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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

そして聖女は、自らの意志で闇に堕ちてゆく

残酷表現・百合等ありますので、拒否反応がある方は必ず読まないよう、よろしくお願いいたします。

 ぷすりと皮膚を突き抜ける感触が手に伝わる。そして吸い込まれるように、ナイフは体の中へと抵抗なく進んでいった。柔らかな、そしてなんとも形容しがたい初めての経験だ。罪にまみれたその行為は、私にはなによりも甘美に思えた。

「ど……どうして……」

 虚ろな目。その目は、先ほどまでの光を湛えることもなく、絶望の色に染まっている。引き抜いたナイフの後を押さえ、痛みと恐怖から歪ませる誰かの顔など今までに見たことがあっただろうか。

「ふふふ。綺麗ね」

 その顔も、この部屋を真っ赤に染める赤い血も。全てが白で統一されてきた私には、新しい世界が開けたように感じた。

 よろよろと倒れ込む少女に馬乗りになり、何度も何度もその色を求めた。そう、動かなくなるまで。

「あら、もう駄目ね」

 ピクリとも動かなくなった少女の体と、切れ味のなくなったナイフを捨てた。


     ◇   ◇   ◇


 小さな農村の、農家の三女として生まれた。貧しい家では、ご飯はほぼ味気のない野菜スープと、固いパンだけ。それでもまだパンがあればマシな方で、それすら食べられない時は川の水で空腹を紛らわせた。

 私が5歳になる頃、貧困を見かねた町長が私を養女として引き取った。細かいことにとても厳しく、またべたべたと触ってくる養父は不快そのものでしかなかったが、何より美味しいご飯が食べられる。それだけで、私は幸せだった。

 ただ一つのことが満たされると、どこか心にぽっかりと穴が空いたような気になった。それを満たすために、着飾り、本を読み、怠惰を貪った。

 町長はかわいい服を買い与えてくれるたびに、着替えを手伝うという名目で、体に触り続けた。

「ああ、わたしのミルティアナ。おまえのこの女神のような金色の髪も茜の瞳も本当に美しい。おまえのためになら、どれほどの物でも買い与えてあげよう」

 脂ぎった町長の目は、私を獲物としか見ていない。髪に触れ、そのまま手はだんだんと下へ進んでいく。耳から首へ、そして鎖骨をなぞるように。

「お義父……」

「おやおや、恥ずかしいのかい? わたしのミルティアナ」

 恥ずかしいのか、気持ち悪いのか、私にはその区別はつかなかった。ただそこにあるのは、嫌悪だけ。

「お取込み中、申し訳ございません、旦那様」

 頭を下げたまま入室してきた執事に、舌を打ちながら養父は部屋を出て行った。

 まともに養父の顔を見たのは、それが最後だった。

 

       ◇   ◇   ◇


「お綺麗です」

「さすが聖女様ですわ」

 父に売られたと気づいたのは、神殿へと連れて来られた後だった。真っ白を基調とし、どこまでも高い天井には壁画が描かれている。先代の聖女が亡くなった後すぐに、信託が下ったためと説明された。それでも渋る養父に、今まで私を育ててくれたお礼として神殿からお金が渡されたそうだ。

 だから心配ないと言われたところで、私は実の親に売られ、養父に売られたことには変わりない。

 ただ唯一、救いとなったのは仕えてくれる者たちが皆女性というところだ。

「ふふふ、ありがとう」

 着替えや沐浴を手伝うもの、自分を守ってくれるのも皆女性だ。白魚のような細い腕に、透き通る肌。触ればそれはなめらかで、しっとりとしている。義父のような醜悪さなど、どこにもない白の世界。

「さあ、今日もお祈りの時間です。聖女、ミルティアナ様」

「ええ、今行くわ」

 綺麗なものだけを包み込んだような女性たちだけの真っ白な世界。しかしその幸せも、しばらくするとまた前のように物足りなさを覚えた。

 私の心はいつまでも大きな穴が空いているようなそんな気がした。そしてそれをまた満たそうと思った時、ここには何もないことに気づいた。聖女の服はすでに決まった白いローブでしかなく、装飾品もない。本もあるのは神について書かれたものだけ。

 足りないのに、埋められない。

 お腹はもうずいぶん空いていないのに、それでも満たされない。

「聖女様、さあお手を」

 私の手に、側仕えの女性が触れた。歳は私と同じくらいだろうか。柔らかで、汚れのない手だ。

「あなたの手は、とても綺麗ね」

「え……」

 思ったままを伝えると、その頬は赤く染まり、下を向く。

 ああなんて、愛らしい生き物なのだろうか。養父が私を見るその目は、今の私に近いのかもしれない。愛らしく、小さく、触れれば壊れてしまいそうなくらい(はかな)い。

 満たすものを私は見つけた。


       ◇   ◇   ◇


 可愛い子たちを夜な夜な部屋に引き入れた。聖女という私の立場上、誰も拒否することはなかった。

 義父がしてきたように、顔を赤らめ涙を溜める顔を見ながら、着替えを手伝う。服は側仕えの者に手に入れされた、城で仕えるメイドたちの物だ。ここでの簡素なローブとは違い、体の曲線がよく浮き出ている。そして着替えが終わると、髪や首、鎖骨と順を追って上から下に触っていった。

