【成長記録】
特に前書きで書くこともなく、とりあえず執筆頑張ってるアピールだけでもしとこう。
ヨシッ
産まれてから今日で丁度三年が経過した。
早期たる成長を心がけてからおおよそ半年程で歩き回るようになったのだがあまりの成長の速さに大人達は目を見張っていた。
更にはそれから一年後には発音はたまにたどたどしくなってしまうが会話も意思疎通の滞りなくできるようになった。
だからといって頻繁に言葉を交わしている訳では無い。
なんと行っても現段階で迂闊なことを喋ってしまっては変な誤解を生んでしまう可能性がある。
極力自分の予測範囲を超える出来事が起こることは避けたいのだ。
最初の頃は二人の娘として二人が期待するような娘ぶりを演じようと呼び方だったり三人川の字で寝たり黙って抱っこされたりと頑張ってみたものの、二人は結構喜んでいたが一年ほどして私が限界を迎えた。
呼び方を父上母上に変えたり極力抱かられることを拒んだり会話も必要以上に求めることをやめ、聞かれたことに答えるのみに徹した。
結果何故か恥ずかしがり屋で大人しい子だと認識されたようだがそれはそれでいい、それなのに二人の甘やかし具合は落ち着きを見せないのが一番の問題だった。
今日が丁度三年前に私が産まれた日であり、いわゆる誕生日である。
現に今も両親二人して子供の私より嬉しそうにその準備をしている。
誕生日には普段はない豪勢な食事を取るものだがそれは素晴らしいものだった。
前までは食事というもの自体を必要としなかったため食事に何の関心も無かったが人間の身になってみて食事の必要性が出てきてみれば料理、というものが如何に素晴らしいものかを実感させられた。
故に普段の食事も楽しいものではあるが、こと祝い事においては人間生活で数少ない楽しみの一つではある。
ではあるのだが、誕生日にはそれとは別に贈り物があるだろう?
まぁ、なんだ贈り物自体は良いのだがそれが実用的なものであったり食べ物だったりであれば尚更良い。
が、我が産み親殿達は何を考えているのか昨年の誕生日にはわざわざこの村から一番近いとはいえ道中は獣道も多く往復だけで1日を使ってしまう程の距離のある大国まで足を伸ばし、少女趣味全開に装飾の施された今の私と対して変わらない大きさの熊の人形を手渡してきたのだ。
正直、あれほど反応に困った瞬間は無かったものだ。
それもその時はまだ二人の期待通りの娘でいようとしていた頃なので勘違いして今年もそんなことにならないかと内心では憂鬱気味なのである。
それはそうと普通に歩けるようになってからは色々制限もされたが外にも出歩くようになった。
とはいえ私達が住んでいる家が村の離れた丘にあるため村の様子までは見ることはまだ出来てはいないがそれでも時折来る手紙の配達員や人間社会の情勢を月一で記載した紙、新聞というのだそうだがそれらを届けに来る者達とは何度か挨拶程度の会話を交わしたりもした。
そしてその新聞、なのだが一応過去に人間の使用している文字を少し知識として取り入れていたためある程度読めたのだが、内容としてはどこどこの国が今対魔族用に新兵器を開発しているとか、勇者の育成に心力注いでいるなどの事が毎月書かれている。
新聞としては得られる情報も大して変わらないため余り必要性もとも感じるが、確かに内容としては毎月あまり変わらないものなので意味は無いがそれでも人間の文字というのを扱う物で今私が簡単に手に入れれるものがこれだけであるため、私としては知識が増えるのが楽しく毎月の新聞はウキウキとした気持ちで受け取れるのである。
ただ親はそういった世の中の情勢から私を遠ざけたいのか、新聞を見ることをあまりよしとはしていない。
読んでいるところを見られるとさり気なく取り上げられるほどだ。
故に私が勉強を出来る時間は新聞を受け取り家に戻ってから、母親が父親の仕事を見送り戻ってくるまでのおよそ15分程しかない。
それでもその短く貴重な時間は私唯一の至福の時間ともなるのだ。
それを終えると後は暇な時間がひたすら続くのみである。
あまりの暇さに家事を申し出ても大層なことはさせてもらえないのである。
