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異世界旅行代理店  作者: 紙野七
第一章 異世界のへそで多様な文化に触れる。交易都市ウェルデン30日間の旅
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1-49 異世界旅行の楽しみ方

「行くわよ」


 外に向かったマンティコアを追いかけようと、ミレナは打ちひしがれてうなだれる僕の腕を取った。何とか立ち上がるが、心は完全に折れてしまっていて、もう一度あの化け物の前に立ち向かおうという気になれなかった。


「急がないと、人が死ぬ」


 そんな無様な僕を見て、ミレナは戒めるように言った。


「無理だ、勝てるはずがない……」


 僕は勝手に強くなったと過信していた。少しくらい戦えるようになっただけで、いつの間にかまるで物語の主人公にでもなった気分に浸ってしまっていた。

 いつもこの繰り返しだ。少し成功して、調子に乗って、失敗する。いつまで経っても学習しない。元の世界でも異世界でも、何ら変わりはしない。


「あの竜を出して」


 唐突に俯いていた顔を掴まれる。目の前で僕を見つめるミレナの瞳はまだ全く諦めていなかった。


「あの竜なら、マンティコアにも勝てるわ」

「でも、それは……」


 あの竜。僕が一番初めに『創作』した《エルマー》ならば、確かにあの化け物にも対抗できるかもしれない。


 もし、呼び出すことができたなら。


 しかし、それは無理な話だった。


 あれからミレナとの特訓の中で、何度も《エルマー》を呼び出そうとしてみた。『外部記憶手記』に設定を書いて、あの時の感覚を思い出しながら何度も試した。


「わかっているわ。あなたは結局一度もあの竜を呼び出せなかった」


 そう。何度やってもダメだった。《あらしのよるに》や他の召喚獣は上手くいっても、《エルマー》だけはどうしても呼び出すことができなかった。


「いってえ……」

「カジ! 大丈夫!?」


 折り重なっていた瓦礫が大きな音を立てて崩れたかと思うと、中から傷だらけのカジが姿を現した。


「ああ、何とかな……。それで、あいつは?」

「外に逃げられたわ。早く追わないと、被害が大きくなる」


 見るからにダメージを負っているはずなのに、カジは全く諦めていなかった。それどころか、すぐに状況を確認して、二人は僕を挟んで今後についてのやり取りを始めた。


「私とカジで隙を作って、エトの竜に一撃で仕留めてもらう。おそらくそれが一番確実だわ」

「なるほどな。そういうことなら任せてくれ。今度は簡単にはやられねえ」


 僕にはわからなかった。なんで二人はこの状況でもまだ立ち上がって戦おうとするのか。


「……二人は怖くないの?」


 頭に浮かんだ疑問がぽつりと口からこぼれる。


「怖い、ねえ……」


 カジは少し考えるような素振りを見せたあと、いつもよりも落ち着いた声でその質問に答えた。


「怖いって言うなら、俺はここで尻尾を撒いて逃げ出す方が怖いね。そりゃ知らんぷりして逃げて、元の世界で普通の生活に戻ることだってできる。元々この国の奴らだって、何も知らない赤の他人だ。自分の命が惜しくて見捨てても、バチは当たらんだろうよ」


「それなら……」


「でもわかるんだよ。もしここで逃げたら、頭の片隅に一生このことが残っちまう。これからどんなに楽しい日があったって、一日の終わりに目を瞑ったら、手当してくれた街の奴らの顔が浮かんじまう。それが怖くて仕方ねえ」


 カジの言っていることはよく理解できた。実際今だって、僕の脳裏にはゲベルやストルツァ、それに街の人々の顔がずっとこびりついていた。


「……それでも怖いんだ。怖くて、全身が震えて、足が前に進まない。また戦うことを考えるだけで、息の吸い方がわからなくなる。そんな僕に一体何ができるって言うんだ……」


 悔しくて仕方がなかった。僕に力があれば……。いや、それも言い訳で、僕はただ臆病なだけだ。カジもミレナも、自分が敵わないかもしれないとわかっている上で、戦おうとしている。それなのに、僕は自分の無力を言い訳にして逃げようとしているんだ。


「そりゃそうだろ」


 僕の言葉を聞いたカジはあっけらかんとした声で言った。


「平和な日本国で自堕落な生活を送ってた俺たちが、いきなり命懸けで戦え、なんて言われたら怖いに決まってる。その証拠に、俺だって怖くて震えが止まらねえんだ」


 顔の前に差し出されたカジの手を見ると、僕と同じように震えていた。


「でもこの怖さこそ、楽しさなんじゃねえのか? 旅には危険がつきものだろ。未知の場所での未知の体験を前に、恐怖と興奮の入り混じった感情に胸を躍らせることこそ、旅の醍醐味。大丈夫、たぶん死にゃしないさ」


 そうか。怖いことは、悪いことじゃないのか。むしろこの恐怖さえ楽しむことができたら、それこそこの異世界が楽しくなる。 


「楽しもうぜ、『異世界旅行』を」


 差し伸べられた手を取り、もう一度立ち上がる。


 まだ震えは止まらないけれど、これはきっと武者震いだ。

 僕はようやくこの旅行の楽しみ方が分かった気がした。

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