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異世界旅行代理店  作者: 紙野七
第一章 異世界のへそで多様な文化に触れる。交易都市ウェルデン30日間の旅
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1-9 異世界の楽しみ方

 次の日。カジは面白い場所へ行くと言って僕を連れ出した。


 かなり険しい山道を抜け、森の奥へと進んでいく。出会う魔物も軽々と倒すカジの後ろ姿を追いかけながら、僕は足手まといにならないようについていくのがやっとだった。


「すごいな……」


 安全が保障されていないこの世界で、こんなにも逞しく生きる彼が羨ましかった。


 僕は昔からずっとそうだ。何をやっても人並み以下で、気付けばがんばることも諦めてしまった。輝いて生きる人たちを横目に、勝手に自分とは別の世界だと目をそらして、隅の方に縮こまって息をひそめて生きてきた。

 だから、僕は本を読むのが好きだった。一人でひっそりと文字に向き合い、その中に広がる無限の世界に没頭した。そして、想像するのだ。もしもこの世界に僕も入ることができたなら、と。


 しかし、結局こうして異世界にやってきても、結局何も変わらない。

 そんなのは当たり前だ。たとえ世界が変わっても、僕自身は何も変わっていないのだから。


「カジはさ、なんで異世界に来たの?」


 ふと思いついて、そんな質問を投げかけたのは、きっと納得するためだったと思う。彼が自分とは違う世界の人間だと知って、諦める理由を作りたかった。


「そうだな……。面白い話でもないが、いいか?


 少し躊躇う様子を見せたが、彼は語り始めた。


「俺は運がよかったんだ」

「運?」

「ああ。友達に習って何となく初めてみた投資が成功してさ。どうやら俺にはその類の才能があったみたいで、あれよあれよと金が増えていった。会社も建てて、大きくなって、数年でただのサラリーマンだったのが、大金持ちの社長になっちまった」

「え、カジって社長だったの?」


 正直な話、見た目からは社長のイメージが全く湧かないので意外だった。どちらかというと、プータローと言われた方がしっくりくる。しかしよく考えれば、とんでもない金額のかかる異世界旅行に何度も参加しているというのだから、お金があるのは当然だろう。


「まあお前の言う通り、柄じゃねえよ。自分でもよくわかんないまま今の立場になってた。金は使いきれないくらいになって、欲しいものは大概手に入るようになった。でもよ、そこが問題だったんだ」


「僕はろくにバイトもしてない貧乏学生だから、正直想像つかないな……。お金があって困ることがあるの?」

「困ることだらけさ。金なんてあってもいいことなんかない」


 彼は吐き捨てるように言った。


「何より困ったのは人間関係だった。金を持つようになってからは、色んな人がすり寄ってくるようになった。みんな俺の後ろに大量に積まれた紙切れ目当て。逆に、昔からの友人とは勝手に気を遣ってきて、少しずつ離れていった。まるで全く別の世界に行っちまったみたいな目で俺を見てきたよ」


 僕もそちら側の人間だから気持ちはよくわかる。きっと同じ立場だったなら、僕も彼の元を離れたのではないだろうか。


「俺自身は何も変わってない。でもそれはなかなか伝わらなかった。そうやって人間関係が崩れていくと、今度は俺の方がおかしくなってきちまった。誰も彼も、俺を見てない。俺の金しか見てないんじゃないかって、そう思うようになったんだ」

「そんなこと……」


 あまりにネガティブに考えすぎだ。ただ、それほどまでに彼が追い詰められていたということだろう。孤独は人をより孤独にする。


「気付けば、俺の周りには誰もいなくなっていた。友達も、恋人も、家族も。残ったのは愛想笑いを向ける能面のような奴らだけで、俺はすべてに嫌気が差して、仕事を放り出して逃げた。幸い、金は山ほどあったからな。当分は何もしなくても生きていける」


 彼はわざと明るく振舞いながら、そう言って自嘲気味に笑う。プータローという見立ては、あながち間違っていなかったということか。


 語っている間、彼はずっと山道を上る歩みを止めず、あえてこちらを向こうとしなかった。しかし、後ろ姿を見るだけでも、その苦痛と悲しみを感じ取ることができた。


「そんなとき、あの店を見つけたんだ。異世界に連れていく、なんて触れ込み、最初は胡散臭いと思ったよ。でもあんまりに暇だったから、試しに参加してみることにした」

「それで初めてこの世界に?」

「そうだ。正直驚きすぎて、着いた途端に栖原の野郎に掴みかかった。なんだここは。こんなわけのわからんところに飛ばされるなんて聞いてない、と」

「カジのときもそんな感じだったんだ……」


「しかもあの野郎、それに対して「でもあなたはどこか違う世界に逃げたかったのでは?」なんて、表情も変えずにわかったような口を聞きやがった」


 どうやらあの人は顧客に対する説明責任という概念を持っていないらしい。それでよく店が成り立っていると不思議に思うが、逆にそれくらい不遜な態度でないと、こんな浮世離れしたビジネスはやっていけないのかもしれない。


「結局は払った金の分は満喫してやろうと思って、色々とこの世界を見て回った。ただ悔しいことに、この世界はすべてのものが刺激的だった。そして、俺は気付いたんだ」


 長い道のりを経て、ようやく薄暗い森を抜けた。その先で彼は立ち止まり、こちらを振り返った。


 僕も少し遅れて彼に追いついた。そして、歩き疲れて息が上がっているのを整えながら、彼に促されて顔を上げた。


「これは……」


 目の前に広がっていたのは、どこまでも続く雄大な自然の風景だった。眼下に広がる草原と、その奥に悠然と連なる山々。雲一つない澄み切った空との対比は非現実的なほど見事な美しさを携えていて、眺めているだけで心が吸い込まれてしまうそうな魅力があった。


 遠くの方には高い壁に囲まれたウェルデンの街が見える。あんなにも活気に溢れた街も、こうして大きな風景の中に飲み込まれてしまうと、より鮮やかな色が映えるための仕掛けに過ぎない。


 ちょうど僕たちがいる山の麓には一台の馬車が走っていた。たくさんの積み荷を積んだあの馬車は一体どこへ向かうのだろう。こんなにも美しい風景の中で、確かに人間の営みが続いていることが少し不思議で、滑稽に思えた。


「この世界は自由だった。この世界なら、何にも縛られず、自分が自分でいられる」


 彼の言葉は力強かった。そしてこの風景こそが、彼が感じたものを証明している。


「僕も見つけられるかな、自分ってものを」


「見つかるに決まってるさ。なんてったってここは異世界だぜ? 剣も魔法もある、何でもありなファンタジー世界だからな」

「そうだね」


 心に引っかかっていた枷が外れて、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。


「何も魔物と戦って冒険するだけがすべてじゃない。せっかく来たんだから、この世界を目一杯楽しめよ」


 そう言って彼は僕の肩に手を置いた。大きくて無骨なその手の感触に、僕は初めて世界に受け入れてもらうことができたような気がした。

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