読書でもと思うのだが私が入っても良いと言われている部屋にはそのようなものはなく、おそらく母親の私室である魔法使いの工房には色々な書物があるのだろうがわざわざ何が起こるか分からない危険を冒してまで行く気にもなれず、どうせなら贈り物に本の一冊二冊でもくれれば良いのにと思うもそれは叶わぬことなのだろうと同時に諦めも付いてしまう。
そんなこんなで準備の為と買い物に出ていた父親が帰ってきた。
案の定その手には可愛らしく包装された私と同じ大きさの箱が抱えられていた。
中身など見る前から予想がつくというものだ。
と、それとは別に私を取り上げた老婆、オババも私の誕生日を祝ってくれるためか父親の後ろから顔を出していた。
このオババ、勇者やその魔法使いの親族ではないが何でも師匠の様な存在で色々世話になっているらしく、この家を用意したのもこの老婆だと言う。
何でも人間に伝わる伝説的な魔法使いらしく世間では黒曜の魔女と呼ばれているらしい。
魔王であった頃の私の耳にそのような情報は入ってこなかった故私はまだこのオババをそのような凄い人間だと信用はしていないが。
去年は何やら忙しかったらしく祝には来れなかったが今年は是非ともと予定そっちのけで来たらしい。
何でも私の目を見張る成長に興味があるのだとか。
私は取り敢えずオババを居間まで案内し、手伝うことはないかと料理をしている母上へと問いかける。
そんな様子をみてオババが「ほぉう」と何やら楽しそうに声を上げていたが私は気にしないことにした。
何でも今私の手元に渡された料理に目を奪われてしまったからだ。
正直、我慢などせずこの場で一口頂いてしまいたいものだが客人もいるため我慢しテーブルへと運ぶ、それぐらいの礼儀作法は弁えている。
しかし無意識に顔が綻んでいたのかオババが目を丸くしていたのが見えた為、私は急ぎ顔を引き締め更に手伝いへと向かうのである。ガマン、ガマン。
そうこうしているうちに料理は全てテーブルへ並び住人客人含め全員、と言ってもたった四人だが、が揃ったことでささやかながら私の三年目の誕生日の祝い事が始まった。
「ルーダちゃんお誕生日おめでとう、今日はおかわりも沢山あるからいっぱい食べてね」
「後でプレゼントもあるからな、今年のは去年のよりすごいぞぉ!」
二人が嬉しそうに祝いの言葉を掛けてくる。
正直人間であるからこそ得られる幸福なのだろうが、魔族であったとしてもこの幸せを得られたならば、と思ってしまう。
まぁ、なってしまったものはしょうがないので受けれるものは喜んで受け入れよう、そう頭を切り替える。
それにしても今日はお代わりもたくさんあるのか、私は母上の料理しか知らぬがそれでも私を十分に満足させてくれるだけのものである、故にその言葉は非常に嬉しく、私も万を持して銀食器を大皿へと突きさす。
もちろん客人の手前、粗暴にならないようある程度の丁寧さをもって、だ。
それでもだいぶ我慢したのだからこの程度許されよう、もしかしたら私の精神年齢も多少は肉体年齢に引っ張られているのか以前の慎ましやかさが自分でも思うぐらい損なわれている気がするが、それも料理の素晴らしさを知ってしまっては仕方の無いことだと思う。
現に私の豪快ながらも丁寧さを欠かない食べっぷりを見て皆一様に頬を綻ばせていた。
正直、そんなジロジロ見られると食べずらいというものでもあるのだが。
夕食も食べ終わり、定番だというケーキを皆で食べ終えた時、それはとうとうやって来た。
「さ、ルーダ、お待ちかねの誕生日プレゼントだ、開けてみな」
父上がそのきらびやかなら包装をした箱を私の前に差し出してきた。
皆はプレゼントを嬉しそうにうけとっている(ように見える)私を微笑ましい気持ちで見ている。
私の内心はどう反応するのかを未だに決めかね大混乱中だというのに、だ。
だが、開けてみろ、と言われていつまでも開けないわけにも行かずおそるおそると私は箱を開けてみた。
そしたら案の定だ、去年は過剰装飾のクマであったが今年はなんとモッフモフの巨大ウサギ人形であった。
正直こんなもの反応に困る以外の何物でもない。
趣味趣向でも無いものにどう喜んでいいのか、そもそも喜んでいるふうに見せて来年も同じようなものを送られてしまっても何の役にもならない。
さて、どうしたら。と苦笑いを浮かべつつ考えていると思わぬところで助けの声がかかった。
「ほれ、どうじゃ勇者よ。儂の言った通りじゃろうて」