「だっ……、だめです。こ、こんな」

 滑らかな肌が心地いい。どの子を触っても、大概の反応は同じだ。繰り返すうちにだんだんとその行為は大胆になっていく。

「も、もう……」

 恥ずかしさから顔を隠すと、私はそれを見逃さずに耳に甘嚙みをした。

「ひゃ」

 短く、甘い悲鳴が上がる。

「ふふふ。かわいい」

 今日はどこまでこの子で遊べるだろうか。そんな、ほの暗い思いが私の中を支配する。

「ミルティアナ様」

 大きな声を上げらなら、側仕えの1人がこちらの返答を待たずに部屋へ入って来た。

「どうしたの? そんな怖い顔をして。ああ、あなたはもう今日はいいわ。お部屋に戻りなさい」

「はい、ミルティアナ様」

 部屋にいた子は自分の服を抱えると、そそくさと部屋を出て行った。せっかくの楽しい時間が台無しにされてしまった。

「急にどうしたというの? お茶でも持ってこさせる?」

「どうしてなのですか」

「なにが、どうしたというの? 順序立てて言ってくれないと分からないわ」

 そこまで言って、私はこの子の名前すら知らないことを思い出す。何日か前に相手をした子ということだけは、分かる。そもそも、私は誰か一人に固執しているわけではなかった。たくさんいるこの神殿の中の全てに触れてみたいと思っただけだから。

「どうして他の子にも声をかけるのです。どうしてわたしだけではダメなのですか」

「ん-。どうしてあなただけで、私が満たされると思うの?」

 私を満たすものは、誰かではなく、その行為そのものだ。まるでこの白い世界を黒く染めるようなその行為こそが、今私を満たしている。それなのに、どうして1人の人間だけで満足できると言うのだろう。

 私は半ば呆れながら、ベッドの縁に腰を下ろした。この子にとっては、私1人だけだったのだとしても、それを押し付けられても困る。

「わたしにはミルティアナ様だけなのに」

「そうでしょうね。でもそのことと、私のこととで、なんの関係があるというの?」

「それは」

「不誠実だとでも? あなた、私の恋人にでもなったつもりなのかしら」

「!」

 肩を震わせながら、少女は大粒の涙を流していた。その涙はとても綺麗だったが、私にはただそれだけだ。しかしゆっくりとこちらに近づいてくる少女の手に、光るものが握られているのが見えた。

 少女は走り出し、私にそのナイフを突き立てる。慌ててベッドに倒れ込んだ私のすぐ横に、ナイフが刺さった。そして再び引き抜くと、少女は一心不乱にナイフを振り回す。

「な、やめなさい」

「一緒に死んでください、ミルティアナ様」

「馬鹿なマネはやめなさい」

 ベッドの上で、ナイフを押さえながらもみくちゃになる。

「いやぁ」

 ぷすりと皮膚を突き抜ける感触が手に伝わる。そして吸い込まれるように、ナイフは体の中へと抵抗なく進んでいった。私がその少女を刺したのだ。

「え……」

 人を刺す。それは柔らかな、そしてなんとも形容しがたい初めての経験だ。罪にまみれたその行為は、私にはなによりも甘美に思えた。

「ど……どうして……」

 虚ろな目。その目は、先ほどまでの光を湛えることもなく、絶望の色に染まっている。引き抜いたナイフの後を押さえ、痛みと恐怖から歪ませる誰かの顔など今までに見たことがあっただろうか。

「ふふふ。綺麗」

 その顔も、この部屋を真っ赤に染める赤い血も。全てが白で統一されてきた私には、新しい世界が開けたように感じた。

 よろよろと倒れ込む少女に馬乗りになり、何度も何度もその色を求めた。そう、動かなくなるまで。

「あら、これはもう駄目ね」

 ピクリとも動かなくなった少女の体と、切れ味のなくなったナイフを捨てた。

 今までとはまた違う行為に、今まで以上に満たされた気持ちになる。

「ああ、次を探さなくちゃ」

 私は引き出しから護身用のナイフを取り出した。

 心の穴を赤い世界で満たすために。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編に良く纏まっていて読みやすかった。 なるようにしてそこに堕ちていく変遷がうまく表現されていて、ついつい語りがちな自己紹介も、そこに繋がるように無駄なく配置されていると感じた。 [気に…
[良い点] 出だしから最高でした。 あやしいけど何処か美しい文章は、引き込まれずにはいられない! と言っても過言ではないと思います。 終わり方もとても綺麗でした。 [一言] 大変好みの素敵な作品で…
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