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異世界旅行代理店  作者: 紙野七
第一章 異世界のへそで多様な文化に触れる。交易都市ウェルデン30日間の旅
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1-54 英雄になりたい

 大通り沿いにあるファミリーレストラン。一階部分はすべて駐車場になっていて、歩道に繋がる階段を上がった二階にある店舗の入り口から店内へと入る。


「いらっしゃいませ~。お好きなお席へどうぞ~」


 お盆に載せたパフェを運びながら、女性の店員がこちらを一瞥して声をかけてきた。


 店内を軽く見回して席を確認する。平日の昼間ということもあって、客はまばらで席はほとんど空いていた。どこに座るか少し悩んだあと、一番奥の窓際にあるボックス席についた。


「ごめんなさい。待たせてしまったかしら」


 ちょうど僕が注文を終えたところで、待ち合わせしていた実玲奈がやってきた。


 当たり前と言えば当たり前だが、向こうの世界で着ていたようなローブ姿ではなく、こちらの世界での私服を着こなしていた。少しトーンの暗い水色のTシャツにタイトめに履いた黒いパンツという姿で、どことなく漂うオフ感にドキッとしてしまう。

 普通の恰好のはずなのに、目のやり場に困って視線を逸らす。火照る顔を必死に隠そうとしている自分が我ながら気持ち悪い。


「いや、僕もさっき来たところ」


 上ずった声でそう答えて、そのまま実玲奈に着席を促す。


 一旦心を落ち着かせる意味も込めて、何か注文してもらおうとメニューを渡した。

 彼女は興味深そうにそのメニューをめくりながら、写真に顔を近づけて一つ一つ見分していった。まだこの世界の食べ物に慣れていないから、物珍しいものが多いようだ。そうしてしばらくメニューとにらめっこして、クリームソーダを注文した。


 しばらくして注文したものが届くと、実玲奈は目の前に置かれたグラスをまじまじと眺めながら恐る恐る口をつける。


「……毒々しい色の割に美味しいわね」


 どうやら食の好みは合ったようだ。よっぽど気に入ったのか、あっという間に飲み干してしまったかと思うと、店員を呼んでもう一度同じものを注文した。


「色々助かったわ。ありがとう」


 夢中で二杯目のクリームソーダを飲み干すと、我に返ったように顔を上げて、何事もなかったかのように話を始めた。


 完全に目の前のクリームソーダに心を奪われていたことを指摘しようかと思ったが、僕も私服姿の実玲奈にしばらく固まってしまっていたので、おあいこというで見なかったことにした。


「実玲奈はお父さんを探すつもりなんだよね?」

「ええ。あの栖原という男も色々と融通を利かせてくれると言っていたから、ひとまずはそれに甘えさせてもらうわ」


 実玲奈はしばらくの間、栖原の元で働きながら、店の近くのアパートで理と二人暮らしをするらしい。昼間は学校に行って、放課後や休日は栖原の手伝いをする。その合間で向こうの世界に戻って、情報収集を行っていくそうだ。


「よかったら、僕にも手伝わせてくれない?」


 それはここ数日ずっと考えていたことだった。

 僕も実玲奈とともに栖原の元で働くこととなり、思いがけずあの世界との繋がりを持ち続けることとなった。しかし、彼女とは違って、僕はあくまでも『旅行者』でしかなく、向こうの世界へ行っても当てもなく観光気分でうろつくことしかできない。

 だから、僕も旅をする目的がほしかった。そうすれば、少しは『旅行者』から異世界に生きる人間に近づける気がした。


 もちろん実玲奈の力になりたいとか、そういう綺麗事を言うこともできる。でもそれは後付けでしかなかった。僕は僕自身があの世界に受容されるための理由を求めていたのだ。


「そんな、私の都合にあなたを巻き込むわけには……」


 唐突な僕の申し出に対し、実玲奈は戸惑う素振りを見せた。彼女からしてみれば、こちらの世界へ避難するお膳立てをされて、挙句自分の父親探しまで手伝うと言われているのだから、遠慮するのも当然だろう。

 本心をすべて曝け出してしまってもよかったが、それを上手く伝えられる気がしなかった。そこで少し考えて、思いついた馬鹿げたことを口にする。


「英雄になりたいんだ」


 実玲奈は僕の言葉が理解できないというように、何も言わず首をかしげる。


「誰かを助けて、感謝される。そういうことに憧れているってことに気付いた。クロウジアでミレナやオサム、それにゲベルたちを助けて、すごく充実した気分だった。今まで生きていて、あんなにも自分の生を実感したことはなかった。だから誰かを助けて、感謝されて、そんな英雄みたいな人間になりたい」


 ちょうど僕と同じ力を持っていたという、勇者ソウハのように。


「そのために、まずは実玲奈のことから助けたいんだ」


 目の前にいる人を助ける。まずはそこから挑戦してみたい。


「英雄、ね。絵人にはずいぶん似合わない言葉だけれど」


 そう言って実玲奈はおかしそうに笑った。そのとき初めてずっと硬い氷に包まれていた彼女の心がわずかに溶けて素顔を見せてくれたような気がした。


「ありがとう」


 ぽつりとお礼の言葉を呟くと、恥ずかしそうにストローを口にくわえて氷が溶けて薄まったメロンソーダをすすった。


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