「そんな!?まだそうとは決まってないですよ!な、ルーダどうだ?プレゼント気に入ってくれたか?!」
何やら父上をからかう様にオババがくつくつと笑っている。
会話の内容からどうやらここに来る前に何やら今回のプレゼントに関して一悶着あったのか父上が必死そうに私に問いかけてくる。
「え!?え、ええ、まぁ・・・」
あまりにも必死に聞いてくるものだから思わず取り繕うことも忘れ素で当たり障りのない返事をしてしまう。
「ほっほ、ここは正直になっても良いところじゃぞ。お主は気を使い過ぎじゃよルーダ」
しかしそんなのではオババには簡単に心の中を見透かされてしまった。
いや、気を使っている訳では無いのだが、わざわざ用意してくれたのだ、こちらが頼んだものと違うというのなら文句の一つも出ようがそういう訳でもない。
これは違うなど私から言うのはお門違いというものだろう。
ただしかし、嬉しいか嬉しくないかでいえば嬉しいの方に天秤は傾くだろうが気に入ったか気に入らないか、で言われれば正直どちらでもない。というのが本音である。
が、バカ正直にどうとも言えない。などと言えられるはずもなく。
私は優しくそのウサギの人形を撫でながら父上をそしてオババを見ながら、一呼吸して告げる。
「いえ、オババ。父上がわざわざ大国まで勇んで手に入れてくれた物ですので、これはこれで」
・・・我ながら出来た回答だと自画自賛したい。
こう言っておけば父上の自尊心を傷付けることなく、尚且つ自分の趣味ではないことを何となくながら相手に印象づけることが出来るのではなかろうか。
現に父上は少しバツが悪そうな表情ではあるものの気に入ってくれた、とうれしそうにしている。
「ほぅほぅ、幼子のそれも三歳児とはやはり思えんのぅ」
と、そこで思わぬ言葉が掛けられた。
その、やはりという言葉にドキリとしてしまう。
確かに人間の子供にしてはかなり早い成長であるという事は私自身も理解しているがオババの言うやはりには何か心当たりがあるようなニュアンスも感じられた。
もし、仮にこのオババが私の正体に気が付いているとしても私が恥辱にまみれ勇者達が損するぐらいで特に何がという訳では無いのだが、出来れば正体は明かしたくはない。
故に何を言われようと黙っているつもりだった。
「やはり、やはり勇者の子供よのう。何かしら才覚に恵まれておるとは思っておったがまさか頭脳とはのぅ」
が、そのやはりは全く私に関係するところに無かった。
全く警戒しただけ損である。
と言うよりやはりこのオババがすごいと言われているのか本当に分からなくなってくる。
いや、逆に正体に気づかれ凄いのだと思わない方が良いことなのか?
と、まぁ私の不安は見当違いで終わったが、それでオババの話が終わるわけでもなく、何やら荷物を取り出していた。
「となると、じゃ。そんな人形よりこっちの方が良いじゃろう?」
そう言ってオババは私に3冊の本を手渡してきた。
魔法・魔術の本、遠近における戦闘指南書、そしてこれまでの歴史が書かれた本、である。
それを手渡された時父上がそんな人形という言葉に憤慨していたが正直そんなこと、と言ってしまえば彼が不憫だがそう思うほどにこの贈り物は私の心に多幸感を持ち込んでいた。
魔法の教本や戦術指南書などは『子供でもわかる!』と書かれているため内容としてはさほど意味は無いだろうとも思うが人間の文字の読み書きを練習するには丁度いい。
そして何より歴史の本である。
人間の国であればどこででも手に入るもののようだがそれでも魔族には伝わっていない事柄もあるだろう。
魔族の時も人間の書物は少しばかり目にしたこともあるが、それでも数冊程度だ。
たとえ子供向けとはいえ今まで手にすることの出来なかった知識を得られるとなると少し興奮してしまう。
それが思わず表情に出ていたのかオババと父上で『それ見たことか』とか『でもルーダだってまだ子供ですし』 などと言い合っていたが今回のは完全にオババの勝利だろう。
「それと、じゃ。本当はまだ早いんじゃがの」
父上との言い合いに勝利したのかひと段落したオババが思い出したかのように先ほどとは別の荷物を取り出す。
綺麗に透き通った水晶玉である。見ただけでは分からないが何かしらの魔具であることは理解できる。
