湯呑に取っ手が無いのは理由がある
「はい、お茶どうぞ」
そう言って、葵は俺の前に湯呑を置く。
「あっ、ありがとう……ってめっちゃ熱い!」
「もう気を付けてよ。淹れたてなんだから熱いに決まってるでしょ」
「そりゃあそうだけど、まさかここまで熱いとは。……そう言えばどうして湯呑には取っ手が付いていないんだろう?」
「いきなりどうしたの?」
「いや、湯呑に取っ手が付いていたら、別に熱くても飲めるのになって思って。それに今みたいに持って熱いという経験をしなくてもよくなるし」
「でも、その湯呑が持てるようになった時が飲み頃だよ?」
「それは分かってるけど……ちょっと気になっちゃって」
「……人と話す時間」
「えっ?」
「湯呑がぬるくなるまでの間は人と話す時間だって祖母が言ってたの。ほら、人と話とかをしたら時間ってあっという間に過ぎるでしょ?だから湯呑が持てるようになるまでは人と話して待つんだって」
「へぇー、そうなんだ」
「まぁ、これが湯呑の取っ手が無い理由かどうかは分からないけど。でも、この理由何だか温かいよね」
「確かに、良い理由だ」
「でしょ?じゃあ、そういう訳で最近お仕事順調そう?」
「おぉ、いきなりぶっこんで来たね……」
「湯呑が持てるようになるまでまだまだかかりそうだからね」
「そうだな、えーっと、仕事については順調だよ。最近なんかね……」
俺の話す内容に葵は「うんうん」と相槌を打ってくれる。
今この場にはもう温かい空気が流れている。
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「おっ、もう持てるようになってる。いつの間に……」
「結構な時間話し込んだからね。でも全然時間を感じなかったよ」
「俺もだよ。やっぱり人と話すのは楽しいね。恋人なら尚更だ」
俺がそう言うと葵は「うふふ」と嬉しそうに笑う。
「私もだよ。誠と話せてとても楽しかった」
「最近はお互い忙しくてあんまりゆっくり話す機会が無かったからね。今回は良い機会だった」
「またお互いゆっくり時間が取れたら、こういうのしよう!」
「あぁ、そうしよう」
そうして俺は湯呑をズズッと啜る。
「いや、あっつ!」
「え、まだ熱かった?」
「いや、そうじゃなくてただ俺が猫舌なだけ」
「もうー、気を付けてよね」
葵は苦笑いをしながら、そう言う。
俺もこんな自分に苦笑いしか出ない。
でも、お茶は熱くても俺の心はポカポカと温まっていた。
皆さんこんにちわ 御厨カイトです。
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