第二話
ワイは急いで家の玄関にかけ込んだ。
運動靴を蹴飛ばすように脱ぎ捨てると、ランドセルを背負ったまま母のもとに駆けた。
母は思った通りベランダで洗濯物を取り込んでいた。
「どうしたんや浩二、そんなに慌てて」母は目を丸くしていた
「母ちゃん、みてくれ!」
そう言ってワイは握り絞めていた画用紙を母に突きだした。
そこには、絵の具で学校の近くの裏山が描かれていた。画用紙の端には小さなリボンのついた金色のシールが貼られている。
「ワイ、学校で金賞もらったんや!」ワイは誇らしげに胸を張った。
「すごいやん、よう頑張ったなぁ」母は嬉しそうにワイの頭を撫でてくれた。ワイも嬉しくなりつい笑みがこぼれた。
「おい、どうしたんだ?」
奥から父が現れた。自営業をしていた父は平日でも自宅にいることが多かった。
「あぁ……アナタ、浩二が金賞もらったんですって」
母の声を無視して、父はゆっくり近づいてきた。ワイは母の後ろに隠れるように後ずさった。
「ふんっ……!」 父はワイの絵を一瞥すると鼻で笑った。
「そんなもんはどうでもいい、そんなことよりお前また学校の成績が下がったみたいやないか」父の顔が険しくなった。
「また、俺に恥をかかせるつもりじゃないだろうな?少しは秋吉を見習ったらどうだ?」
父はよくワイと兄を比べた。そんな父がワイは少し苦手だった。
ワイは俯いたまま、父の顔を見られなかった。勉強が出来ないのは事実で、優秀な兄と比べてこれといった取り柄のないワイがきっと父は嫌いなんだろう。そう思うと、情けないやら申し訳ないやらでいつも泣きそうになるのだ。
「どうした?黙ってちゃ分からんぞ」父はワイの方を強く握った。
ワイはとっさに父の手を払いのけると、そのまま子供部屋まで走った。背後から父の怒声が聴こえる。
子供部屋に帰ったワイはベッドに身を投げるとそのまま布団をかぶってじっと動かずにいた。気付けば涙がポロポロと流れ出していた。理由はよく解らなかった。手には手汗でグシャグシャになった風景画がまだ握られていた。