「これはの、自身の魔法の素質を測る水晶球じゃ」
オババは水晶玉をとんとテーブルに置くとみるみるうちに真っ黒に染まってしまった。
そこからオババの説明が始まった。
魔法を使うには大気中の魔力を集め体内でオドに帰る必要がある、その魔力還元率について。
そして取り出した水晶玉は自動的に魔力を貯める機能があり、魔力が溜まると黒く濁るのだという。
「それでの、この水晶球をもつと自身の還元率分だけ魔力が水晶球から抜けるからその透明度で素質を図るということじゃの」
なるほど。
だがこれ一つで1から100までの細かい数字が割り出せるというのだろうか、ただ透明になるだけでは難しいとは思うのだが。
「ま、数ある種類の中でこれは測れる素質は低いものなんじゃがな、ま素質のあるなしぐらいは分かるから取り敢えず今はこれで十分という事じゃの」
ふむ、なるほどなるほど。
いくつか種類があり、おそらく段階を踏むのだろう。
これはそれの一番初めと言うところか。
取り敢えず自分の立ち位置を決めるには丁度いい。
自分から何かのために動くのは前生のでもう結構だが、だからと言って何も起こらないとは限らないからな。
護身程度に自分が魔法向きか否かは知っておく必要はあるだろう。
「さて、ではほれルーダよ。持ってみい」
一通り説明を終えたところでオババの声が掛かる。
私は躊躇うことなくテーブルに置かれた水晶玉を両手で慎重に持ち上げた。
すると中の黒く染まった魔力が蠢き出しそして直ぐにその蠢いていたものは止まった。
ふむ、と私は納得しこれからの道のりのおおよそをどうするか考えようと視線を水晶玉から別の何かに移そうと顔をあげた瞬間納得していたのは自分だけだと理解した。
「え、え?お、オババこれ壊れてるんじゃないか?」
「・・・・・・」
勝手に納得していた私を他所に父上が狼狽しながらオババに目の前の出来事を認めたくないように詰め寄るがオババは黙って現実を吟味しているように見える。
しかし以外だったのは母上の冷静さであった。
父上でこれなのだから魔法使いである母上はもっと、とも思っていたのだが。
「あなた、ごめんなさい。実はね何となく分かっていたのだけれど、私の口からは言い辛くて」
「あっ」
「まぁ、儂も半信半疑であったがまさか本当とはの」
・・・私の話題を当の本人の前でその本人を除け者に話を進める三人に私は何も言えずにいた。
全く何を話しているのか分からないが私の素質の事が話の中心であることは間違いないだろうし迂闊にも水晶玉を置くタイミングを見失ってしまったし。
取り敢えず私は黙って話の成り行きを見守ることにした。
「私には水晶を使わなくても人の魔力の流れを見る目があるから」
「目が良すぎるのも難儀じゃのう。こやつからもしかしたら、と話を持ちかけられての?じゃから早いとは思うたがこうして水晶玉を持ってきてやったわけじゃよ。」
なんと母上の目にそのような秘密があるとは。
それよりこの水晶玉を出した時から何かとまだ早い、と言ってはいたがそれを察するにいつかは自主的にやらずともどこかで触れる機会がある。ということなのだろう。
でも、それを待たずにこうしてわざわざ水晶玉持ってきたと言うことは事前に結果を知ってショックを和らげることが目的、
・・・誰が対象か、なのは
「そう、か・・・ま、参ったなこりゃあ、はは」
ひとり頭を抱え乾いた笑い声を上げている父上に他ならないだろう。
いや、一応私もその中に入れられてはいるのだろうがおそらく一番の心配は父上であろう。
と言うより、私より父上の方に気が言ってしまう程反応に差があるという事だが。
ふと、オババと目が合ってしまう。おそらく私の反応を伺おうとしての事だろうが今更自分の素質に嘆くのも逆におかしく映ってしまうだろう。
オババから視線を外し落胆する様子の父上をどう宥めて良いものかと佇んでいる母上に視線を移す。
内心では深いため息をついてしまった。
実際に呆れたように息を吐けば怪しく思われてしまいかねないからしないが、人間とは祝い事の席で主賓を前によくそのような顔が出来るというものだ。
まぁ、私は子を持つということが無かったからそれがどんなに辛い事なのかは理解してやることは出来ないが。
どれ、そろそろ話を終わらせてやろう。
