当家に仕えているメイドのシルフィであることを知っている。なぜだろう。存在しないはずの記憶がふつふつと蘇ってきた。

「フリーシアお嬢様!!」

「起き上がりましたわ~!!」

 私は跳ねるようにして飛び起き、手早く身支度を済ませていく。髪を梳かし、式典用の豪華絢爛な真紅のドレスに袖を通し、仕上げはシェフィに化粧を任せる。

「では、お食事が済む頃合いにお呼びいたします。馬車の準備をさせて参りますので、くれぐれもお早めに」

「ええ。わかりましたわ」

 シェフィは恭しく一礼をして私の部屋から退室していった。……ん?フリーシア?

 私は姿見に駆け寄り、まじまじと自分の顔を見る。ツリ目が少し意地悪そうだが、顔立ちは整っており赤い瞳がキラキラと輝いている。そして髪はブロンドよりも“金髪”という言葉が相応しい、人間離れしているほど美しく豊かな黄金色の髪を、くるくるとサイドに巻いていた。さっきは慌てていて気付かなかったが、間違いない。

「く、『水晶舞曲-クリスタル・ロンド-』のフリーシア・グリットレーベン・カデメイアじゃねぇかぁぁぁっですわぁぁぁ!!!」

 事もあろうに、私は乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた。

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