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第一話

太陽が真上から照りつけていた。地面からは熱気が上がり周りの景色を歪めている。

8月のうだるような暑さの中、白い粉塵を巻き上げながら一台の重機が作業している。その先には崩れた豆腐のように上半分が削られた白い家屋が建っている。

そのすぐ側を一人の男、田所浩二は歩いていた。瓦礫やゴミで満載にした運搬カートを押しながらよろよろと進んでいる。

「くそ、どうなっとんねん!」

田所は悪態をついた。一つはこの異常な暑さに対してだ。しかし、自然界に対して文句を言ったところでどうにもならないことは分かっている。それよりも田所が憤っているのは現場の労働環境、もとい田所の所属している解体業者に対してだ。

今回の仕事も小規模とはいえ、ショベルカーを使う解体作業だ。普通なら稼働している重機の周りには安全のため誘導者を立たせたりするはずだが、そんなやつはいない。それどころか、作業員自体の人数が明らかに少なかった。 これでは到底指定されている期間までには終わりそうになかった。

「おーい!田所!田所!」名前を呼ばれ、田所は振り向いた。

遠くから小太りのおっさんが近づいてくる。自分と同じ作業着を着ているが、泥や砂で汚れたりはしていなかった。

「どうしました、主任」田所は防塵マスクを外しながら言った。

「どうもこうもないよ!なんでまだ半分くらいしかバラせてないんだ?」主任が田所に尋ねる。

「せやかて、この人数ではこれが限界と違いますか?」田所は努めて冷静に返す

「それじゃ困るんだよ!このペースでは整地から片付けまで含めて期限内に終わらないぞ!」

「しかし、ワイみたいな下っ端にどうせぇと言うんです?」

つい語気が強くなってしまった。主任もそれを感じたのだろう、表情がみるみる強ばっていくのが分かった。

「あのな、要は君たちがもっと真剣に働けばいいだけの話なんだよ!私が若い頃はこのくらい当たり前だったぞ!」主任は唾を飛ばして叫んだ

「とにかく、期限までには間に合わせろよ」

それだけいい放つと主任はドカドカと足音をたてながら去っていった。

田所は大きくため息をつくと、とぼとぼと再びカートを押し始めた。

本当はこんな仕事がしたかった訳ではないが、かと言って仕事を選り好み出来るほど自分は優秀な人間ではない。田所は自分の無力さを噛みしめながら作業を続けた。

途中、カートのタイヤがなにかに躓き大きくバランスを崩した。恐らく石か何かに乗り上げたのだろう。

田所は直ぐに体勢を立て直そうとしたが過積載のカートは言うことを聞かず、結局載せていた物をばらまきながら横転してしまった。

田所は仕方なく散乱した瓦礫を広いに前に出た。

その瞬間、自分もバランスを崩しその場に倒れてしまった。

「イテテテ……」どうやら地面に窪みがあったことに気づかなかったようだ。

田所はすぐに立ち上がろうとした。ふと、左足に何か重い感触を感じる。それはじわじわと重みを増し、やがて激痛に変わった。

「オグッ……えっ!?」田所は慌てて左足に目をやり、そして驚愕した。

なんと田所の足は、ショベルカーのカタビラに踏んづけられていたのだ。

しまった、ショベルのやつバックしてきよったんか!気づかんかった!

田所は渾身の力で左足を引き抜こうとするが、びくともしない。それどころか、ショベルカーはさらに田所に向かってバックしてくる。

ア、アカン!はよ脱出せな!

パキッ……

枯れ木が折れるような乾いた音が響き、全身に激痛が走る。

「ウガァァァッ」

田所は呻き声をあげ、なんとかショベルカーを押し戻そうと右足でカタビラを蹴る。運転手は未だに田所の存在に気がつかないようだ。そうこうしている間に今度は右足まで巻き込まれてしまった。

駄目や!脱出は諦めて助けを呼ぶんや!

田所は大きく息を吸い込んだ。すでに両足の感覚はなくなっていた。

「たすっ……ぶえっ!」

田所の体は地面に押しつけられた。ショベルカーが一気に後ろへ下がってきたようだ。そして当然田所の体の上を通ることになる。

メキメキと嫌な音が身体中から響き渡り、脳内で反響した。

田所はもう一度声を出そうとした。

「ブッ……バアッ……!」

大声を出したつもりが、出てきたのは大量の血液だった。鮮血が田所の顔の前に扇状に拡がる。

肺が圧迫され、声を出すための空気は残っていなかった。代わりに肺胞内で出血した血が押し出されてきたのだろう。

もはや田所は、地面をもがくことしか出来ない状態となった。

なんでや……ワイが何をしたって言うんや……

視界がチカチカと明滅し、耳からは轟音が鳴り響いている。痛みははいつの間にかなくなっていた

ワイは……ワイ、死ぬんか?

自分の頭の上にカタビラが到達したのが分かった。

あぁ…ワイの人生、こんなもんか。糞みたいな人生やった……

田所は自分の頭蓋骨が砕かれる音を聴きながら絶命した。


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