全く、なぜ私がそのように気を使ってやらねばならぬというのだ。
「オババ、これもうよろしいですか?」
と、私はこの空気を全く理解していないかの様に水晶玉を持った時と変わらぬ態度でオババに問いかけた。
軽く驚きに目を見開くオババだったがすぐさま表情を歪ませバレないようにか喉奥で堪えようとしている笑い声がくつくつと聞こえ逆に不気味に聞こえた。
「おぉ、おお、もう良いぞ。クク、しかし聡い子よのう」
「では、早速頂いた本を拝読させてもらいますね」
と、端からこの結果に興味の無い素振りを見せつつさり気なく私は本を開き目当ての項目を探す。
いやまぁ、本当にあまり興味は無かったのだが。
ここはあえてそれを強調する。もっとも、オババには私が何をしようとしているかおおよそ見透かされてしまったようだが。
オババとの会話、何より私の態度にようやく2人がハッと私の事を思い出したかのように視線を向ける。
「あ、ル、ルーダ?その・・・」
今までの態度からバツの悪そうな父上と母上の視線が私に突き刺さる。
が、あえてそれに気が付かない振りをして
「ん?何でしょう父上、母上。あ、見てくださいこれ、人間は最初魔法も無く知略のみで魔族と渡り合ったようですよ?」
と、あくまで私はこの結果にさほど衝撃を受けていない。それどころか別段気にも止めていない、という事を彼ら自身で気づいてもらおうと手にしていた本の目当ての頁を見せる。
仮に私の口から気にしてないから落ち込むな、などと言ってしまえば気を使っているのだと思われ逆に変な空気になりかねない。
ならば正直面倒くさいが急がば回るしかないのだ。
「あ・・・」
二人の表情が変わる、二人共そこまで愚かではない。
自身の子供が気にしていないことをあえて掘り下げようなどとはしない。
オババは私が何かするだろうということは分かっていたがその行動は全く予測外のことだったのだろう関心にニヤリとこちらを見ている、正直嫌な予感がするがそれはそれ。今は関係ないだろう。
「そうね、そうよね。ごめんなさいねルーダ」
暗い表情だった母上が笑顔を浮かべ謝ってくる。
父上も、せっかくのパーティーと笑顔を取り繕うも母上とは違いここ一番でのショックは抜けきらないか少しばかり眉が下がっていたが、それでも結果を受け止め納得している様子ではあった。
「そ、う、だな。俺達の子供だもんな・・・ああ、ルーダ父さんや母さんもそうやって頑張ってきたんだ」
ああ、それは知っている、身をもってその努力の武勲を味わったからな。
「ええ、父上、母上。私もそうありたいと思います」
まぁ、これは口八丁だがな。
この場を丸く収めるには少しぐらい思ってもいないことを言うのも必要だろう。
読み通り我が両親殿は二人揃って笑顔ながらに感涙を瞳に浮かばせていた。
と、急に背筋に悪寒を感じた、何やら悪い予感がする。
いや、そう言えば先程も嫌な予感がしたはずだ、と辺りを見渡す。
いい子に育って、と等々男泣きしてしまった父上とそれに頷きながらも宥める母上、それ、と・・・
気づいた時にはもうそこまでの接近を許してしまっていたのだと気づく。
悪寒を感じた時に直ぐに逃げてればと、つくづく思う。
人間になった私は詰めが甘くなっているのかもしれないな。
「ルーダよ!」
来る時を待っていた私に背後から声が掛かる、オババだ。
と、同時に襲う浮遊感。抱き抱えられてしまったようだ。
まあ、予想していたためそこまで驚くことではない、だが、今まであまり動きのなかったこの老婆がここに来ていきなり声を挙げたのだ。
当然我が両親殿の視線もこちらに向くわけで。
「あの、オババ、何事でしょうか?」
「ほん、これで驚かぬとは頭だけではなく視野も良いと来たか」
この者先程からの一挙手一投足が全て私を試していたのか、いやもしかしたらここに来た時から既にそうだったのかもしれない。
だが、しかしそれは私の質問の解にはなっていなく、視線を上げ早く答えを言うよう促す。
オババには私の正体がバレているということはないだろうが子供にしては過ぎた思考能力があることは間違いなくバレている。
それも父上母上のように『うちの子あたまいいのかも、いやあたまいいんだわ』と言った浮ついた理解ではなく、確実な知性の一つとして認識しているであろう。
