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異世界旅行代理店  作者: 紙野七
第一章 異世界のへそで多様な文化に触れる。交易都市ウェルデン30日間の旅
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1-3 到着

 青い空、白い雲。暖かな土の香りが鼻をくすぐり、歌うような小鳥たちのさえずりが、優しい風とともに耳元を通り過ぎていく。

 激しい光に包まれたあと、目を開くと僕は森の中にいた。


「皆様、お疲れ様でした。無事到着いたしました」


 声の方を振り返ると、スーツ姿の栖原が立っていた。焦点が定まらず視界がぼやけたままだったが、辺りをぐるりと見回すと、先ほど部屋にいた他の人たちもみんないるようだった。僕と同じように強い光に目をやられたのか、一様に眩しそうな顔で目をこすっている。


「おい、こんな森の中に飛ばされるなんて聞いていないが」


 僕の隣にいた男が不機嫌そうな声を上げる。年齢は五十代くらいだろうか。かなり恰幅がいいが、身長は僕より少し小さいくらいだった。隣に二十代くらいの若い女性を連れていて、ステレオタイプなおじさんを演じてくれているようだった、


「その恰好……」


 何より気になったのは、彼の恰好だった。胸元には黒く光る鉄の胴当てが巻かれていて、頭には牛ような角が生えた兜を被っていた。言うなれば、ファンタジー世界に出てくるキャラクターのコスプレをしているようで、様になっているのがおかしくてつい吹き出しそうになる。


「お、わかるかね、この素晴らしさが! 何と言っても、今回は最高級オプションを付けておるからな! 防具はすべて希少な黒炎鉄を使い、上から対魔加工も施してある。兜には牛鬼の角をあしらい、威厳ある仕上がりにしているのだよ。そして、極めつけはこれだ」

 彼は背負っていた大きな金槌に手をかける。そして、そのまま勢いよく地面に向かってそれを叩きつけた。


 大きな音とともに地響きが身体を伝わり、あまりの迫力にのけぞって後ろに尻もちをついて倒れ込んだ。目の前に立ち上る土煙を眺めながら、何が起こったのかを理解できず呆然とすることしかできなかった。


「この『大地の鉄槌』があれば、私に逆らう者もおるまい」


 金槌が振り下ろされたところには、まるで隕石でも落ちたような巨大な穴が開いていた。これをあんなただのおじさんがやったなんて、到底信じられなかった。


「おやおや、ゴンダさん困りますよ。この方は今回が初参加なので、あまり驚かせないであげてください」


 腰が抜けたまま動けないでいる僕を栖原が抱きかかえて起こしてくれた。彼はもちろん、周囲にいる他の人たちも、今目の前で起きた出来事に驚いている様子はない。


「ふんっ。この程度で腰を抜かしているようじゃ、その辺で野垂死ぬのが関の山だろうな」


 ゴンダは地面に食い込んだ巨大な金槌を片手で軽々と扱い、こびりついた土を払うようにぐるぐると振り回してから背中に仕舞った。たるんでいるように見えるあの身体も、本当は鍛え上げられた筋肉の塊なのだろうか。


「それよりここはどこなんだ」

「ここは目的地であるウェルデンの郊外にある森の中です」

「そんなことは見ればわかる。何故こんなところに飛ばしたのかと聞いている」


 何やらゴンダと栖原が揉め始めた。苛立つ様子のゴンダは今にも手が出そうで、あの金槌で栖原を叩き潰すのではないかと不安になる。

 しかし、そんなことよりもとにかく僕は今置かれている状況が知りたかった。僕は恐怖を押し殺しながら、言い合う二人の間に入って栖原に尋ねる。


「あの、ここは一体……?」


 さっきまでは確かにあの球体がある部屋にいたはずだった。少なくとも、こんな森に来た覚えはない。

 仮想現実、にしてはリアルすぎる世界だった。かと言って、幻覚にしては五感すべてが鮮明だ。まさか瞬間移動したわけはないだろうし、気絶でもしている間に知らない場所へ連れてこられたのだろうか。


「ここはあなた方が普段暮らしている世界とは全く異なる世界。いわゆる『異世界』と呼ばれる場所になります」

「異世界? それって、アニメとかでよくある……?」


 ふざけているのかと思ったが、栖原の顔はいたって真面目だった。隣のゴンダもそれを聞いて驚く様子はなく、むしろ何故そんなことを聞いているのかと僕の方を不審な目で見つめていた。


「当店『異世界旅行代理店』は皆様をこの世界に転移し、異世界旅行を楽しんでいただくプランをご提供しております。今回の『異世界のへそで多様な文化に触れる。交易都市ウェルデン三十日間の旅』はその中でも人気プランの一つですね」

「何を言ってるんですか? 異世界? 転移?」

「はい。浮村様は異世界に転移し、これから三十日間をこちらの世界で過ごしていただくのです」


 訳が分からず、眩暈で倒れそうだった。異世界転移なんて、そんな馬鹿な話があるわけがない。やはり夢でも見ているのだろうか。試しに頬をつねってみるが、きちんと痛みを感じた。


「今回の目的地であるウェルデンはここから二十キロほど離れた場所にあります。本来であれば街の中に皆様をお連れするのですが、ウェルデンは街への出入りが非常に厳しく管理されておりまして、入場記録のない者が街を出ようとすると、不審人物として捕まってしまう恐れがあるのです。ですので、皆様はこうして街の外に転移してきて、街の中に入るところから旅を始めていただきます」

「全く面倒なツアーだな。こっちは大金払ってるんだ、何とかならなかったのか」

「申し訳ございません。ですが、こうして自然の中を歩いていくというのもこの世界の醍醐味ですから、そこも含めて楽しんでいただければ」


 ゴンダは不満を顔に浮かべながらも、それ以上口を挟むことはしなかった。他の参加者たちからも質問等はなく、状況が呑み込めていないのは僕だけらしかった。


「この森を真っすぐ抜けていけばそのまま街の正門に辿り着きますので、迷子になることはないかと思います。この辺りは少し街から離れていますので、それなりに強い魔物が出ることもありますが、今私が立っているこの場所から街までは魔物が入らぬよう結界が張ってあります。もしもこの結界の外へ出る場合は、命の保証は出来かねますのでご了承ください」


「そこのルーキーは知らんが、私にはそんな小細工などいらんよ。魔物風情など、自力で粉砕してくれるわ」


 ゴンダは僕の方を嘲るような目で一瞥したあと、連れの女性の手を引いて、大股で栖原の横を通り過ぎる。そしてそのまま街とは逆方向へ歩みを進めていった。


「困ったお客様ですね……」


 呆れた様子でゴンダを見送ったあと、栖原は仕切り直すように手を叩いてこちらに向き直る。


「それではご質問がなければここからは自由行動とさせていただきます。帰りは三十日後の正午、この場所に集まっていただくようお願いいたします。くれぐれも、遅れないようにだけご注意ください」


 最後にそれだけ言い残し、彼はまるで煙のように音もなく消えてしまった。

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