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異世界旅行代理店  作者: 紙野七
第一章 異世界のへそで多様な文化に触れる。交易都市ウェルデン30日間の旅
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1-18 あらしのよるに

「このまま行けば、あと二、三日でクロウジアまで辿り着けそうですね」


 出発してから数日は特に何事もなく順調に歩みを進めることができた。

フェルの持っていた馬車のおかげで歩く必要もなく、かなり楽な旅路だった。


 特にやることもないので、移動中はほとんどミレナの特訓を受けていた。馬車の中ではひたすら集中して魔力操作の精度を上げ、休憩地点など停車するタイミングで『唯能』の練度を上げていく。


 すでにある程度能力の特性がわかってきたので、今度は実用性を高めていくことが目標となった。そのためには色々なパターンを試すよりも、まず一つ確実に創り出せる存在を生み出すことが必要だった。


 ミレナと話し合った結果、《エルマー》のときと同じように、過去の空想から召喚獣を組み上げていくのがよいということになった。戦闘時は不測の事態にも対応しなくてはならず、無意識下で如何に召喚獣の行動を想像できるかが重要になる。なので、自分の中に刷り込まれている存在の方が操りやすいだろうということらしい。


「まさかこんな形で黒歴史を掘り返すことになるとは……」


 僕はもう十年以上前に描いていた漫画を思い出しながら、都合のよさそうなものを探す。


「基本的には質量に比例して召喚に消費する魔力も大きくなるから、サイズはあまり大きくしすぎないように。あとは、召喚獣自体が持つ魔力量も関係してくるから、複雑な能力や高位の魔法を使うような設定は避けた方がいいわ」


 ミレナに言われた条件に当てはめて考えた末、ようやく僕は自分の黒歴史の中から一つを召喚獣に決めた。


 当時の設定を引き継ぎつつ、細かい部分を補完して、詳細を固めていく。細かい設定は忘れてしまうといけないので、『外部記憶手記』に書き記してすぐに情報を引き出すことができるようにしておいた。


「それにしても、これを渡してくるなんて、まるで僕の能力を予見していたみたいだな……」


 最初は使い時に困るマイナーアイテムだと思っていたものが、こんなにも自分の能力と合致するのは不自然だった。しかし、カジの話によれば、旅行の主催者側である栖原と言えど、個々人の能力は現地に行って本人が試してみるまでわからないものらしい。できすぎた偶然の気持ち悪さはぬぐい切れなかったが、使えるものは使うのがよいだろうと無理矢理納得した。


 そうして無事に設定も決め終えて、あとは実戦形式で試してみることになった。


「本気でかかってきなさい」


 暗い夜の森の中で、僕はミレナと対峙する。彼女が相手ならば、不足はないだろう。

右手に持つ杖の先端にある青色の水晶が月の光を反射していた。僕は汗の滲む手を握り込み、乾いた唇をぎゅっと結ぶ。そして、ゆっくりと瞼を閉じて、身体の奥底から魔力を練り上げていく。


「《あらしのよるに》」


 周囲に広がる夜の闇を塗りつぶす黒い影が現れた。真っ黒に染まった毛並みを逆立てる狼が、荒い息を立てながら、鋭い眼光をミレナの方に向けている。その狼はゆっくりと闇の中に溶けていくと、まるで元から何も存在していなかったかのように静まり返り、沈黙が張りつめた空気を支配した。


 僕とミレナは膠着状態を保ったまま、その場を動かなかった。息を止め、互いに機会をうかがう。


 その均衡が破れたのは一瞬だった。


 彼女の後方でわずかに草木が揺れ、小さな音を立てた。小鳥の足音ほどの微かな振動音。神経を研ぎ澄ませていなければ気付かないほどの音に、彼女は反射的にコンマ数秒だけ意識を向けた。

 

 僕はその好機を見逃さない。小さな針穴を縫うように、その突破口へ攻勢を仕掛ける。


 闇夜に紛れていた影が空気を裂いて勢いよく彼女に向かって飛び出した。


「勝った……!」


 僕が創り出した《あらしのよるに》は、暗闇の中であれば、魔力感知もできないほど完璧な潜行を可能にする。一度闇に潜んだその姿を捉えることは、彼女にとっても容易ではないはずだった。


 一瞬の隙さえ見つけられれば、こちらからの攻撃に対応することはできない。だから僕はその時をじっと堪えて待っていた。


 彼女を貫いた攻撃が地面を削り、土煙が舞い上がる。手加減する余裕などなかったが、少々やりすぎだっただろうか。


 しかし、そんなことが頭をよぎってすぐに、如何に馬鹿げた心配だったかということに気付かされる。


「狙いはよかったわ。残念ながら、あと五歩足りなかったけれど」


 首筋にひんやりと冷たい感触があった。視線の先には、何もない地面に爪を突き立てる《あらしのよるに》の姿があった。そこにいるはずのミレナの姿はない。


 静かに首を回して後ろを確認すると、傷一つないミレナが僕に杖を突き立てていた。


「この世界では自分を過信することが一番の命取り。仕留めたと思っても気を緩めないことね」


 そう言って彼女は冷酷にも、杖の先で魔力を破裂させ、僕の身体を思い切り吹き飛ばした。


「だからって、何も教え子をちゃんと仕留めなくても……」


 木の幹にぶつかったことで遠くに飛ばされずに済んだものの、激しい痛みで呼吸もままならない。何とか仰向けになって、せめてもの悪態を吐いてみたが、彼女はまるで悪びれる様子もなかった。


「身体で覚える方が早いでしょう?」


 僕を見下ろす目はひどく冷たい。一応、命の恩人ということだったはずだが、そのことは忘れてしまったのだろうか……。


「ずいぶんなやられようだな。でもだいぶ『唯能』は使えるようになったんじゃねえか?」


 野次馬のような顔でカジが様子を見に来た。どうやら僕がボコボコにされているのが面白いらしく、ニヤニヤと倒れた僕を眺めている。


 実際、先ほど創り出した《あらしのよるに》はかなり安定させることができていた。一人で特訓していたときもある程度の自由度を持って動かすことができたし、実戦でも、ミレナには通用しなかったとはいえ、十分にその能力は発揮できていただろう。


「とりあえずこれからはその子をもっと上手く扱えるようにしつつ、戦い方のバリエーションを増やすためにも、他の子も創り出せるようにしていく必要があるわね」

「先は長い、ってことですね……」

「まずは私にかすり傷の一つくらい入れられないと話にならないでしょう」


 突然能力が覚醒しても、アニメのようにいきなり無双状態というわけにはいかないらしい。結局、何事も地道な努力が必要ということか。


 緊張の糸が解けたのか、痛みと疲労が全身に覆いかぶさり、倒れ込んだまま僕の意識はそこで途切れた。

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