もちろん父上母上は何が何だか、というような顔でこちらをみたままである。
「ほほ、そうせくな。なにルーダよ、お主、儂の弟子になるがよいぞ」
「・・・は?」
「・・・え?」
・・・ふむ、ここからは一言一言気をくばって口に出さねば火を見るは間違いなしだな、何やら素っ頓狂な声が聞こえたがあの二人は気にしていられる状況ではないな。
「いやいやいや、オババ俺達の時弟子は取らないって言ってませんでした!?」
「それに弟子入りとしても五歳からがやはり通例ですし」
と、思っていたが我が両親殿はいざと言う時に大事な事をきちんと教えてくれる。いい親だ、うむ。
しかしオババのこの発言だ、今の母上の言葉でオババが今何を欲しているのかがだいたい分かったのは有難い。
だが、理由が分からない、父上の言葉が本当ならば私程度の者を弟子に、と言うにはなぜ?という疑問がまず浮かんできてしまうのは仕方の無いことだろう。
「ふん、お主らはまだまだ予見力がないのぅ。この娘には確かに目を見張るような才能はないのかもしれんが、先が大きく広がっておる」
私自身師事をした事がないためどのような者が弟子として相応しいかは分からない、オババが私に一体何を望んでいるのか。気になるところではある。
だが、この選択次第ではこれからに大きな影響を及ぼすのも目に見えている。
「それならば、早いうちにツバ付けておくのは当たり前じゃろ?・・・聞いておるのか、ルーダよ」
「ほ、ほらオババが急におかしな事言うからルーダもびっくりしてるじゃないですか!!」
しかし仮にも黒曜の魔女と呼ばれているオババの思惑を無視出来ないのも事実であり、無視しても何やら悪い予感しかしない。
果たしてどうしたものか・・・
「ルーダ?大丈夫?」
「はっ!?は、母上、ええ、はい、あ、大丈夫です」
いけないいけない、思わず長考して周りが見えていなかった。
三人にも不思議そうな視線を向けりてしまっている。
だがしかし、どう答えを出したら良いものか。
「・・・ルーダよ、何を悩んでおるのじゃ?」
「な、何を言ってるんですか!?ルーダはまだ子供ですよオババ!」
いつまでも答えを出さない私にオババが核心をつく問いかけを投げてくる、質問を問いかけるタイミングが絶妙過ぎて私は思わず口をつぐんでしまったが間髪入れず父上が言を返してくれていた
「悩むも何も、ルーダにはまだ分からないことの方が」
「お主には聞いておらぬ!」
「っ!?」
「・・・さあ、言うてみぃ、何をそんなに悩んでおるんじゃ?」
が、そんな父上の奮闘虚しくオババの一喝によりまたも空気がしんとしてしまう。
全く人間の一族というのは喜んだり悲しんだり騒いだりと忙しいものだ。
だが、父上のおかげで光明も見えた。
「いえ、オババ、父上の言う通りなのです。私はまだ知らないことが多すぎます」
「なら、儂の元で見識を深めれば良い」
「いえ、それを差し引いても決断には足りません。私の世界はまだここしか無いのです、オババが何を望んでかは推し量れませんが今はまだいいえ、としか」
小難しい事を口にして変に勘ぐられるのも嫌と言葉には気をつけてきたが、オババの態度からこの程度のことであれば問題無いと考察する、仮に何か思い至っても勇者の子供、という先入観があれば問題ないだろう。
で、あれば父上母上にもいずれ理解されるのは時間の問題。ならばもう気に病む必要も無い。
「ふぅむ、とはいえ今すぐでは無いのじゃ・・・考えてはくれんのか?」
やはり、オババが欲しているの言質であったか、先ほど母上が弟子入りに恒例は五歳からと言う言葉にピンと来たものだ、なぜ今なのかと言うことだ。
本当に今のうちからツバをつけようと言うことなのだ。
だがいかんせん、私にだって楽な人生を選ぶ権利があるわけで、此処でそう簡単にはいともいえないものなのである。
「・・・そう、ですね」
「ふむ、そうか・・・いやルーダの悩みを取り除くことが今は一番の近道か・・・」
私の変わらない返答を受けオババは何かを考えるように口元に手を当ててしばし、室内には沈黙した空気が流れている。
父上母上もオババの一括から迂闊に言葉を発せ無い様子である。
「よし!おい、お主等なぜルーダを町を、外を見せてやらぬのだ」
