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幕間5

「おかえりなさい、銀子さん」

 夕方、鋼和美術館の挨拶回りを終えて白野探偵社に戻って来た白野銀子を、助手の藤原優利が出迎えた。

「ただいま。変わりはあった?」

「いえ、特に何も。他の皆さんも今日は事務処理が主だったみたいで、定時になるや、すぐに帰りました」

 そう、と銀子は周囲を見回す。確かにオフィスには銀子と優利しかいない。時計を見れば、定時からすでに二〇分は過ぎていた。

「これ、お土産」

「ありがとうございます」

 カフェでテイクアウトしたコーヒーとクッキーが入った紙袋を優利に手渡すと、オフィスの壁に設置された大画面テレビの電源を入れる。


『――次のニュースは、鋼和市で結婚詐欺師の女性が殺害された事件についてです』


 ちょうど、先日自分たちが請け負った事件が報道されていた。


 多額の金を騙し取られた男性ら四人の手によって、結婚詐欺師・青葉信子は殺害された。

 その後、彼女の共犯者である整形外科医・出目治容疑者を任意同行しようとした捜査官が、自宅で倒れている出目を見付けて病院に搬送した。

 出目は失神していたようで命に別状はなかったが、搬送先の病院で目覚めるや「もう一人の自分が自室にいた」、「ドッペルゲンガーだ」などと酷く錯乱した様子で、出目自身の証言による詳しい調査が難航しているとのことだ。

 その一方で、白野探偵社が提出した青葉信子と出目治の悪事を証明する物的証拠により、一連の事件の容疑者逮捕に繋がったことから、警察側は近く白野探偵社に感謝状を贈る見方を示しているとのことらしい。


「感謝状ですって。今回の件で会社の名前も宣伝できて良かったですね」

「そうね」

 優利の言葉に、そっけなく返す銀子。

 事前に清水刑事あたりから話を聞いていたのだろうか、反応が薄い。

「実は、今日はこの事件についてマスコミからの問い合わせが殺到したんですよ。ずぅっと電話が鳴りっぱなしで大変でした。とりあえず、感謝状を受け取るタイミングで一括して取材に応えるようにスケジュールを調整したので、インタビューで話す内容を考えておいてくださいね」

「…………」

「銀子さん?」

「気に入らないわね」

 苦虫を百万匹嚙み潰したかのような渋面を浮かべる銀子。

「何がです?」

「その有力な証拠も、全部黒沢が用意したやつじゃないっ」

 忌々し気に、そう吐き捨てる。

「貸しのつもりかしら、黒沢のやつ」

「貸しだなんて。ボクが記憶している限り、彼は一言もそんなこと言ってませんよ。それ以前に、向こうはこちらとあまり関わりたくない感じでしたし」

「その割には証拠品を横流ししてくれたわよね。整形外科の情報とか」

「それは偶然手に入れたもので、クロガネサイドには無関係だからでしょう? それならウチに渡した方が無駄がありませんし」

「自分の依頼が終わったのに、わざわざ()()()()()()()()を調達したのも偶然だと言える?」

 工事現場でクロガネと別れた翌朝。

 白野探偵社のポストに、整形手術を受けた松村彩子のカルテ他、USBメモリ――中には出目の自宅PCから抜き出したと思しき有力な証拠データ――が入っていたのだ。

「クロガネがやったという証拠はありませんよ」

「他に誰が居るのよ?」

「それは……解りませんが、ボクらにとっては有力な証拠でしたし、有効活用しない手はないでしょう」

 特に、意図せず入手したカルテは、出目治が青葉信子の共犯者であることを裏付ける決定的な証拠であると同時に、悪質なマスコミなどから松村彩子(依頼人)を守る意味でも、大いに助かったのは事実である。

 現に松村の代理人として先んじて行動できた上に、彼女のプライバシーと個人情報を保護できたのだから。

 そして同時に、白野探偵社の宣伝に繋がったのも大きい。

「何はともあれ、松村さんの依頼を無事に達成できて良かったじゃないですか。彼女も本当に喜んでくれたし、結果オーライですよ」

 件のストーカー事件(あるいはドッペルゲンガー事件)は無事解決という運びになり、松村彩子も元の日常へと戻っていった。

 去り際に見せた彼女の晴れやかな笑顔は、今も忘れられない。

 ふん、と気まずそうに腕を組んでそっぽを向く銀子。

「いずれ黒沢が『白野探偵社は俺が育てた』とか言って、上から目線で師匠面されたら堪らないわ」

「そんなキャラではないと思いますけどねぇ……」

 どうも銀子の中では、ドッペルゲンガー事件を解決に導いたのは自分ではなく、クロガネだと思っているらしい。

 確かに、手柄を譲ってくれたことには違いないが。

「とにかく、いつまでも黒沢にデカい顔をさせておくわけにもいかないわ。今晩、例の怪盗を捕まえて、吠え面かかせてやる」

「負けず嫌いですね」

「まだ負けてないわよっ」

 クロガネサイドは元より勝負をする気などないため、これでは銀子の一人相撲だ。自分で自分を追い込んでしまわないか、優利は不安になる。

「ユーリ、準備の方は?」

「万端です」

「結構。今の内に仮眠をとっておきなさい。相手は幻影紳士とクロガネ探偵事務所、万全の態勢で討ち取るわよ」

「討ち取ったらダメでしょうよ。それに、クロガネは今回味方です」

「味方と思ったことはないわ」

 頑固な人だ。

「あまり根を詰め過ぎないようにしてくださいね。銀子さんは一人じゃありません」

「……解ってるわよ」

 ぷいっと、今度は背を向けてしまった銀子に、優利はやれやれと苦笑した。

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