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異世界旅行代理店  作者: 紙野七
第一章 異世界のへそで多様な文化に触れる。交易都市ウェルデン30日間の旅
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1-26 脱出作戦②

「おーい、そこの門番さんよ」


 カジが牢の隙間から顔を覗かせ、少し離れたところにいる衛兵に声をかける。


「静かにしてろ」


 めんどくさそうな様子でこちらを向いたところで、フェルのおかげで自由になっていた両手を敢えて見せびらかした。


「なっ! お前どうやって……」


 手錠が外れていることに気付き、衛兵が慌ててこちらに走ってきた。


「ここの鍵、開けてもらえんかね?」


 目の前で唖然とした表情を見せる相手に対して、カジは牢の錠を指さして挑発するように言う。


「おいおい、なんだぁ? ずいぶん騒がしいじゃねえか。せっかく仕事をサボって昼寝してたってのによぉ」


 廊下の先から野太い声が聞こえてきたかと思うと、大きな影に覆われて視界が暗くなる。その影とともに現れたのは、天井に頭が付くほどの大男だった。


「……彼が警備隊長のチャブレです」


 どうやらもう一人いた衛兵が異変を伝えて呼んできたようだった。


「隊長。こいつがいつの間にか手錠を……」


彼がやってきた途端、衛兵たちの動揺が落ち着き、表情に安堵が浮かんだ。明らかに一人だけ他の衛兵とは違う異様な雰囲気を醸し出している。

 背丈は僕の一.五倍はありそうで、さほど高くない天井とはいえ、窮屈そうに少し首をかがめている。さらに、熊のように丸みのある体躯のせいで、地べたに座る僕たちから見ると遠近感が狂うほど大きく感じる。


「こりゃ困ったねえ……」


 野球のグローブをはめているのかと思うほど大きな手で顔を覆いながら、こちらの方を見向きもせずにあくびをする。僕たちが逃げてしまうとか、そんなことは考えてもいない様子だった。それくらい自分の力に自信があるということか。


「おい、熊野郎」


 カジはそんな大男に全く臆することなく、挑発的な口調で呼びかける。

 そして、声に反応して顔をこちらに向けた瞬間、勢いよく唾を吐き出して、見事鼻の頭辺りに命中させた。


「てめえ、ずいぶんと馬鹿にしてくれるじゃねえかよぉ……」


 先ほどまでの余裕ぶった態度が一瞬で消えて、怒りに満ちた表情に変わった。顔は真っ赤に上気し、わかりやすく眉間の辺りに血管が浮かび上がっている。顔にかかった唾を右手で拭い去ると、そのまま思い切り牢の壁を叩いた。


「お前らは商品だからなぁ。この場で殺しちまえないのが残念だが、多少傷物になるくらいなら許してくれるだろうよぉ……」

「やれるもんならやってみな。お前みたいなへなちょこのパンチじゃ、傷一つつかねえと思うがな」


 さらに重ねて煽るカジをわざと無視して、チャブレは鍵を開け、腰をかがめて牢の中に足を踏み入れる。全身を強張らせながら、一連の動作をゆっくりと行う彼からは、とてつもない緊迫感が漂っていた。ちょうど静まり返った空間に、床を踏みしめる湿った音が響き渡る。


 次の瞬間、激しい音がして、カジがぐったりと床に倒れ込んでいた。壁にぶつけたのか、頭から血が流れ出している。全く視界に捉えることができなかったが、チャブレの拳がカジの身体を吹き飛ばしたようだった。


 慌てて駆け寄ろうとしたところ僕を、フェルが無言で制止した。


「さっきまでの威勢はどうしたぁ?」


 無抵抗のカジに対し、何度も身体を起こしては殴り、蹴り上げては、殴り飛ばす。


「どうして止めるの!?」

「あなたまでやられてしまっては意味がない」


 そんなことを言われても、目の前でやられているカジを見過ごすわけにはいかなかった。


「やめろ!」


 チャブレに向かって駆け寄ろうとする。しかし、脱出作戦を気取られないために、手錠を再び付け直していたので、その鎖に阻まれて彼のところまで身体が届かなかった。


「うるせえな、どいてな」


 彼の方から近づいてきたかと思うと、そのまま拳が顔面に飛んできて、衝撃で床に倒れ込んだ。


「二度と調子に乗らねえように、鎖で全身縛っとけ。牢の鍵もちゃんと閉めとけよ」


 そして、彼は殴り飽きたといった様子で、部下に吐き捨てるように指示をして、そのまま牢の外に出て立ち去ろうとする。


 せめて『唯能』が使えれば……。そう思い、必死に魔力を練ろうとするが、殴られた痛みと何とかしなければという焦り、そして両手の自由がないせいで、上手く集中することができない。


「お待ちください! 私はこの人たちの仲間ではないんです! どうか、私だけでも出していただけないでしょうか……」


 突然、フェルが立ち上がり、チャブレにすり寄るように近づいて、そんなことを口にした。


「な、何を言って……!」


 痛みでぼやける視界の中、声のする方に目を向けると、まるで物乞いのようにみっともない姿で、チャブレの裾を引っ張っていた。


 ――まさか、僕たちを出汁にして、自分だけ助かろうとしているのか……?


 よくよく考えてみれば、彼に僕たちを助ける義理なんてない。むしろ、面倒なことに巻き込まれたと思っていてもおかしくなかった。そもそもあんなに優しくしてくれて、この街まで案内してくれたこと自体、何か裏があったのかもしれない。


「おうおう、可哀想にな。だが、残念ながら、俺にはお前さんを出してやるメリットがねえんだなぁ」


 そう言って、チャブレは縋りつく手を振り払うと、ポケットから取り出した鍵を手で弄びながら、鼻歌交じりに去っていった。

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