「え、そ、それはルーダ自身まだ幼く、それに機会があってもあまりルーダからは言っては来なかったので・・・」
オババの問いかけに父上が恐る恐る答える、それを聞いてオババが小さくため息を漏らしたのはおそらく距離的に私しか気づいていないだろう。
「全く、これ程の娘が言わないのを逆におかしいと思わんか、たわけめ。ルーダ程の歳だと好奇心旺盛じゃろうて、のう?」
確かに町に降りてみたいという気持ちはあるが、私は中身が中身故にあまり強くは言い出せなかったというのもある。
なのでそこで私に振られても困るというものなのだよオババ。
「まぁ、よい、過去のことは気にするだけ無駄じゃな。どうじゃルーダ、町に行ってみたいか?」
オババの問いかけに父上母上の視線も私を射抜く。
「・・・わがままを言えば行きたい、です。」
別にこの場ではなくともこの話題が持ち上がったのだ、安全策を取るというのならオババが帰った後に父上母上と三人だけで話した方が将来的にもいいだろう。
しかし、何故かこの時の私は別の何かに負け思わずそう口にしてしまっていた。
おそらくこれがオババの言う好奇心が旺盛というものなのだろう、とは後で思った。
私の一言でより一層空気がシンと静まりかえるのがわかった。
両親達は居間まだのことを思い返し、後悔の念に蝕まれているのか表情もどこか悲壮感漂うものになってしまっている。
迂闊ではあったが、このような表情をさせてしまったのは私の考え不足によるものも大きいため申し訳なさが私の中に渦巻いていく。
「ふん、子の心親知らず、か。まったく情けないものじゃ、ほれ後は当人同士で話し合うことじゃの。今日のところ儂は帰るからの」
この空気にたえかねてか、いや気をつかってオババが抱きかかえていたままの私をわざわざ母上に預け渡した。
私は特に抵抗することもなし、とただ黙って母上に抱かれたままに。
母上も私を受け取ると押し黙ったまま強く私を抱く腕に力をこめていた。
「ルーダよ今日の話し、儂はあきらめたわけでは無いぞ?また来年が楽しみじゃの、ほっほ」
そういい残しオババは扉の向こうに消えてしまった。
あとに残るはいたたまれなさにお互い口を噤む家族のみである。
まったく、私の考えない一言が招いた状況とは言え、途中までは良い雰囲気だったのが今の現状を余計むなしくさせてしまう。
「ルーダ・・・」
最初にこの沈黙を破ったのは父上だった。
「その、なんだ・・・明日、町に下りるか?」
「・・・・・・・」
恐る恐ると言った様子で言葉を選び発する様を見せらた。
私が言わせた様なもので罪悪感がこみ上げる。
「ルーダ、いいのよ?貴女は私達の子供なんだもの、わがままの一つや二つ・・・いえ、貴女の場合もっと言ってくれたほうがママは嬉しいけどね」
私を強く抱きしめたまま母上は耳元でつぶやく。
ただそれだけのことなのに私は心がすっと軽くなるのを実感した。
コレが人間というものの秘められたものか、それとも親というものの力なのかなのか。
「・・・では、よろしいですか?」
「ああ、もちろん」
「明日はパパのお仕事のお見送りと一緒に町に買い物にいきましょうか」
恐る恐る問いかけた私を父上母上が二人で抱きしめて当たり前のように返事を返してくれた。
そうして私は明日、生まれて初めて町に出ることになった。
「明日は早いからもう寝ましょうね」
そういって私は手伝いを申し出たルーダをパパに任して今日のパーティーの後片付けに取り掛かる。
ルーダが下げたお皿は片付けやすくされておりおよそ子供とは思えないほどの気遣いを感じた。
オババが言ったように私の娘は年の割りに聡い、いや聡すぎる子供みたいだ。
今まで我が子可愛さに目が眩んできちんとルーダの気持ちまで考えてあげることができていなかったのかも知れない。
現に今思えば今日の事はルーダが産まれて初めて私達に言ったわがままにもならないわがままだったのだ。
それでもどれ程の罪悪感を感じてしまったのか、感じさせてしまったのか。
「まだまだ未熟なママでごめんね。これから一緒にママも頑張っていくから・・・」
大体の後片付けを終わらせたところで、残りは明日でもよいかと片付けをやめてルーダが寝ている寝室に誰に言うでも無い独り言を溢し、決意を胸に最愛の子が眠る寝室へと向かうのであった。