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第2章20 真意

 久遠は俺とSetoとの関係を断ち切ろうとした。俺たちから拒絶されることで。KERBEROSから戦力外と言われ、俺たちからも拒まれ、どこか違うチームを探すのか。きっと違う。


「久遠。プロ、辞めようと思ってるんだろ?」

「っ!……」

「そういうことかよ」


 久遠は小さく息を呑み、Setoも察したらしい。


「答えられないならもっと簡単な質問にしよう。最近、TB楽しい?」

「……楽しくない…全然楽しくないよ」

「そうか」


 やっぱりな。ようやく観念したのか、久遠は自分の思いを語ってくれた。


「1ヶ月前くらいからかな。TBを起動しようとすると、手が震えるようになった。勝っても安心するだけで、嬉しくもなんともない。周りの評価ばっかり気にして、毎日毎日無理やりマウスを握ってたよ」


 1ヶ月前。ちょうど俺たちがひよりと出会う頃で、ちょうど久遠から連絡が来なくなった頃だ。チームの練習が忙しいんだろうと思ってたけど、ここまで追い込まれてたのか。


「あんなに好きだったはずなのに…あんなに楽しかったはずなのに。好きなことが仕事になれば、こんなに幸せなことはないって思ってた。でもね、全然違ったよ。楠さんにあんなこと言ったけど、大甘なのは僕だった」


 好きだったはずのゲームが嫌いになった。プロゲーマーが引退する理由の一つだ。勝つことを義務付けられて遊びが仕事になったとき、モチベーションを保つことが出来なくなってしまう。

久遠もこれまで数多のプロゲーマーが直面した壁にぶち当たってしまったんだ。


「KERBEROSの代表から出て行ってもいいって言われたとき、こんな状況でもなんとか上手くやれはじめてたから怒りが湧いたけど、同時にホッとした自分もいたんだ。やっと、苦しい日々から抜け出せるって。


そんな時に見ちゃったんだ。楽しそうにTBをやってる君たちをさ。楠さんと新しいチームを組んで、これまでと変わらず活き活きとしてる君たちを見て、羨ましかった。もし、2人が引き留めてくれた時に頷いていれば、楠さんのいる場所に僕がまだいれたのかもしない。


そう思うと、どうしても踏ん切りが付けられなかった。だから本当に…本当に身勝手で申し訳ないけど、2人にこの未練を断ち切ってもらいたかったんだ」

 

 確かに、俺とSetoは久遠を引き留めた。一緒にやろうって。でも、久遠は悲しそうに首を横に振ったんだ。


「楠さんはきっとどうして残らなかったのかって思ってるんだろうね。別に大した理由じゃない。僕の実家は貧乏でさ、お母さんが女手一つで育ててくれた。ただ、無理が祟ってここ数年は体調を崩しがちにしててね。末っ子の僕が早く独り立ちしないとお母さんが楽になれないから、名のあるチームに所属して安心させてあげたかったんだよ」

「そうだったんだ…」

「もちろん、2人が引き留めてくれたのは本当に嬉しかったし、本音を言えば僕の方からお願いしたかった。ただ、あの時の僕は名のあるチームと高い収入に目がくらんでたんだ。それでたった数ヶ月でこのザマさ」

「でもどうして…素直に打ち明けて相談すればきっと」

「出来るわけない! 差し伸べてくれた手を取らなかった僕が、今更どの面下げて相談できるっていうのさ」


 そうだよな。久遠の性格ならそんなことできないよな。


「それにね。3人のことは本当によかったと思ってるんだ。Ragnarok Cupや切り抜きの動画を見た。すっごく感動したよ。楠さんのひたむきな努力がすごく眩しかった。僕が抜けたことでH4Y4T0とSetoにはすごく迷惑をかけてしまったけど、君とならきっとすごくいいチームになる。Rising Leoは君たち3人のチームだ。心の折れた僕がいていい場所じゃない」


 いつしか久遠の口調は穏やかなものになっていた。その声音は俺がかつて聞きなれたもので、やっぱり久遠は何も変わってなんかいなかったと実感する。


「2人から拒まれれば思い残すことなく辞められる。でも、2人は優しいし半端なやり方じゃ気づかれちゃうから、とことん嫌われようと思ったんだ。付き合いの長い2人のことはよく分かってるから、僕が楠さんを無理やりどかそうとすれば、きっとSetoは怒るしH4Y4T0も見限ってくれる、そう思った。誤算は君だよ、楠さん。まさか、君に真っ先に見抜かれるなんて思ってもみなかった」


 久遠の言う通り、途中までは思惑通りに展開していた。焦って元鞘に無理やり戻ろうとしてひよりを追い出そうとする久遠にSetoは怒ったし俺は動揺した。久遠のことをよく知っているからこそ目が曇ってしまった。でも、ひよりには通じなかった。


「あと少しだったのに…結局全部バレちゃった。ははっ、2人には知られたくなかったんだけどなぁ。まぁいいや、打ち明けたら打ち明けたでスッキリしたし」


 久遠は小さく笑みを零しながら、晴れやかな口ぶりを浮かべる。


「プロリーグ、頑張ってね。応援してるから。あと、3人はどうか僕のようにはならないで。それじゃ…」

「久遠、待てよ。まだ話は終わってない」


 何綺麗に纏まりましたみたいな雰囲気出してんだよ。何がスッキリしただよ。もう、逃がさないからな。

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